ヤフーのデザイン経営をUX戦略から牽引するUX推進本部とは その背景や実践中の取り組みを本部長に聞く

ヤフーのデザイン経営をUX戦略から牽引するUX推進本部とは その背景や実践中の取り組みを本部長に聞く
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2022/09/28 11:00

 ヤフーは2022年4月に、新経営執行体制へ移行すると同時に「UX推進本部」を立ち上げました。長年ユーザー体験の向上に力を入れてきた同社は、なぜ今こうした組織を始動させたのでしょうか。その裏側を伺うべく、UX推進本部の本部長をつとめる町田宏司さんを突撃。試行錯誤をしてきたUX関連施策の数々や、それを経てたどり着いた現在の取り組みとは。

ヤフーがたどった、UXの品質を担保するチェック体制の変遷

CreatorZine編集部(以下、編集部) 本日はよろしくお願いします。まずは町田さんのご経歴からお伺いできますか?

町田 私は2007年にヤフーに中途入社し、前職はチームラボで受託開発のデザインを行っていました。ヤフーではメディアやコマース、検索などいろいろなサービスに携わり、現在はYahoo!ニュースのニュースデザイン部の部長とUX推進本部の本部長を兼務しています。経歴の特徴としては、サービス開発のデザインを行いながら、入社して1~2年でUIガイドラインチームのいちメンバーになり、UIや品質管理にまつわることも並行して取り組んできた点です。

編集部 さまざまなサービスに関わる中で、ヤフーのUI/UXへの取り組みはどのような変遷をたどってきたのですか?

町田 ご存じのとおり、メディアやコマース、金融、検索まで、ヤフーのサービスは非常に多岐にわたります。各サービスの市場におけるステータスは、立ち上げフェーズ、グロースフェーズなど当然異なりますし、ターゲットの違いから追うべき事業KPIもさまざま。市場も成熟度もバラバラなサービスが集まっている点が、ヤフーの大きな特徴です。

編集部 幅広いサービスをそれぞれ提供している中でも、UIや品質管理への熱は高かったわけですよね。

町田 そうですね。3代前の社長・井上雅博の時代までさかのぼると、当時は「UIガイドライン」という基準を定めたドキュメントや、品質をチェックする専門部隊「QA」がありました。そこからOKをもらうことができないとリリースができないため、一定の「当たり前品質」が守られる。ただ一方で承認プロセスが多くなるため、膨大な時間を要している一面もありました。

その後、もっとスピードを追求して良いものを作っていこうというマインドの「爆速体制」と呼ばれる時代になります。「爆速」の名のもと、UIガイドラインやQA、そのほかさまざまな規制を緩和したり、撤廃したりしました。同時に各サービスや部門に品質管理の役目も権限委譲され、そのおかげで良い機能やサービスをスピーディーかつたくさんリリースすることもできました。しかし、事故が増えたり、品質が高いとは言えないものも一部存在したりと、まさに一長一短の状況でした。

そこで「やはりこれではいけない。かつての品質管理のような仕組みを考えてほしい」というミッションが私のもとにおりてきて、そこからいろいろな仕組みをつくりました。

ヤフー株式会社 メディアグループ メディア統括本部 企画デザイン本部 ニュースデザイン部部長 兼 事業推進統括室 UX推進本部 本部長 町田宏司さん
ヤフー株式会社 メディアグループ メディア統括本部 企画デザイン本部 ニュースデザイン部部長 兼 事業推進統括室 UX推進本部 本部長 町田宏司さん

編集部 町田さんが整えてきた仕組みは、具体的にどのようなものですか?

町田 まず仕組みをつくるとき、かつてのQAはやりたくないと思いました。というのは、品質を考える組織がサービスの外に別にあるよりも、実際にサービスをつくる側が品質を考える必要があると感じていたので、中から品質について取り組むことができる体制にしたいと考えました。

編集部 たしかに、組織の外でチェックを行うことは開発側との温度差を生む可能性もありそうです。

町田 そこで、そのサービス以外のデザイン責任者が第三者としてチェックする仕組み「リリース前チェック」をつくりました。たとえばYahoo!ニュースで新しい機能をリリースする場合は、Yahoo!ニュース以外のYahoo!メールやヤフオク!などのデザイン責任者がチェックを行うという形です。そのやりかたとして採用しているのは「認知的ウォークスルー」という手法。実際にサービスを自由に使い、その中で発見されるエラーを指摘したり、アドバイスをしたりする仕組みです。

発見したエラーに対しては、そのエラーがユーザーに与える影響度を効率・効果・満足の観点からレベル分けを実施。影響度が「大」であればリリースすべきではない、影響度が「中」の場合はリリース後1ヵ月以内には直したほうが良い、といった客観的なチェック結果をサービス側にフィードバックします。

編集部 ほかのサービスのデザイン責任者、という点がカギなんですね。

町田 デザイン部長やそれに近い責任者は、エキスパートとしてデザインの経験を積んできた人たちです。そんなエキスパートからのフィードバックをもとに、どのように修正するのかをサービス内で検討し、対応方針を当該サービスの事業責任者がさらにチェックする。

これをサービス内だけで完結させると、「これは工数がかかるよね」、「技術的に難しそう」など内部の事情が入ってしまうケースもあると思うんです。だからこそ第三者目線であるべき姿を伝えてもらえることがポイントですね。

UXが経営目標の一部に 「良いサービス」を実現する仕組みづくりとは

編集部 これまでも品質管理の仕組みを追求してきた中で、なぜ今年4月にUX推進本部を立ち上げたのでしょうか。

町田 今年4月から現在の小澤隆生体制になり、「良いサービスを作る」と「良い会社を作る」というふたつの目標が掲げられました。その「良いサービス」の定義が細かく明文化され全社員にも共有されたのですが、UXにまつわるものが占める割合が高かった。その定義のひとつが「最高のUI/UX」というものです。今までまったくなかったわけではないですが、経営レベルで「UXを最高にしよう」と掲げたのは、ヤフーの歴史でもほぼ初めてと言えるでしょう。

編集部 たしかに「UI/UX」というワードが経営目標のひとつに入るのは珍しいかもしれません。

町田 そのため会社全体で「良いサービス」を体現するための仕組みを整えており、それを運営する組織としてUX推進本部が生まれました。

編集部 UX推進本部の役割や体制についても詳しく伺えますか?

町田 UX推進本部の前身となる部門として、私が統括していた「プロダクト品質推進室」がありました。プロダクトを最低限使うことができる、ユーザーがゴールまでスムーズに到達できる品質を目指すという意味の「当たり前品質」にフォーカスしていた部門です。

ただ「当たり前品質」の土台は整ってきているため、UX推進本部ではマーケティング視点での品質を「魅力品質/事業成果最大化品質」と定め、それを高めるためのチェックも始めました。

編集部 UX推進本部では、このふたつの品質を追求していくんですね。

町田 UX推進本部の中には、プロダクト品質推進部、デザイン推進部、UX品質推進部の3つのチームがあります。その中で、「当たり前品質」を守る役割を担っているのがプロダクト品質推進部。UIガイドラインやデザインシステムの運用や、第三者チェックを推進・運用している部隊です。

「デザイン推進部」では、全社の450名以上のデザイナーを対象にUIガイドラインを周知し、各サービス事例の横展開を進めています。

「UX品質推進部」は、魅力品質/事業成果最大化品質などを体現するチームです。ほかのデザイン責任者による第三者レビューは、経験と勘にもとづくチェックである一方、UX品質推進部が行う「UXチェック」は、魅力品質や事業成果最大化品質を高めるためのものです。

まずそのサービスがどういうKPIを狙い、どこをベンチマークしているのかなどをふまえた上で、国内外の競合を独自に徹底調査。良いUI/UXの特徴を抽出し、その調査分析にもとづいてKSF(Key Success Factor)を定めます。これによって、そのサービスで設定されるべきUIとチェックする項目が言語化されるわけです。このように作成したチェックリストをもとに、リリース前のプロダクトをウォークスルーで確認していきます。

ヤフーのUXはビジネスにも焦点を当てる

編集部 そもそもヤフーにおいて、UXはどのように定義していますか?

町田 一般的にUXという言葉はご存じの方が多いと思いますし、社内でも頻繁に使われるようになってきたのですが、「みんな同じ意味で使っているのだろうか」という懸念がありました。そこでUX推進本部として、UXデザインを「ユーザーの体験を中心に据えながら、ユーザーとビジネスの両者の課題を解決する」と定義。逆説的に言えば、ユーザーのニーズ・課題、またはビジネス要件のどちらかに偏った状態は良くないということです。バランスの取れた状態こそが、適切なヤフーのUXデザインであると定めました。

編集部 ユーザーとビジネスの両方が大切だとしているのは大きな特徴ですね。

町田 そうですね。ヤフーが事業会社であるからという背景もありますが、デザイナーとしてのジレンマも関係しています。

基本的にデザイナーは、ユーザー体験やユーザビリティが好きなんですよね。一方、どうやってビジネスに関与していけば良いのかわからない、ビジネスにコミットしきれないという悩みを抱えていることも多い。ヤフーのビジネスとユーザー体験も分断されていたことがありましたが、UXデザインはユーザーだけではなく、ビジネスでも最適な状態にしていかなければ不完全な状態に陥ってしまうのです。両者のバランスをとるのは非常に難しいですし完璧な勝ち筋はないように思いますが、ユーザーとビジネスの両方に焦点を当てなければいけないと感じています。

アクションを宣言し実行する「サービスななめ会議」とは 今後は再現性づくりも

編集部 そんな中UX推進本部では、「サービスななめ会議」もスタートされたそうですね。

町田 もともと「ななめ会議」という人事の施策がありました。私でたとえると、周りのメンバーが私の良い点、悪い点を出しあい、それを受けてどのように改善していくのかを宣言する取り組みです。

これをサービスに置き換えたものが「サービスななめ会議」です。たとえばYahoo!ニュースを対象に、全社員約7,000人から良い部分と改善点を集め、それに対しYahoo!ニュースの担当者たちは「こう直します」と全社に向けて発表する。現在は月に1サービスのペースで取り組んでおり、今5サービス目を行っているところです。

編集部 サービスななめ会議の成果は見えてきましたか?

町田 それぞれのサービスに対して平均して1,500件ほどのコメントが社内から寄せられています。現在は4サービスの改善が完了したところで、ユーザーの目に触れる成果としては小さいですが、そもそもすぐに劇的な数字の変化につながることはないんですよね。「ここが直ったら良いのにな」と思っていたことがじわじわと改善されていくイメージでしょうか。

その好例が、「Yahoo!ショッピング」や「PayPayモール」で注文する際の内容確認画面です。以前はストアやサービスからのメールマガジンはデフォルトで受け取る設定になっていたのですが、やめてほしいという意見が社内からもたくさん挙がっていました。サービス側もずっと理解はしていたけれど、優先度が上がらなかった課題だったんです。それがサービスななめ会議を通して一気にプライオリティが上がり、改善につながりました。

出典:プレスリリース
出典:プレスリリース

編集部 社内からの意見は、ユーザーの声をもとにした改善とは別の効果がありそうですね。

町田 ユーザーの意見を受けた改善ももちろん行いますが、サービスななめ会議のポイントは仕組み化されているからこそやらざるを得ない点、つまり「社員から集めた意見に対して改善のアクションを宣言する」ことに意義があると思います。ユーザーの意見と社内の声が合わさり、一気に改善を推進できます。

編集部 実際に意見をもらうサービス側のメンバーは、どのような反応ですか?

町田 すごく良いですよ。というのも、サービスななめ会議は、そのサービスの課題だけではなく、良い部分と応援コメントも受け取ることができます。そのため作り手も励みになるんですよね。自分たちが頑張って作ってきたものを褒めてもらうことは、社内であっても非常に嬉しいです。

編集部 サービスをまたいで意見を交換することで、社内のUXに対する意識も変わっていきそうですね。

町田 実はそこも狙いだったりします。もともとフィードバックをしあおうという意識づけはあったのですが、仕組み化されたことでよりはかどっている印象です。

編集部 最後に、より良いサービスのためにUX推進本部で取り組んでいきたいことや目標についてお聞かせください。

町田 UXに限らずヤフー全体でフレームワーク化することが重要だと考えています。良いアイディアを考えることができる人たちの思考プロセスを抽出し、再現性をつくっていきたい。それが可能になれば、人の経験に頼らずどんどん良いものを生むことができるはずです。

編集部 デザインは属人化しがちな面もあると思いますが、こうやって仕組み化されていると、社員の皆さんも安心してUXに携わることができそうです。

町田 それはまさにCEOの小澤も言っていることです。「私じゃないとダメだという世界はダメだ」と。人が変わっても良いサービスを提供し続けることができる会社にしていきたいと思っています。

編集部 町田さん、ありがとうございました!