コスメブランドを半年でクローズ 実体験で得た、ユーザーの声から見極めるべきこと
冒頭に三島氏はブランドづくりを「ブランドが描く未来や生活者が抱える課題、隠された心理などを1つひとつ結び付けながら、ファンと一緒に共感や共鳴を生み出していくこと」だと定義したうえで、ブランドビジネスをとりまく昨今の変化から解説を始めた。
「現代はモノや情報があふれ、企業と顧客のタッチポイントも膨大な数になっています。それに対して人口は減少しているため、いわば顧客の取り合いが激化しているように思います。そのためひとりあたりの顧客単価を引き上げる、顧客のLTVを向上させるといった、広く長く選んでもらうためのブランドづくりが求められているのではないでしょうか」
顧客1人ひとりと関係性を構築し、それを維持していくために必要なことと言えば、「顧客の声を聞くこと」と思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし、ここで三島氏は「本当に顧客が答えを持っているのでしょうか」と問いかける。
「もちろん顧客の声を無視することはできませんが、ニーズというのは顕在化されているものだけではありません。課題解決ができるプロダクトやブランドが数多くあふれている中で、本当の課題や本当に顧客が困っていることはいったい何なのか。それらを見極め、仮説をもとにインサイトを導き出していく過程にこそ、価値があるのだと考えています」
三島氏がそう強調するのには、ある原体験がある。それはテテマーチが、自分の顔立ちに合ったメイク方法を知ることができるサポート型コスメブランド「BeMe」を2021年4月にリリースしたときのことだ。
「自分に合ったメイクをするための情報はあるものの、それがパーソナライズされていないことが課題だと考え、ストレートな課題解決を実現するプロダクトをリリースしました。コスメのなかでトレンドにもなっていた『パーソナライズ』の文脈にも合っており、発売直後は非常に反応も良かったんです」
しかし、BeMeは発売開始から半年後の同年10月にクローズをすることとなる。そこで得た気づきは、「『買いたい』と実際に『買う』ことには大きく違いがある」ということ。もうひとつは、「ユーザーの声を集めてもスピーディーに反映させなければ意味がない」という点だ。
「共感してもらうことができたら、それと同時に認知を獲得していかなければならない。一瞬だけ共感を集めることができても意味はありません」
テテマーチではこれらの問題を「ブランド体験」、「ビジネスモデル」、「コミュニケーション戦略」の3つに分類し、振り返りを行った。
「ブランド体験で言えば、購入後は非常に手厚く準備をしていたのですが、購入前の体験は肝心のひと押しが弱かった。またコミュニケーション面では、各ペルソナに対しての施策を“点”で置いてしまい、線としてカスタマージャーニーを設計することができていなかったように思います。ニーズや課題が同じでもそれらを解決する手段はたくさんあるからこそ、いちばん大きな問題が何かをユーザーの声から見極める必要があるのだと痛感しました」
顧客の期待と共感が、LTVに貢献するファンを生む
では、成功するブランドはいったい何が違うのだろう。三島氏はその特徴として次の3つを挙げた。
「ここに、『提供価値』と自分ごと化という意味での『わかりやすさ』も加えると良いでしょう。これらはつまり、私たちの『共感』と『期待』を構成する要素なのだととらえています」
その具体例として挙げたのはAirbnbだ。「Creating a world where anyone can belong, anywhere」(誰もが、どこにでも居場所がある世界をつくる)を掲げる同社は、旅行が好きなユーザーに価値を提供するだけでなく、ワーケーションなど時代にあった場所の選択肢を提示。それが共感を生み、そういった場所での新しい出会い、つまり「体験」が、顧客にとっての「期待」につながっていると言う。そしてそれが、TwitterやInstagramなどのSNS上でUGCとして広まっていく――。つまり、モノよりもビジョンや体験を買う時代が到来しているのだ。
そういった「共感」と「期待」を生むための具体的なヒントを探るには、フェイスマスクブランド「ルルルン(LuLuLun)」が好例だ。ルルルンは、結婚式を延期した日数分のフェイスマスクを届ける「花嫁救済プロジェクト」などさまざまな切り口の取り組みを行っているが、一貫しているのはブランドコンセプトの「ごきげんをつくる」にのっとったアクションであるという点である。
「ルルルンは、どのような価値を提供するブランドであるかを、ユーザーがわかりやすく認識できるようにしているのだと思います。機能的価値を提供することは当たり前だとされる中、どうやって差別化をしていくのか、どのような共感メッセージを届けていくのか。そういった部分にブランドは向き合わなければなりません」
ドラッグストアで並んでいるフェイスパックの細かな違いを、いち消費者が一目で理解することは難しい。だからこそこうしたブランドコンセプトにもとづいたルルルンの取り組みが、ファンの大きな支持を得ているのだろう。そしてそれが、SNS上のクチコミとして広がり、フェイスパック市場での存在感につながっているのだ。
「ごきげんをつくる」というコンセプトに共感し、そのトリガーをどれだけ提供し続けることができるか。そのトリガーこそ顧客の『期待』であり、それをつくることでCAC(顧客獲得単価)の効率を引き上げ、LTVに貢献するファンを生んでいるのだろう。
「ブランドメッセージを届けることで、新規のお客さまに対してわかりやすいブランドであること。そして既存のお客さまに対して長く使ってもらえるブランドであり続けること。これがファンの育成につながっているのではないでしょうか」
ファンづくりの起点は、ブランドへの共感
ブランドづくりにおいて大切な「期待」と「共感」を生むために、SNSはどのような役割を果たしているのだろう。それを紐解くキーワードは「表現の自由」だ。今までは広告やキャンペーンをとおしてブランドが一方的に態度変容を促していくことがほとんどであった。だが、SNSが自由な表現を可能にしたことで、ブランドは顧客に“らしさ”を届けやすくなり、それがファンを生むひとつの流れになっている。
「これからは『ブランドがどのように共感されるか』を起点に、コアファン、ファン、ユーザーとその円が広まっていく時代です。そんな中でコアファンを生むためのポイントは、いかにブランドの仲間やファンを集め、どのようにその輪を広めていくのかを設計すること。ファンがファンを育て、ファンが新しいユーザーをファンにし、また、そのファンが新しいユーザーを呼んでくるのです」
また三島氏は、SNSを活用するメリットとして、興味喚起から理解、購買、ファン化、CRMといった一連のカスタマージャーニーを一気通貫で描くことができるようになった点にも言及。以前は認知拡大が役割の中心だったSNSも、今やそれだけにとどまらない。
さらにSNSは「生の声を聞き、ブランドへのフィードバックを直接もらうことができるニーズの宝庫」だと表現する。
「真のニーズを拾いながらブランド体験をつくり、その過程でPDCAを回していく。これがさらなるファンを生み、ブランドの成功確度を高めていくのではないでしょうか」
たとえばD2Cブランドの「KINS」では、SNS上でのコミュニケーションや反応をEC上のデータと結びづけるだけでなく、スピーディーにプロダクトにも反映している。スナック菓子の「じゃがりこ」では、1年にわたって顧客とともにフレーバーを考えるプロジェクトをTwitterで実施。また、サンドイッチチェーンの「サブウェイ」ではTikTok上でユーザーと密にコミュニケーションをとり続けているが、こういった3ブランドのアクションは、直接的な売上を見込んでいるわけではないだろう。「ファンをつくる」ことに重きを置き、さまざまな施策を展開しているのではないかと三島氏は分析する。
「わかりやすいメッセージングはもちろん、顧客と対話しながら、共感と期待をつくっていく部分が、3つのブランドの共通点だと思います」
だが、ひとくちにファンと言ってもその度合いはさまざまだ。ブランドとの共創プロジェクトがあったときに、是が非でも参加したい。それほどではないものの、新しいアイテムは必ず購入している。街で店舗を見かければ訪れることが多い――。こういったファンの解像度を可視化することが、共感を生む体験づくりには非常に重要だと言う。
「テテマーチでは、そのためのインナー指標としてNPSを用いるケースも増えています。一方アウターの指標はUGCに置き、どのようにLTVにつながったのかを追ったり、SNSのフォロワーにアンケートを実施することもあります。UGCコンテンツをアップしたユーザーへの調査によって集めた指標をもとに、クライアントとそのありかたを決めながら進めています」
SNSがブランドづくりに適している理由とその意義
続いて三島氏が触れたのは、「ブランド体験におけるSNSコミュニケーションの考えかた」である。そのためのポイントとして挙げたのは、次の3つだ。
「ファンとしての熱狂度を高めたあと、ブランドに対して良い印象を持ってもらう。さらには、困りごとや知りたいことがあったときにはこのブランドだよね、と思い出してもらうこと。この3つが非常に重要です」
ここで三島氏は、「共感」と「期待」について、再びその重要性を強調。それらをつくる方法はさまざまであるとしながらも、大切なのは「1つひとつを丁寧に組み立てていくこと」だと語る。
「コミュニケーションをどれだけ頑張っても良い商品でなければ共感も期待も生まれません。また、どんなにコミュニケーションをとってもUGCとして結果が出なければ、ユーザーがクチコミをしたくなるほど良い体験だとは言えません」
続いて三島氏は、SNS時代における消費行動「PERCARS(パーカーズ)」7つと、そのための具体的なアクションをまとめた図を提示し、「一貫した戦略の軸をつくる際の参考にしてもらえたら」と補足。こういった体験をSNS上でも丁寧に設計し、かつ“わかりやすく”ユーザーに提供することがポイントになると指摘する。
そのうえでコンテンツを設計する場合には、「提供価値」と「ユーザーのインサイト」が交わる部分を見極めることが重要だと言う。
「これらふたつが重なり合っている部分がしっかりとブランドのコンセプトに沿っているかどうかが非常に大切です。言っていることと行動が異なるブランドに、共感や信頼、期待は生まれません」
たとえば化粧品ブランドであれば、最近疲れが肌に出るようになったというインサイトに、どういったコンテンツを用意するのかを1つひとつ丁寧に設計していくことがポイントだ。その際にオススメの手法は、「コンテンツカテゴリ」、「伝える手法」、「インサイト」の3つを掛け合わせることだ。
「この設計がおざなりになっていたり意図が明確でなかったりすると、ユーザーにとってわかりづらいコンテンツになってしまいます。さらに、自分たちが伝えたい内容とユーザーの知りたいことがマッチしているか。これも見定めていかなければなりません。
そして、商品を認知するところから購入後までを含めた一連のプロセスに含まれているユーザーの『共感』や『期待』こそ、ブランドを理解してもらう大きなポイント。そのなかでいかにブランドを自分ごと化してもらうか。『!』と『?』をつくることができるどうかが、コミュニケーションのカギだと考えています」
驚きや感動、学び、また「なぜこれはこうなっているのだろう」と興味をかきたてる疑問。こういった「!」や「?」をつくることが、ユーザーとのコミュニケーションを深めるコツだと三島氏は指摘する。
たとえばチョコレート菓子の「ブラックサンダー」は、SNSのフォロワーとは別に「ブラックサンダー 黒い広報室」という登録制のコミュニティをつくることで、自分たちもブランドの一部であるという帰属意識や期待を醸成している。さらに、そこから発生したファン同士のコミュニケーションが共感を生み、それがブランドのコアになっているのではないかと分析。SNSがブランドづくりに適した場所であることの好例でもあろう。
「SNSにはユーザーのニーズが点在しているので、それらを集め、カスタマージャーニーに沿ったアプローチ、コミュニケーション、コンテンツを継続的につくり続けることができます」
そのうえで、愛され選ばれ続けるブランドをつくるために欠かせない要素を最後に提示し、セッションを締めくくった。
「大切なのは、私たちのブランドは何者で、どういった部分で共感と期待を得ることができるのかをしっかり設計することです。その中でいかにわかりやすくブランドとファンのつながりを強化し、全体のブランド戦略に落とし込むことができるか。さらに、購入の手前から購入後までをイメージした体験を提供し続けることができるか。それがブランドのキーファクターになるのではないでしょうか」