強烈なキャラクターの主人公が活躍する大ヒット作――『成瀬は天下を取りに行く』『高宮麻綾の引継書』

強烈なキャラクターの主人公が活躍する大ヒット作――『成瀬は天下を取りに行く』『高宮麻綾の引継書』
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 書店員芸人として活躍するカモシダせぶんさんが、クリエイト脳を刺激された本を毎回2冊お届けする本連載。第6回は、『成瀬は天下を取りに行く』『高宮麻綾の引継書』を紹介します。

 どうも、もうすぐ7月ですね。誕生月なのでもうすぐ37歳かと思うとぞわぞわするし、年齢がサーティセブンだと芸名としては似合っているのでワクワクもする。そんな書店員芸人、カモシダせぶん(@kamo_books)です。

 今回のテーマは「ドラマチックな主人公を知ろう」。華があるエンタメにはドラマ性がつきものですが、近年とくに話題になっている小説のなかから、その特異な主人公にスポットを当てた作品を紹介します。そして僕なりに、この2冊がヒットしている理由についても解説していきます。

 無論、これを読んでいる皆さんに「主人公になれ!」と言いたいわけではありません。創作における「メインの見せかた」を軸に話を進めていきますので、その心づもりで読んでもらえれば幸いです。またこの2冊はとても読みやすく、スカッとした読後感も魅力ですので、ストレス解消としてもオススメです!

“天才さ”を上手く描いた『成瀬は天下を取りに行く』

 1冊目はシリーズ発行部数が100万部を突破したメガヒット連作短編小説『成瀬は天下を取りに行く』(新潮社/宮島 未奈 著)。

『成瀬は天下を取りに行く』(新潮社/宮島 未奈 著)
成瀬は天下を取りに行く』(新潮社/宮島 未奈 著)

 この本は、コロナ禍の滋賀県から始まります。最寄りの西武百貨店が閉店してしまうことを知る女子中学生の成瀬あかり。そこで彼女は、その西武百貨店で中継をしている生放送のローカル番組に西武ライオンズのユニフォームで毎日移り込むことを決めます。なぜこんなことを始めたのか。意外な結末にグッとくる短編から始まり、友人とともにM-1グランプリに挑戦したり、急に坊主にしたり、百人一首大会に参加したりと、とにかく成瀬あかりがアグレッシブに活躍する青春小説です。

 本屋大賞をはじめさまざまな賞を総なめにしたり、100万部超えしたりしていますが、刊行されているのは続編『成瀬は信じた道を行く』と2冊のみ。書店で働いていても、こんなに勢いのある小説に出会ったのはかなり久しぶりだなと驚いています。僕も大好きな1冊ですし、この小説こそ、近年でもっとも「主人公パワーが強い小説」だと自信を持って言えます。もちろんそれは、主人公である成瀬の行動力がすさまじく、ほかの小説にないオリジナリティもあるからですが(とくに最初のローカル番組での映り込み)、それ以外にも大きなポイントがあります。それが「舞台と視点」です。

 このお話の舞台が「都会」や「ざっくりとした日本の田舎」などであったら、ここまでヒットしていなかったように思います。カギは、「滋賀県」とわかりやすく明示したことではないでしょうか。しっかり滋賀県愛も伝わる細かい描写のため、滋賀県出身の方以外も、「自分の育った場所」を思い出せるような地元感が、よりお話に没頭させます。

 そして基本的な語り手が「成瀬あかりではない」というのももうひとつのポイント。自分自身を天才だと自覚している人は少ないし、仮にそういう自負があったとしても、天才本人の視点では自慢話を聞かされているようにもなりがちです。しかしこの小説では、成瀬本人ではなく、同級生や遭遇した人物の視点をメインに話が展開されていく。だからこそ、成瀬が天才的な人物であることを客観的に捉えることができ、その才能を気持ちよく読み手が受け取れるわけです。

 自分の作品でメインに据えたいものがあるときは、その周辺にメインを際立たせるサブをしっかりと作りこむ。その大切さを、この小説は教えてくれているように思います。