D2Cはムーブメントとしてとらえよ ブランドビジネスの変遷と未来
はじめに狩野氏は、Web1.0からWeb3.0への移り変わりと、ブランドビジネスの変遷について解説を行った。
Web1.0では利用者はおもに閲覧するだけに限定されていたが、Web2.0で投稿が可能な「編集者」となり、Web3.0になるとある種の「管理者・オーナー」となっていく。狩野氏はこの流れを「編集権限の移り換わりととらえるとわかりやすくなる」と説明する。独占的プラットフォーマーが中心にあったWeb2.0から、ブロックチェーンの技術が実現するWeb3.0への変遷は、「中央集権」から「自立分散」への変革と言われている。
ブランドビジネスも同様の変遷をたどっている。Web1.0の時代は巨大ブランドが中心だったが、Web2.0でインターネット上の編集権が開放されるとともに、直接消費者とコミュニケーションするD2Cブランドが登場した。こうしたD2Cやスモールブランドは、Web3.0の時代にどのような発展をしていくのか。それが今回のセッションのテーマとなる。
フラクタはD2Cを、単なる直販ビジネスモデルというだけではなく、「顧客とともにブランドの成長を共創する動き」ととらえている。かつては、オフラインでの限定された規模でしか実現することができなかった顧客とのダイレクトな関係構築も、テクノロジーの発展やSNSの登場で大々的に行うことができるようになった。関係構築と規模の拡大を両立できるようになった点が、D2C興隆のポイントとも言えるだろう。
さらに狩野氏は、D2Cを「新しいビジネスモデル/ブランドモデル」として考えるよりも、「運動(ムーブメント)」としてとらえるのが正しいと語る。テクノロジーの進化により、企業と消費者に直接のつながりができ、顧客の属性データや行動データの観測もできるようになった。またLTVやNPS(顧客ロイヤルティを測る指標)など、可視化が難しいとされていた数値も計測することが可能となり、顧客との関係性も把握しやすくなっている。D2Cは、それらのデータを活用してアプローチを試みる「ムーブメント」であり、現在のD2Cのありかたも「ブランドビジネスを成長させていくための通過点」なのだと言う。
また、モノがあふれる現代に顧客が商品を買う以上に求めているのが、「象徴的な価値」だ。ブランドと顧客のダイレクトな関係は、この象徴的な価値となりうる。そのためには、「オンラインとオフラインをシームレスに融合し、化学反応を起こしていくような体験をブランドとして用意していく」必要があるのだ。
では、実際に象徴的な価値をつくっていくためには何が大切なのか。そのキーワードとなるのが「テクノロジーを活用した効率化・高速化」である。
「D2Cというムーブメントにおいては、テクノロジーを駆使する考えかたこそがもっとも重要なコア。テクノロジーを活用して、ブランドとしての価値を高めていくための余力を生み出していくことが重要です」
メタバースとNFTが新たな選択肢に 今クリエイターが担うべき役割とは
大量消費とは対局にあるSDGsの価値観が広く浸透しつつある現代。とくにZ世代やアルファ世代と呼ばれる若者たちは、自分の趣味嗜好や主義と合うかどうかが、商品購入の大きな判断基準になっている。一方、コミュニティや投資への意識も強くなっており、社会全体でESG(環境・社会・ガバナンス)の動きが本格化している。
「そういった時代になったときに、ブランド単一での成長には限界があるとフラクタは考えています。つまり、新しい選択肢が必要なのです」
従来のような物理的なモノやサービスの保有・利用が必要とされなくなる時代の新しい選択肢。それがWeb3.0の大きな文脈として語られる「メタバース」と「NFT」だ。これらをわかりやすくとらえるためには、「メタバースを“共通の舞台”、そこで使われる“共通の道具やチケット”をNFTととらえると良い」と狩野氏は言う。
すでに一部のブランドで取り組みは始まっており、アディダスはアーティストやインフルエンサーとコラボしたアイテムで、ナイキは仮想スニーカーでNFTに参入。クリニークは会員向けプログラムとしてNFTを配布している。
NFTを購入することで、モノを所有したくない消費者であっても、ブランドへの支持や参加の意思表明が可能だ。商品購入やSNSのいいねに加えて、NFTがブランドをフォローする新しい選択肢になりうるとフラクタは考える。
これは単にブランドと顧客がつながるだけではない。NFTはブランドやクリエイターにとっての資金調達、つまり「金融」としての役割も持つ。狩野氏は、顧客から資金を調達している例として、スターバックスが展開する「スターバックス カード」を挙げた。2019年時点で同社は、約16億ドルをプリペイドカードの負債額として計上している。これは顧客から無利子でお金を借りているのと同じことだ。
いずれ、NFTもこれに近い存在になっていくと説明する狩野氏。消費者が応援や投資の意思表示としてNFTを購入し、ブランドはその資金で設備投資やプロダクト開発を行う。Web3.0時代では、そうした新しい仕組みでブランドを発展させていく動きが現れてくるだろうと続けた。とはいえ、その前提としてなによりも重要なのは「ブランド自体の価値をいかに高めるか」。これが根幹であることを忘れてはならない。
「無味無臭のブランドに消費者はコミットしてくれません。個性やパーソナリティ、クリエイティビティは必要不可欠です。ブランドは『商品』、クリエイターは『作品』。それらふたつやその中間を橋渡しすることにも価値が出てくるでしょう」
さらに今後は、アーティスト、グッズ、ゲーム、ブランド、エンターテイメント、金融といったさまざまな価値が合わさる体験が「ニューノーマル」になると狩野氏は言う。
「異なる領域をつなぎ合わせて化学反応を起こしていくことが、これからのクリエイターの担う領域だと思っています」
購入をはじめ、ブランドに対するアクションは顧客の意思表示
続いて狩野氏は、時代が移り変わろうと「“ブランド”の概念は普遍であり、ブランディングの取り組みは必要不可欠」だと述べ、「ブランドがもつべき一貫性と柔軟性」について解説を進めた。その際に強調されたのは、Web3.0時代になろうとも「守破離」、つまりブランディングの基本的姿勢や取り組みが必須だ、という点である。
すべての根本となる「Why」が明確で魅力的であるほど、「Who」(顧客・消費者)の共感を得ることができ、Web3.0時代の新しいビジネスの展開にもつながる。
「根本となる大地がしっかりと整っていれば、そこから芽が出て、新しいビジネスへの転換にもつながってくる。先ほどのたとえで言えば、メタバース上の舞台や道具といった着想の原点になると思っています」
さらに狩野氏は、購入をはじめとする顧客の意思表示を「参加」ととらえて中心に置き、その前後の体験すべてが大切であることを説明。ブランドを知り、「参加」し、それを続けてもらうといった循環によって消費者とブランドがつながることは、ビジネス上の負荷を減らし、利益率を向上させることにも貢献するだろう。
こうしたビジネスとして健康な状態を実現するには、顧客の「参加」と「共創」をいかに促していくかがポイントだ。そのためのカギとなるのが「遊び」と「余白」だと説明。ブランドは一方的にモノを提供するだけではなく、遊ぶための仕組みやきっかけ=参加ができる「余白」をつくっていくことが重要になると指摘する。
「『参加』するための方法を購入だけにしぼらず、多様な入口を用意することが大切です。さらに顧客と価値を『共創』していくには、ブランド側が余白や遊びをつくりだすことがカギとなるのではないでしょうか」
ブランドやクリエイターは「実証実験という種まき」を始めよ
顧客にとって好きなブランドに「参加できるのは嬉しいこと」と言える。SNSなどでブランド公式アカウントからリアクションをもらって嬉しいと感じるのもその一例だろう。顧客は商品の機能や品質にとどまらない付加価値を求めており、「参加」「関与」がそのひとつになる。日本のビジネス文化では高品質な商品提供への意識が強いが、「プロダクトの完成度とブランドへの関与度は両立することが可能」だと狩野氏は言う。
たとえば近年SNSを中心に、クリエイターやブランドが提供する情報や商品を「遊び道具」とすることで、ファンやユーザーとのかかわりを生むというコミュニケーションが出現。さらにブランド側がこれらにリアクションを返すことで、オフィシャルな存在が身近になり、親愛度が高まる現象が起きているのだ。これも一種の「遊び」であり「共創」と言えるだろう。
著名でなくとも、ブランド側がこうした間口をつくることはできる。たとえばアメリカの新興シリアルブランド「OffLimits」は、ブランドのパーソナリティを反映したキャラクターで人気を集め、オフラインでのグッズ販売やオンライン上でNFTの展開を行っている。キャラクターは日本が得意な分野であり、NFTへ発展させやすい手法とも言えるだろう。このように商品の提供だけではなく、顧客とのコミュニケーションツールとなる「遊び」を生み出していくことが、今後はいっそう重要になっていくと考えられる。
「おもしろいところに人は集まる」と狩野氏は言う。焚き火にたとえると、火の暖かさを中心に人が集まり、それを遠くから見つける人がいて、あっちは暖かそうだと徐々に人が集まり、さらにその輪が広がる状態だ。
「ニューノーマルにおけるクリエイティブに必要なことは、その中心地で火を起こすこと。決してバズることに傾倒するのではなく、絶やさないようにその火を起こし続け、『ここはおもしろい場所だぞ』と発信すること。燃え盛るというよりは、その火が消えないようにすることが非常に大切だと思っています」
テクノロジーの発展によって、新たな舞台・道具が用意された。それを活用し、顧客が参加できる余白をいかにつくり出していけるか。ブランドやクリエイターは、「実証実験という種まき」を始めることで、大きな花を咲かせる可能性を秘めており、さまざまなチャレンジを継続していくことが重要である――。そう狩野氏は語り、次のように締めくくった。
「Web3.0は新しいハードとソフト、ブランドとクリエイター、そしてファン、それぞれが一緒に遊ぶ時代だと思っています。新しいテクノロジーや変化の兆しにキャッチアップし、共創の意識を持って乗り込んでいけるかどうか。これが非常に重要な考えかたであり、スタンスになると思います」