人間は物語しか腹落ちしない クリエイティブディレクター東畑さんが語る、広告の今と未来への思い【後編】

人間は物語しか腹落ちしない クリエイティブディレクター東畑さんが語る、広告の今と未来への思い【後編】
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2023/06/09 08:00

 最前線で活躍しているクリエイターに、これからの広告づくりについて話を聞く本コーナー。初回となる今回は、サントリー天然水「大自然よ、ぼくたちのピュアな部分になってくれ」サントリー企業広告「素晴らしい過去になろう」、Honda企業広告「Go, Vantage Point.」「Hondaハート」、九州新幹線全線開業「祝!九州」など多数の広告を手掛けてきたクリエイティブディレクターの東畑幸多さんが登場です。

効率化が追求される今、大きな役割を果たす「物語」

――20年以上広告に携わるなかで、広告や広告クリエイティブに変化を感じますか?

一般論を言うとやはりデジタル化が進み、メディアが多様化するなかで、コミュニケーションが変わっていったという実感はあります。良い面としては、ものすごく深くつながることができたり、一方的ではなく双方向にリレーションを築くことができたり、コミュニティが可視化されるようになったことで今まであまり注目されていなかったものにもそこに賑わいがあることがわかるようになったりという側面もありますよね。

ただ、デジタル化によって最適化や効率化が進み、なんでも数字で表すことができるようになったことで、ある意味で短期的な成果を広告に期待されるようになった部分もあると思います。大量生産の広告というか……。

たとえば6秒の動画広告やバナー広告など、たくさんのトリガーを作り分けて、どれに反応があるかわからないのでさまざまな種類を出してどんどんサイクルを回していくべきだ、とか。そうするともはや人間がやらないほうが良いことが増えていくような、そんな大量生産の時代になり、属人性が不要になっていくという大きな流れもあるように思います。もちろん、オートクチュールな、ブランドの思想や存在意義をしっかり伝えていく広告もありますが、9割ぐらいは「効率化」「最適化」を追求する時代になっていくだろうと感じています。

ですが、効率を生むことだけが広告の機能じゃない。ブランドや製品への「Love」を作ったりすることも広告の大切な役割だと思っています。クリエーティブ・ディレクター・コレクティブ (つづく)を立ち上げたのも、Loveを作るための広告に自分を役立てたい、それに強く特化したかったからです。

個人で言えば、ChatGPTのようなものに脅威を感じてしまったり、メディアもあまりに多様化しているため、僕自身全然追いつけていなかったりという部分もあります。ただ、どんな時代でも仕事は人と人とが力を合わせないと成り立たないことは変わらないし、そのために必要なのは「物語」だと感じています。人間は、物語しか腹落ちしないというか、ストーリーしか理解できないように思うんです。

最近とてもおもしろいと感じたのは、イギリスで活動するサッカークラブ「FC Not Alone」の取り組みです。このクラブチームは孤独という社会問題に対して、サッカーチームにできることがあるのではないかとの考えから、ファン、選手、クラブチームをつなぎ、サッカーの力で孤独な人を減らしていこうとしています。

たとえば僕は「サッカークラブのDXをしてくれ」と言われてもどうしたら良いかわからないですが、「孤独をなくす」というビジョンがあるチームのDXであれば、ディレクションできることはある。どういったデジタル化が必要で、それとスポーツをかけ合わせてこういうことをすれば、スポーツで孤独を減らすことができる。そんな物語を作ることができれば、選手も、クラブチームを運営する人も、地元も、ファンも、みんなの力が合わさるんですよね。そんな、人と人が力を合わせるための物語づくりに、今とても興味があります。

(つづく)クリエーティブ・ディレクター/CMプランナー 東畑幸多さん
(つづく)クリエーティブ・ディレクター/CMプランナー 東畑幸多さん

「僕たちは素晴らしい過去になれるだろうか」はその後サントリーの企業広告にも使用されるスローガンのひとつになりましたが、「素晴らしい過去になろう」という物語をつくることで、人事の制度や働きかたなど、企業全体を良くしていくベクトルにもなってほしいと願っています。たとえばサントリーは災害の時に長く保存できる備蓄水も扱っているのですが、小学校の体育館は避難所になることも多いため、サントリーの社員が母校に備蓄水をもっていく取り組みを防災の日にしたら良いんじゃないかといったアイディアも生まれてくる。大義とか言葉とか物語があるとみんなが集まってくる力になるはずですし、そのための物語をつくっていくことがこれからとくに大事になると思っています。

理想は、そういった物語が企業の中だけにとどまらず、小さくても意味のあることをやっている人たちが大きい企業と一緒に組んで、そういう人たちをもっと前に押し出していくというような、小さいリーダーと大きな組織をつなぐ合言葉になること。そういう大義や言葉、物語があると、みんなが集まってくる力になるんですよね。

たとえばSDGsも、国連で誰かが17個のルールを決めて発信したことで、企業活動や人の行動、国の行動まで変えたりする。またM-1グランプリも、M-1という賑わいの舞台を考えたことでお祭りができ、それを目指す芸人の人たちの物語が生まれる。そういう意味ではWBCもそうですよね。特別目新しい発想ではないかもしれないけれど、あの物語が大きな熱狂や賑わいを生み、子どもたちが自分もいつか日本代表になりたいと夢を描いたりする。素晴らしい過去になれるだろうか?といった問いもそうですが、少しずつ物語として育っていき、それによって大きな動きが生まれたらと考えています。

※この続きは、会員の方のみお読みいただけます(登録無料)。