カギは「どこにピークをつくるか」 ブランドに関わるクリエイターが知っておくべきWeb3の勘所と対処法

カギは「どこにピークをつくるか」 ブランドに関わるクリエイターが知っておくべきWeb3の勘所と対処法
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2022/03/11 11:00

 Web3、メタバース、NFTといった言葉をビジネスシーンで見かける機会が急増した。とくにクリエイティブやブランドに関わる人たちにとって、新たな顧客接点にもなりうるこれらの存在を無視することは難しいのではないだろうか。2022年2月にオンラインにて開催したCreatorZine Webinar vol.0では、ブランディングエージェンシーのフラクタで代表取締役をつとめる河野貴伸さんが登壇。「これからのクリエイティブを取り巻く世界の変化とそのための準備」と題し、今おさえておくべきWeb3の現状や、それに対応するための考えかたなどについて解説した。

ベースは「商品」だからこそ、ブランドビジネスが直面している課題

 一般的なブランディングの概念を超え、企業やブランドが自走するための支援を行うフラクタ。同社には、調査・研究を専任する社内機関「RI」が存在しており、Web3やメタバースの動き、その活用などについても日々分析を行っている。

 それらの研究結果をもとに河野さんが最初に触れたのは、D2Cの現状だ。顧客と直接コミュニケーションをとっていくことでブランドを育て、強くしていくという考えかたを指すD2C。ここ数年で大きく成長したD2Cだが、その背景にはテクノロジーの発展がある。なかでも「ここ数十年で人類が初めて、それなりの規模を持ちつつダイレクトに人と人とがつながることができる」テクノロジーとしてSNSが世界中で使われるようになったことが、D2C実現に大きな役割を果たしたと河野さんは考える。

 そんなD2Cの成長から見えてくるのは、現時点でのブランドビジネス全体の根幹が「商品」である点だ。そしてこれが、現在のブランドを考える際のポイントなのだと言う。

「当然ながらブランドビジネスは、商品があり、それをお客さまが購入し、商品が手元に届いて利用するという一連の流れがあります。そしてそのすべての起点は商品です。お金を払って対価を得る、つまり商品を得ることが、D2Cをはじめとしたすべてのブランドビジネスのベースになっている。今のブランドは、商品がなければお客さまとコミュニケーションをとることが難しいんです」

株式会社フラクタ 代表取締役 河野貴伸さん
株式会社フラクタ 代表取締役 河野貴伸さん

 もうひとつ河野さんがブランドビジネスに関わるうえでのポイントとして挙げたのは「お客さまが購入しているのは商品だけではなく、それに付随する象徴的な体験」であるということだ。

「これはとくにD2Cで言われることでもあるのですが、商品を買う際にお客さまは、その機能やビジュアルだけではなく、それを得ることで自身の人生や生活がどのように変化するのかを重視しています」

 ただここで改めておさえておかなければならないのは、先ほど触れたとおり、ブランドビジネスのベースはあくまでも「商品を買う」行為そのものだという点だ。たとえば、思想やスタンス、商品のデザインなどがとても気に入った家具ブランドがあったとしよう。ただ、すでに自宅で使用しているソファがある場合、どれほどそのブランドのソファに魅力を感じていたとしても、今あるものを捨ててまで手に入れたいと思うだろうか――。

「現代ではSDGsなどの考えかたも広まり、今まで以上に地球の環境に配慮した選択を求められるようになりました。そんな中ではとくに、持っているものを捨ててまで買いたいと思いづらくなっていますし、ブランド側も『今あるものを捨ててまで買ってください』と言うことは難しい。これが今のブランドビジネスに横たわっている大きな課題だと感じています」

今後必要なのは「投票と投資」

 2021年8月、バーバリーはミシカル・ゲームズと協業しNFTコレクションを発表した。同年12月にはナイキが仮想スニーカーブランド「RTFKT」を買収し、同時期にadidas Originals は限定NFTコレクションをリリースするなど、各ブランドがNFTに熱視線を送っている。

 Web2.0では、SNSなどのプラットフォーム上でインターネットに「参加」することができるようになったものの、その背景には、プライバシーやセキュリティ面の課題、ESGなどの動きがあった。こういった問題をすべて解決できる可能性を持つのがWeb3.0であると、河野さんは指摘する。

「モノがあふれる現代に、モノを買うことだけに帰結していいのか。リアルな世界の『物理的な商売という枠における消費』しか答えはないのか――。そう考えてみると、ほかの選択肢もあるように思います。それが、さまざまなブランドで少しずつ始まっている『投票や投資』です。好きなブランドが発行しているNFTを買うこともそのひとつです。モノを消費するだけではなく、投票や投資を意識しながらブランドビジネスを進める動きが増えているのは、ただモノを売ることには限界があると、ブランドが気づき始めている表れかもしれません。

とくにZ世代やその先のアルファ世代と言われる人たちは、どんなに流行っていても自身の主義や思考と合わなければ、そのモノを購入することはありません。そういった人たちに、お金を払っても良い、つまり投票や投資をしても良いと共感してもらえるような活動をする必要があります。

そんな中、コンテンツ国家である日本は、ほとんど成約がないNFTと非常に相性が良い。ブランドのコンテンツには多くの可能性があると感じています。ブランドが今までのプロダクトではなく、NFTを活用し“メタ”なプロダクトをつくっていく。こういったアクションが、今後のブランド活動で求められていくのではないでしょうか」

クリエイターに求められる「共感力」

 NFTの活用をはじめとしたメタなブランド活動が求められるようになると、どのような変化が生まれるのだろう。それに対し河野さんは「商品をつくるブランドと作品をつくるクリエイターの橋渡しにも価値が生まれ、その両者のコラボレーションがより重要な役割を果たすようになる」と考えを示した。そしてその際にカギとなるのが「共感」だと言う。

「たとえば、現在のインフルエンサーと呼ばれる人たちは、InstagramやYouTubeなどを活用して商品などのプロモーションをすることが多いと思いますが、これはインフルエンサーが持つ『拡散力』に比重が置かれています。ただWeb3においては、ブランドにいかに共感できるか、高いシンクロ率を保持できるかどうかが、非常に重要になるでしょう」

 すでにこういった取り組みは始まっている。2021年にスキンケアブランド「クリニーク」がNFTを公開。リワードプログラムの参加者が、キャンペーンのテーマであるOptimist(楽観主義)に関するストーリーをInstagram、TikTok、Twitterでシェアすると、選ばれた3名はNFTをもらうことができ、人気商品10年分が提供される。

出典:NFT│Clinique

出典:NFT│Clinique

 なぜブランドは、NFTの活用やクリエイターとのコラボレーションを盛んに行っているのか。この理由を理解するためのポイントは「お金の流れ」にあると河野さん。その流れを上手く活用しているのが、スターバックスだ。

 スターバックスではプリペイドカードにお金をチャージし、店舗で使用することができるが、このチャージ金額をスターバックスは事実上負債額として計上している。スターバックスが発表した2018 Annual Reportによると、2018年9月時点のストアード・バリュー・カード負債および1年以内返済予定の繰延収益は約16億ドル(約1,686億円)であった。

「たとえば、新しい店舗をつくるために1,700億円を銀行から借りようと思ったら当然利子がかかります。仮にその利子が2%だとすると、それだけでおよそ34億円かかりますよね。ですが、プリペイドカードのチャージ金額としてお客さまから借りたお金であれば利子は発生しない。これによって、ビジネスとして優位な決断をすることが可能になります。つまりお客さまから投資してもらったお金を使って新しいビジネスを生むことができ、さらにそこで得た結果をお客さまにインセンティブとして還元することもできる。この関係性が、未来のブランドのありかただと思っています」

 こういった動きを、ブランドがコンパクトな規模で実現していくのが、Web3の未来で起こることだと河野さんは語る。そしてそれを支えるために大切なのが「クリエイターの力」だ。

「今までクリエイターは、制作したものに誰か、または自身が値付けをし、それに対して対価をもらうことで作品をつくり続けていました。ですがこれからは、ブランドや企業とともにクリエイティブをつくり、それをもとに投資を集める。そしてその投資によって得たインセンティブをクリエイターが享受する――。今はまだ夢物語に聞こえるかもしれないですが、そういった未来が少しずつ近づいています。

これまでの常識を超えて、メタバースをはじめとしたさまざまな形でのコラボレーションなどを上手くつなぎ合わせ、象徴的な体験をつくっていく。これが、今後クリエイターが担うべき領域だと考えています」

時間軸を見極め、自身のピークを合わせよ

 ただ、このWeb3の盛り上がりに対し、懐疑的な見方をしている人もいるかもしれない。そういった未来は本当にやってくるのか。もし訪れるとしたら、どのような備えをしておくべきなのか――。河野さんがそのポイントとして挙げたのは、「どの時間軸に乗っかるのか」を見極めることである。

 時間軸を考える前提として、河野さんはイノベーター理論を提示。この考えかたでは、商品や概念が広まっていく過程で、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に壁(キャズム)があると言われている。今まさにキャズムを迎えているWeb3やメタバースについて考える際、「日本にはアーリーアダプターが非常に少ない」ことをおさえる必要があると河野さんは解説する。

「日本ではイノベーターの波がそのまま上がっていくのではなく、アーリーアダプター地点では少し横ばいになり、アーリーマジョリティで初めて大きく上がっていきます。そのため日本では、アーリーアダプターでどれくらい伸びているかがなかなか見えてこない。これが投資判断を難しくしているひとつの理由だと思います。そのためとくに日本では、アーリーアダプターの壁をどうやって超えていくかが非常に重要です。

今の時点でWeb3の時代が本当にくるのだろうかと感じているとしたら、日本全体がこの壁を実感していることの表れではないでしょうか」

 では、そういった動きをどのようにビジネスに取り入れるのか。そのために大切なのが「ピーク地点の設計」だ。アスリートがオリンピックなどの大きな大会に自身のピークを合わせるように、Web3やメタバースといった概念が一般的に知られるようになり、かつ自身の能力を最大限活かせるタイミングがどこなのかを考える。これが大きなポイントなのだと言う。

 そのうえで河野さんは次の図を示した。今話題にのぼることの多いテクノロジーや概念がどのようなペースで普及していくかを、調査データなどをもとに自身で想定したものだ。

「大切なのは、今の社会状況などをふまえながら、いつアーリーマジョリティにまで達するかを想像することです。もちろんこのとおりになるとは限らないため、多少の前後はあると思います。ただ、クリエイターとして活動するうえでどこに最大値を設定するのか。いつビジネス戦略のピークをつくるのかを考えていくと、この先の未来がよりおもしろくなっていくはずです。

クリエイターとして、ベストなタイミングでブランドとコラボレーションができる状態をつくっておく。ブランドの発展にコミットできるような存在になっている――。そういった準備をしながら、Web3が日常やビジネス的に意味のあるレベルに達するのはいつなのかを想定して動くことができれば、新たな世界が見えてくるのではないでしょうか」

 Web3と呼ばれる世界が近い将来やってくるのかもしれない。その未来には、いっそうクリエイターの力が求められるようになるだろう。ブランドとの共感力。時代の流れをとらえる力。自身の強みを磨ききる力。これらを武器に、きたる未来に備えたい。