デザインは「社会」と「個人」の双方を考えるべき
――「やさしさ」を持ったプロダクトやブランドを開発するうえで、デザイン面で重視していることや軸はありますか?
デザインが「目的」にならないことですね。使用する方や社会にとって、プロダクトやデザインがどんな役割を持つか考えなければ独りよがりで終わってしまいます。
私は、「突き詰めると『社会』がなければデザインは不要」だと考えているんです。社会を通して個人に訴えるか、あるいは個人を通して社会に訴えるか。それぞれを有機的に考える視点がデザインには重要です。
1990年代に、貝印は土に還るカミソリを発売したことがありました。今で言う「環境性能」が高いカミソリなのですが、ほとんど売れなかったそうです。これは当時、社会も個人も「環境面への配慮」が求められていなかったということですよね。それが今や、社会だけでなく個人も環境意識が高まっているからこそ「紙カミソリ」がヒットしたのだと思います。
――さらにこれから先、デザインやブランドにはどういったことが求められるようになるのでしょうか。
貝印の特徴であり、私自身大事にしている「プロトタイピング」の重要性が高まるのではないでしょうか。具体的には「すぐ作って、試す」ことです。企画書やアイディアで終わらせずに“顕現”させて初めてわかることって結構あるんですよね。先ほどのジョジョとのコラボであれば、素材感がわからなければ最終的にどんな色味になるかも掴みきれません。
とにかく形にして、自分で見る。そして顧客の反応を見る。昔なら大規模に製造ラインを動かさないとできなかったことが、今はもっと小規模に試せるようになっていますから、プロトタイピングのサイクルを高速で回すことがいっそう重要になっていくと考えています。
より実務的な話では、プロトタイピングだけでなく「権利を守る」ことも重要です。せっかくデザインして良いものが生まれても、会社都合で商品化できなかった際、それがほかの会社のものになってしまうのはもどかしいですよね。その点、知的財産の管理がしっかりしている点も貝印の良いところではあるのですが、デザイン部門と管理部門が協業していくこともこれからの企業やブランドに必要なのではないでしょうか。
――最後に、鈴木さん自身が今後取り組んでいきたいことについてもお聞かせください。
私が携わっているプロダクトは、かなりコモディティ化しているジャンルです。そのなかでも「見たことない!」と感じるデザインを手掛けたいですね。もちろん「見たことない」が目的ではなく、使いやすさ、機能面で洗練されていることも前提です。
あとは、刃物をもっと身近なものにしたいとも考えています。欧米などと比較して、日本は刃物を過度に怖がったり、遠ざけてしまったりしていると感じることが結構あります。
日本では、小さいころは刃物を「危ないから」となかなか触らせてもらえないことも多いように感じています。ですが少し視点を変えてみると、子どものときから正しく使いこなすことができれば大人になったときも調理や身だしなみの中で身近に感じられると思うんです。
「子どもが小学生になったのに、自分で爪を切れなくて……」といった話を聞くこともありますし、まだまだ怖さがぬぐい切れず、子どもに刃物を触らせない文化があると思います。身近に使いこなせるデザインやコミュニケーションを通して、こうした世界観は変えていきたいですね。
もうひとつの野望は、日本のブランドをもっと世界で戦えるようにすること。グレートワークスが生まれたスウェーデンは、日本と比較して人口も少ないですし、国土も大半が森林で国内市場が小さいんですよね。それが外貨を稼ぐ原動力になって、H&Mやイケアといった世界で通用する企業が生まれていきました。非常にブランドづくりが巧みなんです。
日本のモノづくりは、決してスウェーデンに劣っているとは思いません。職人文化などを考えると、むしろ秀でている部分が多いはず。この強みを活かして世界でも戦えるよう、いっそうマーケティング活動にも取り組んでいきたいです。
――鈴木さん、ありがとうございました!