[イベントレポ]デザイン組織づくりに悩む人たちへ 現場の実践者が語る設計のヒントとは

[イベントレポ]デザイン組織づくりに悩む人たちへ 現場の実践者が語る設計のヒントとは
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2023/10/20 11:00

 事業内容や組織の文化によって、最適な工夫が求められるデザイン組織の構築。9月15日に開催された「CreatorZine Webinar for Designers」では、デザイン組織づくりに取り組むグッドパッチ、Muture、SmartHR、エムスリーらが登壇。それぞれがぶつかった壁やチームで成果を出すための取り組みについて語った。

ジョイントベンチャーでデザイン支援をする意義

 まず、「アナログ大企業を変革する、ジョイントベンチャー型デザイン組織のススメ」と題したセッションでは、グッドパッチのデザインストラテジストである長友裕輝氏が登壇。丸井グループとグッドパッチで、デザイン視点でDXを推進することを目的に立ち上げたジョイントベンチャー「Muture」の背景について解説した。

株式会社グッドパッチ デザインストラテジスト 長友裕輝氏(写真左)
株式会社グッドパッチ デザインストラテジスト 長友裕輝氏(写真左)

 丸井グループはデジタル/デザイン領域の事業成長と、同領域の採用ブランディングの強化に課題を抱えており、これらを解決するためにグッドパッチからはデザイン人材、丸井グループからはビジネス人材が集いMutureを設立。「文化やブランドをしっかり作るには時間と労力がかかります。また既存の人事制度から切り離すためにも、ジョイントベンチャーの形をとりました」と長友氏は説明する。

 Mutureの役割のひとつは、丸井グループのさまざまな事業のプロダクトチームにジョインし、UXリサーチやデザインプランニングといった現場の支援をすること。もうひとつは事業を横断したホールディングスに対して全社LTV観点、経営観点から支援をすることだ。

 「これらを並行して行うことで、グループの経営層が見えていなかった現場の視点で提言したり、事業単位では解決できない問題をトップダウンで意思決定したりすることが可能です」と長友氏は言う。Mutureは経営と現場をつなぐハブとして機能しているのだ。

 それだけでなく「Muture」という看板はデザイナーやPM人材の採用にも活きており、採用市場との接点にもなっている。さらに、グッドパッチの顧客である企業とのシナジーも生まれており、ともにビジネスを行おうとする動きも出てきているという。

 長友氏は「Mutureはどっちつかずの組織であることを逆手に取り、組織変革のハブになっています。デザイン組織をつくるバリューを考える際の、ひとつの参考になれば嬉しいです」と語り、自身のパートを締めくくった。

 続いて丸井グループから出向しMutureの代表をつとめている芝尾崇孝氏が、同社の取り組みや発揮している価値について紹介した。

株式会社Muture 代表取締役 芝尾崇孝氏
株式会社Muture 代表取締役 芝尾崇孝氏

 行ったことのひとつめとして芝尾氏が挙げたのは「構造化」だ。事業の歴史が長いからこそ把握しづらくなっている状況や課題を構造化するため、ガートナーが提唱した4層フレームワークなどを活用。優先して着手すべき箇所を明らかにしていった。そのあとには顧客体験を構造化。ユーザーリサーチをしながらプロダクトの方向性を明確にし、さらには組織のリレーションの構造化も同時に行うことで、コミュニケーションパスも適切な形に組み替えた。

 ふたつめは、事業部のメンバーに向けたデザインのインストール。事業を推進するための部門とデザイン組織がコミュニケーションをとる際、専門性が不足しているがゆえの齟齬が起こりがちだ。幸い丸井では「デザイン知識は今後重要になっていく」という認識が全社的に浸透しつつあったが、さらにMutureは具体的なスキルマップを作成。知見を獲得するためのサポートを行った。芝尾氏は「実際にSlackのグループに入ってもらったり、一緒に研修をしたりするなどして、安心して学べる環境をつくっていきました」と話す。

実際に用いられたスキルマップ
実際に用いられたスキルマップ

 3つめは、アナログな大企業によくある「ふたつの壁」を打破するためのリデザインだ。ここで言うふたつの壁とは、意思決定のプロセスで上司の突破が障壁になる「縦の壁」と、部門のサイロ化によって協力関係が欠ける「横の壁」。縦の壁に対しては、どのように上長に提案をあげるかではなく「顧客に向き合うマインド」を醸成するべく、1on1などを行った。また横の壁を打破するためには、現状の組織構造をまずは可視化し、経営層と対話しながら横断組織の構築を進めていると言う。

 この成果について芝尾氏は「まだまだこれから」と前置きしたうえで「上意下達の構造を脱し、横断型のプロジェクトが立ち上がってきています。今後もゆるやかに変化を続けていきたい」と抱負を語った。そして最後に、外部のデザイン組織とともに進めるジョイントベンチャーならではの価値に触れ、セッションを終えた。

「私自身、Mutureでデザイナーと関わることにより、顧客視点の重要性に改めて気付かされました。デザイナーのハードスキルだけでなくソフトスキルを組織に取り入れていくことで、組織変革に大きなインパクトを与えることができる。またジョイントベンチャーという第三者の視点だからこそ、忖度なく向き合えることも大きな価値だと感じています」

フェーズごとに振り返る、SmartHRの組織づくりとその試行錯誤

 続いて「プロダクト開発のためのデザイン組織――SmartHRがぶつかった壁とその乗り越えかた」に登壇したのは、SmartHRのプロダクトデザイングループ 佐々木勇貴氏。組織のありかたは「まだまだ模索中」としたうえで、組織の変遷ごとに取り組みを紹介した。

株式会社SmartHR プロダクトデザイングループ マネージャー 佐々木勇貴氏
株式会社SmartHR プロダクトデザイングループ マネージャー 佐々木勇貴氏

 人事労務などバックオフィスの効率化や経営改善のためのプロダクトを提供しているSmartHRでは、各機能を「プロダクト」と呼び、そのプロダクトごとにチームを用意。半期ごとの会社全体のミッションに合わせて、その役割を定義している。

 2019年、プロダクトデザイン組織の「立ち上げ期」は、3人からスタート。佐々木氏はその時期を次のように振り返る。

「それまではプロダクト開発からビジュアルデザインまで、あらゆるデザイナーがひとつの部署に所属していたため、プロダクトデザイナーの役割が明確ではありませんでした。さらに、UI設計のプロセスも確立されていなかった時期でした」

 その後、専門性に即してデザイナーを分割し、マーケティングやブランディングに特化する「コミュニケーションデザインチーム」と「プロダクトデザインチーム」が誕生。同時にコンポーネントライブラリ開発を通じたフロントエンドエンジニアとの協働によって、プロダクトデザイナーへの期待値も揃えた。またワークショップや勉強会を実施し、プロダクトマネージャーと相互理解の機会も積極的に設けたのだ。

 次のフェーズは「拡大期」。「開発」のための実務が爆発的に増えた時期だ。それにともない、ふたつの課題と必要な取り組みが浮き彫りになった。

  • 課題1)専門性を持った多様なプロダクトデザイナーの採用
  • 課題2)複数のプロダクトを開発するために、インターフェイスの開発効率性を担保すること

 採用課題に対しては、「象徴的なイメージを掲げてのブランディング」「スクラム採用」といった対策を講じた。とくにブランディングでは、「自分たちの色を強く出すことで、その“ノリ”に合う人を集める」ために「7つの大罪」というユニークなキャッチフレーズを考案。実際にそれらの施策は成功。「デザインシステムの構築フェーズであることも求心力があったのではないか」と佐々木氏は振り返った。

 続いては「フィーチャーチーム期」というフェーズ。フィーチャーチームとは、UXデザインや開発などすべての機能を兼ね備え、メンバーのみでリリースまでたどり着けるチームを指す言葉だ。

 新規プロダクトの立ち上げもあり、当時メンバーは9名へ増加。このときの課題は、多様なデザイナーがそれぞれ振る舞うことで、再び期待値のズレが生まれていたことだ。これに対し、各人のスキルマップを可視化し、地道なコミュニケーションや関係構築につとめたほか、モブデザインやデザインシステムの推進によりデザイナーがチームに溶け込めるよう工夫した。

 ところが続く「ビジョン駆動期」では、フィーチャーチームの推進によりプロダクトデザイナーが「過剰に局所最適されたこと」が課題となった。ほかのチームや事業全体への貢献意識が薄れ、スクラムによって「本来もっと多くのプロダクトに貢献できるプロダクトデザイナーがひとつのチームに縛られてしまう」「チーム内のコミュニケーション密度が過剰に濃くなり、合意形成にコストをかけすぎてしまう」などの傾向が見られたのだ。

 そこで、グループビジョンを見直し、中長期で組織が目指すべき姿を設定。また、プロダクトデザイナーのスクラムへの関わりかたをアップデートし、「チームにどっぷりとコミットするのではなく、複数のチームを外から支援することもできるように期待値を調整」した。さらに、個人の取り組みがグループや会社のビジョンに紐づき、局所化することを防ぐべく、目標設定のガイドラインも用意するなどの取り組みがなされた。

 2023年から現在は「マルチプロダクトとしての価値提供が強烈に重要になってきた」時期。今まさに、大きな変化が起きていると佐々木氏は言う。

「プロダクトごとのUI/UXのブレがいよいよ看過できなくなってきました。『UI/UXが重要』などといったマジックワードでは事業貢献の説明を果たせない――。そんな、以前よりも高度な壁が見えてきました。これらをどう乗り越えていくかは、現在進行形の課題です」

 佐々木氏は「個人の目標と組織のミッションをつなぐ、グループのミッション・ビジョンがとても重要です。これからデザイン組織を立ち上げる方はぜひ作ってみてほしい」と呼びかけたうえで、次のようにセッションを締めくくった。

「前年の方針や事業の動向が、翌年の組織課題となって表れる。その繰り返しであるように感じています。ただそれは事業が成長している証。事業の要求に応えるべくストレッチをかけていくのが、正しい組織づくりではないでしょうか」

エムスリー流、チームがアクティブに自走するための仕組みづくり

  最後のセッションでは、エムスリーのプロダクトデザイナーでありチームリーダーもつとめる大月雄介氏が登壇。エムスリーは医療機関向けのデジタルサービスを複数提供しているが、プロダクトごとに最低ひとりはデザイナーが担当する体制をとっている。大月氏は現在、3つのプロダクトを兼任。その中でも今回は電子カルテプロダクト「エムスリーデジカル」の開発/改善チームを立ち上げ、アクティブに自走するに至った事例を紹介した。

エムスリー株式会社 デザインG チームリーダー/プロダクトデザイナー 大月雄介氏
エムスリー株式会社 デザインG チームリーダー/プロダクトデザイナー 大月雄介氏

 同プロジェクトチーム誕生の背景を、大月氏は次のように解説。

「欧米では電子カルテの導入率がほぼ100%であるのに対し、日本は50%。いまだ、紙カルテが最強のライバルです。エムスリーデジカルをより魅力的なプロダクトへ成長させ、紙カルテを超えるために、チームを立ち上げました」

 メンバーは全員が兼務。デザイナーとプロダクトマネージャーを兼ねる大月氏と、プロダクトマネージャー、エンジニア、デザイナーの計4名だ。このチームを「兼務でも自走し、さらには継続的に開発&改善が生まれる状態」にすることを目指した大月氏は、チームとしてキックオフするまでに何を行ったのか。実践した3つのアクションをひとつずつ解説した。

 1つめは「現場を見に行くこと」。エムスリーは医師が使うプロダクトを提供しているため、開発する側の自分ごと化が難しい。ユーザーとなる医師に価値が届いていることを実感するには、その現場を見に行くことが効果的なのだ。「あまり大きな目的を設定せず、ひたすらユーザーを観察しに行くことで、課題発見につながりますし、どのように価値が届いているのかを理解することもできる。プロダクトへの共感や責任感が生まれました」と大月氏は振り返る。

 2つめに挙げたのは、現場で見つけた小さな課題から「小さな成果をつくる」ためのアクションだ。大きな機能開発に取り組みたくなるところをグッとこらえ、ユーザーから届いた小さな課題に向き合った。これにより、「メンバーの役割や動きかた、強みが自然と明確になり、自信が生まれた」のだと言う。

 そして、3つめがキックオフでの「ビジョンの共有」だ。1点めと2点めの取り組みを経て、メンバーそれぞれの解像度が上がっている状態でディスカッションベースのキックオフミーティングを実施。

 キックオフは3ステップで行われた。最初にビジョンや仮説、戦略を語り「発射角度」を決める。それに対してアイデアを出し合い可能性を広げ、最後に「これをこの期日までに行う」という実現可能なアクションに落とし込んだ。こうすることで、「短いキックオフミーティングでもビジョンの納得度は高くなります。それにチームの士気も上がり、アクションも明確になりました」と大月氏は語る。

 さらに単発のプロジェクトではなく長期的にメンバーを巻き込んでいきたい場合には、「いきなりキックオフするのではなく、少しずつ施策を仕込んでいくと、オンボーディングしやすくなる」と補足する。

 最後に大月氏は次のようにアドバイスを送り、セッションを終えた。

「人を巻き込み、自走してもらうためには、納得度の高いキックオフは非常に重要です。飛行機のランディングのように、徐々にプロダクト開発に向き合えるような状況を整えていくと良いのではないでしょうか」

 セッション後の質疑応答にはSmartHRの佐々木氏とエムスリーの大月氏が登場。

 「多様なデザイナーの評価が難しいが、両社ではどのように行っているか」という視聴者からの質問に対しては、「多様なスキルを評価するのは難しい」と同意したうえで「これがSmartHRが最初に組織を分割した理由のひとつでもあります。まずは評価軸が一致する粒度でチームを分割すると、比較的上手く進められるかもしれません」と佐々木氏は回答。一方エムスリーでは状況が異なり、「デザイナーのスキル自体を評価することはあまりない」と大月氏。映像スキルの高い人、マンガを描ける人などユニークな技術を持った人が多いため、どのように事業貢献しているかを評価する文化があると答えた。

 4社それぞれの組織に対する考えかたや、その具体的な取り組み、試行錯誤が語られた本ウェビナー。各社の知見を、デザイン組織づくりに活かしてみてはいかがだろうか。

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