諸刃の剣、デザインの分業――デザイナーを持続的に育成する「分業」の扱いかた

諸刃の剣、デザインの分業――デザイナーを持続的に育成する「分業」の扱いかた
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 軽やかに活躍し続け、組織や社会をしなやかに変化させていくために、そしてさらなる高みを目指すために必要な変化とは何でしょうか。本連載では5年目からのデザイナーに向け、その典型的な課題と対応策をコンセントの取締役/サービスデザイナーの大﨑優さんが示していきます。第9回のテーマは「分業の扱いかた」です。

 デザイナーにとって「分業」は空気のように漂う日常の風景。いつもの仕事の呼吸です。

 分業をどのように考えるかは非常に重要ですが、不思議なことに、現場では課題として挙がりにくいのも事実です。短期的にはポジティブに働く分業も、長期的に見れば、ときに停滞を招き、キャリアを腐らせる監獄にもなります。分業は自分の仕事のアイデンティティになり、矜持や態度と結びつくものでもあります。身に染み込み、自他ともに否定や変化を加えづらいものにもなります。

 10年、20年、さらにその先まで、デザイナーが持続的に成長し続けられるように。ここでは分業の構造を掘り下げ、その取り扱いかたについて考えていきます。

機能的分業が効果をあげる「タスク型プロジェクト」

 デザインの現場では、UX/UIデザイナー、コミュニケーションデザイナー、サービスデザイナーなどさまざまなロール(職種)が協働し、プロジェクトの成果を目指しています。ロールごとにタスクを分業するような「機能的分業」は、デザインの世界では当たり前の光景ですが、実はプロジェクトの中には、その機能的分業が効果を発揮するものとそうでないものがあります。

 はじめに、機能的分業が有効に働くものとしては、制作物などの「アウトプット」を目的とするプロジェクトが挙げられるでしょう。ウェブサイトをつくるために、ウェブデザイナーをアサインする。このような考えをベースにしたプロジェクトです。制作物の要件が最初から明確である場合はなおさらです。誰がどんなタスクを行うかがわかりやすい分業です。

 そもそも多くのデザインロールは、制作物のクオリティや仕事の安定性・効率性を高めることを目的に機能分化しています。デザイナー同士が連携して進めるプロセスや責任分界点、依頼主からデザイナーへの期待値もふくめ、機能的分業をベースに業務慣習もできあがっています。制作物から逆算して綿密なタスクを設計し、必要な専門性を持ったロールをアサインすることで、着実に目的を達成することができます。

 デザイン制作のような、機能的分業が効果を示すプロジェクトを「タスク型プロジェクト」と私は呼んでいます。

模式図。分業の性質によるプロジェクト区分を示した図。タスク型プロジェクトは、アウトプット(成果物)志向で、個々が自分のタスクに責任を持ち、機能的分業が有効なもの。指示系統が明確なもの。一方のコミットメント側プロジェクトは、アウトカム(成果)志向で、個々が全体の成果に責任を持ち、機能的分業が無効なもの。それぞれがフォローしながら協力するもの、とある。

探索する「コミットメント型プロジェクト」

 一方、ゼロからイチをつくりだすような事業開発の初期段階や、ゴールが曖昧で不確実なプロジェクトで、機能的分業はフィットしません。制作物の「アウトプット」ではなく、事業成果などの「アウトカム」を求めるプロジェクトがその典型です。

 そういったプロジェクトは探索的要素が強く、最初から「何をつくるか」が決まっていないことも多いもの。当然、何をつくるのかが明確でない以上、機能的分業は意味をなしません。メンバーそれぞれが自分の専門性を超え、全人格からアイデアを出し合い、柔軟に試行錯誤を重ねていかなければ成果をあげることは難しいものです。「自分はUIデザイナーなので、事業企画のフェーズは関係ありません。設計タスクが発生するまで待っています」という姿勢はまったくの不毛なのです。

 こういった探索型のプロジェクトでは、サービスデザイナーやビジネスデザイナーといった戦略系のロールが、全体の計画とファシリテーションをすることが多いはずです。そういった意味で最低限の分業は発生していますが、それ以外のリサーチやワークショップなどのタスク、ソリューション検討といった中核的な仕事は、ロールを超えて全員が携わらなければ成果をだせません。それぞれの経験から現実的な解決への道筋を話し合わなければ、荒唐無稽なソリューション案が飛び交うだけで何も進まないのです。

 機能的分業が向かない探索的なプロジェクトを、私は「コミットメント型プロジェクト」と呼んでいます。全員がプロジェクト成果に同様の責任感を持ち、同じ視座でプロジェクトを運営する。メンバーそれぞれの専門性を活かしながらも、プロジェクトへの主体的・越境的なコミットを求め、ロールにとらわれないマインドセットが必要なのです。

DXは「コミットメント型」を求める

 「デジタルスキル標準」というものがあります。経済産業省・IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が公開しているもので、企業がデジタル化を進めるにあたって備えるべきスキルやリテラシーを定義している資料です。デザイナーのスキルセットを整理し、市場標準の育成を行うためにも、日本企業でよく参照されています。

 そのなかでも、DXを推進する人材にフォーカスした「DX推進スキル標準」では、「デザイナー」や「ビジネスアーキテクト」といったさまざまな人材類型が定義されています。この人材類型には、次のような説明がされています。

 DXを推進する人材は、他の類型とのつながりを積極的に構築した上で、他類型の巻き込みや他類型への手助けを行うことが重要である。(『デジタルスキル標準 ver.1.2』より)

 「巻き込み」や「手助け」のワードは、まさに「コミットメント型プロジェクト」のありかたを示すもの。さらに、人材類型を説明するページでは、指示系統をあらわすような樹形図ではなく、相互にフラットに協力しあう星型の図で表現しています。専門性を超えて協力しあう原則が強調されているのです。

模式図。「DX推進スキル標準」の人材類型の関係性を示した図。5つの人材類型が並んでいる。ビジネスアーキテクト、デザイナー、ソフトウェアエンジニア、データサイエンティスト、サイバーセキュリティの5つだ。それぞれの人材類型が他の全ての人材類型を線で繋がれており、それぞれがフラットに協力しあう様子が描かれている。出典は『デジタルスキル標準ver1.2』。
出典:「デジタルスキル標準 ver.1.2」をもとに筆者にてデザイン

 企業のDX。それは単に業務をデジタル化するだけにとどまらず、新規事業の創出や、組織や業務を抜本的に変革することを指します。当然、こういった不確実な状況では、機能的分業に徹することは意味がありません。ご存知のように、DXは日本社会にとっても重要課題です。「タスク型」ではなく、横断的に協力しあう「コミットメント型」をベースに動くデザイナーがどんどん増えているのも事実です。

 タスク型なのか、コミットメント型なのかによって、デザイナーのふるまいかたは大きく変わるもの。プロジェクトメンバー間で意識合わせをし、どちらの考えかたを中心に進行するかを確認し合うことが重要です。それを怠ると、意図しない形でタスク待ちの行動が起こってしまったり、逆に責任分界点が曖昧なまま、プロジェクトの安定性が下がってしまったりします。果たすべき成果の具体性とスキルのバランスを捉え、分業体制の選択とその意識づけを行っていく必要があるのです。