空間に存在するものの総体が「世界観」をつくる――リアル脱出ゲームクリエイター・きださおりさん

空間に存在するものの総体が「世界観」をつくる――リアル脱出ゲームクリエイター・きださおりさん
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2023/12/13 08:00

 リアル脱出ゲームに特化したテーマパーク「東京ミステリーサーカス」の総支配人を務めたのち、2020年に体験型の謎解きイベントを企画・運営するSCRAPの執行役員となったきださおりさん。会社の役員になった今も生み出し続けるきださんの作品は、謎解きイベントながら物語性が強く「きださおりワールド」とも言われています。ドラマプロデューサーで世界観研究所所長のたちばなやすひとさんが、さまざまなクリエイターと「世界観」の正体を考える本連載、第5回はきださおりさんの世界観に迫ります。

たちばな 初めてきださんの作品に触れたのは謎解きをしながら脱出する体験型イベント『君は明日と消えていった』でした。2016年ですね。「リアル脱出ゲーム」というと、「謎を解くことを楽しむ」イメージがありましたが、ストーリー性がしっかりしており、青春物語として泣けたんです。そのイベントで、きださんというすごいクリエイターがいると知りました。

きだ ありがとうございます。私の作品を体験された方からは、よく「きださおりワールド」と言っていただきます。独自の世界があるんですかね。

たちばな 「きださおりワールド」というのは、自身ではどのように捉えていますか?

きだ 自分ではあまり言いませんが、体験いただいたお客さんからはよく「エモい」と言われます(笑)。「エモい=泣ける」なのか「エモい=切ない」であるのかは参加者によってさまざまですが、何かしら心に刺さるものがあると嬉しいなと思っています。

たちばな 僕は実際に体験しているので、その感覚がよくわかります。今回は、きださんの作る体験型イベントはなぜ泣けるのかを紐解いていけたらと思っていますが、まずはリアル脱出ゲームについて教えていただいても良いでしょうか。

ストーリーを考える起点は「日々の感情」から

きだ リアル脱出ゲームはマンションや廃校など、リアルな場で謎解きをしながら、物語を体験する体験型ゲームイベントです。海外でも「Escape Room」などと呼ばれ浸透しており、今ではひとつのエンタメジャンルとして世界中に定着したと言えます。

たちばなさんが参加した『君は明日と消えていった』は、参加者が主人公である17歳の少年になり、亡くなったはずの幼馴染から謎の小包が届くシーンを起点に物語が始まります。参加者が謎を解き、さまざまな行動を起こすことで物語が進行します。この展開のなかで切なさや心の揺らぎを感じる、というのが私の作品の特徴です。

出典:『君は明日と消えていった』公式サイト
出典:『君は明日と消えていった』公式サイト

たちばな きださんの作品は謎解きと同じくらいストーリーを重視している印象がありますが、ストーリーはどうやって発想したり形作っていったりしているのでしょうか。

きだ 「美しい」と思った景色など、日々の感情からストーリーを考えることが多いです。私は特別な人生を送ってきたわけではないですが、日常にある一瞬一瞬のきらめきを大事にしてここまでやってきました。カフェで隣の席から聞こえてきた会話にほっこりしたり、毎日通っている帰り道の商店街でのワンシーンに感動したりとか。

そのため、たとえば真冬の高校を見ると、受験間近の高校生の物語が頭に広がってきます。主人公が自分の受験番号を探して「あった!」「あ、ない」みたいなシーンとか。

たちばな なるほど(笑)。たしかにきださんの作品には、どこか自分の記憶にタッチするような瞬間が多い気がします。具体は違うけれど、同じ感情は体験している、みたいな……。それはきださんご自身の感情から作られているからなんですね。

きだ そうですね。それにプラスして「これっておかしくない?」といった世の中に対する違和感から生まれることもあります。いずれも大切にするのは、お客さんの「心が動く瞬間」を詰め込むこと。たとえば、異世界ものの物語が流行していても、「謎解きゲーム」というフィクションの世界だからこそ、夏の日の花火とか、夕日とか、過去の経験と重なるシーンで心が動くこともあると思うんです。ですが、異世界だとそういったシーンは作りづらい。

たちばな 突飛な設定ではなく、どこか自分が生きている世界と地続きな部分を感じるのは、そうしたポリシーがあったからなのですね。とても共感します。

きだ きっと誰かの心に眠っている、そんなシーンや感情を作品に詰め込むことを心がけています。個人的に好きなのは夕日。あとは線香花火とか夏の終わりとか、「刹那的だけど永遠」なシーン。こういう瞬間を大事にして、作品に閉じ込めていくのが好きなんです。

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