AIを活用するポイントは「事業戦略と一緒に考える」こと
MMOL Holdings(ミリモルホールディングス)は、さまざまな企業の業務におけるAI導入をサポートしてきた実績を持つ。同社が大切にしているのは「AIで人間を代替するのではなく、人間を強化・進化するためにAIを活用していく」という考えかたである。
ただし、「AIを取り入れても、すぐに業務が楽になるわけではない」と河野氏は言う。AIを活用する際は、事業戦略と一緒に考えることが重要だ。同社は「どこにAIを活用するとより業務を効率化できるのか」といった分野に専門的な知見を持っているため、効果的な活用を支援できるという。
河野氏は、自身の経験にもとづいたプロフェッショナルな視点をもとに、実際の業務やクリエイティブにおける具体的なAI活用を紹介した。
昨今では社会にAIが浸透し始め、ビジネスのさまざまなシーンに影響を与えている。多くのクリエイターが「AIは敵か味方か」「信頼できるのか」といった疑問を抱きながら、AIとの付き合いかたに悩んでいることだろう。
とくに直近では「AIエージェント」が話題だ。AIエージェントは、対話型の生成AIと違い、実際のタスクを人間の代わりにこなしてくれるもので、ますますAIが身近になってきていることを感じさせる。中国発のAIエージェント「Manus」が話題になったことも記憶に新しい。

一方、河野氏は「実際の仕事にAIを組み込めている現場はまだまだ少ない」と指摘する。社内でAIの講習会を実施しても、実際には使う人とそうでない人に分かれているのが現状だ。「シャドーAI(※)」と呼ばれる、一部の社員が会社とは異なる個人契約で、ひそかにAIツールを利用するといった問題も起きている。
(注:シャドーAIとは企業のシステム管理部門が管理・関知していない状況で、従業員が許可なく業務に生成AIを利用すること。 シャドーITと同様、情報漏洩や著作権侵害の危険性が指摘されている)
まずは個人向けAIツールを組み合わせよう
では、AIを業務に“組み込む”ためにはどういった視点が必要なのだろうか。河野氏は、そのポイントとして「AIに何を任せるのかを明確にすることが大事」だと言う。たとえば、チームを支援するAIなのか、経営を支援するAIなのかによって、その活用の仕方は異なるのだ。
また、AIの技術が発達しても、業務のすべてをAIに完全に代替させることは現実的ではない。AIの強みを考え、どこにその力を活かすべきかを考える必要がある。AIのメリットは、成果物のクオリティが低くても、やり直しが容易な点だ。河野氏は「厳密に設計しすぎず、まずは積極的に使ってみて、その結果を見ながら調整していく」ことが良いと提言した。
人間が行っている複雑な仕事を、一発でAIに代替させることは難しいのも現状だ。それをふまえ「タスクを管理しやすい『かたまり』に分割したうえでAIに依頼するべき」と河野氏。分けたタスクをつないだワークフローを設計しておくと、AIを上手く活用できるという。

例を考えてみよう。「競合他社の状況をドキュメントにまとめる」という作業を依頼する場合、「調査項目を作成する」「競合他社の状況を調査する」「結果をまとめる」といった形でタスクを分割する。同社ではこのやりかたを「モジュール方式」と呼んでいる。
この1つひとつのタスクは、その性質によって適したAIサービスが異なる。そのため「いろいろなAIを組み合わせて使うのが良い」と河野氏は言う。AIサービス自体も、日々めまぐるしく進化していることもあり、いきなり法人向けの高度なAIツールを導入するよりも、まずは個人向けのAIツールを組み合わせることを推奨。そして、「AIを導入する際は、最初に業務全体のフレームワークを考えておくことが大切」だと強調した。
タスクを分割したAI導入は、サイトコンテンツや広告の制作にも有効
続いて河野氏は、先述のモジュール方式を使い、業務にAIを組み込む例を紹介した。
例に挙げたのは「Yoom」というサービス。これはいわゆるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)のツールで、業務を自動化するために複数のサービスを連携できる。さまざまなツールの連携に特化したサービスはほかにもあるなか、Yoomは日本製で、freeeやマネーフォワードといった日本のSaaSに連携しやすい点がメリットだ。
こうしたRPAツールを使う前提で、「自社のサイトコンテンツを作る」という業務を考えてみよう。サイトのテーマや自社の情報をChatGPTで取得し、トンマナのルールに合わせて文章を生成。イメージ画像も生成AIで制作し、管理者へ確認、指定のフォルダにアップロードする、といった流れだ。

タスクごとにプロンプトを書くことにもAIを活用できるが、一連のワークフローを構築してしまえば、「誰が行っても成果が出せる」と河野氏は言う。そしてこれは「AIそのもののメリットでもある」と考えを明かした。
また、モジュール方式を使ったAI活用の別の例として取り上げたのは、広告運用の業務。「GoogleやMetaも、広告運用は完全自動化したほうが成果が高いと提唱している」と河野氏は語る。
この場合、最初のタスクである「ヒアリングをして広告アカウントを作り、タグ・データ周りを整備する」といった作業は、人間が運用したほうが良さそうだ。ただそこから先の「ブランドルールの運用」「クリエイティブの自動調整」「承認やレポート作成」といったタスクは、AIに任せることができる。

とくに広告クリエイティブに関しては、AIを活用して自動作成・改善できるツールが登場している。韓国発の「ブイキャット(VCAT)」というツールは、ブランドのレギュレーションをもとに素材とクリエイティブも自動生成するため、成果に合わせたクリエイティブの改善までも行うことができるサービスだ。
「広告は量が増えるほどブランドアセットの管理が大変になります。しかしロゴの使いかたや、使ってはいけない画像などのルールを決めたら、AIがその決まりのなかで広告制作や運用を行ってくれる。さらには数字を見て自動でクリエイティブを最適化してくれる時代になっています」
さらに河野氏はShopifyにおけるクリエイティブの自動調整機能も紹介。最近ではEコマースのシステムにもAIが組み込まれ、サイトの雰囲気に合わせたクリエイティブを生成してくれる。これを受け河野氏は、「ウェブサイトやデジタル広告のクリエイティブの生成・調整は、AIを活用しながらプロンプトベースで行われていくようになるのではないか」と予見した。
すべてのクリエイターに求められる「監督」するスキル
そもそもなぜ、ビジネスにおいてAIの活用が求められているのだろう。その理由を河野氏は「優秀な人手は足りなくなり続けるから」だと説明する。
「これから先、採用はさらに難しくなっていくと思います。採用してもすぐに辞めてしまったり、ミスマッチが発生したりといったことも増えるでしょう。現場の負荷が大きくなり、従業員も働き続けられなくなるかもしれません。そうすると、ユーザーを考えた中長期視点でビジネスを作ることが難しくなってしまいます」
本来は、顧客の満足や価値を追求し、事業/プロダクトの戦略をつくっていくのがビジネスである。だからこそ、「無理に人を増やすのではなく、標準化できる作業はAIに代替して、顧客に届ける価値に集中するべきだ」と河野氏は指摘した。

続いて言及されたのは、これからのAIとクリエイティブの未来について。
「ChatGPTのロードマップとして、GPT 5.0では『推論を得意とするoシリーズ』と『マルチモーダルかつシンプルな対話体験を提供するGPT-4oの系統』がひとつのシステムとして統合して提供されると言われています。そこに画像や動画生成のAIも統合されるのではないかと予想されています」
画像や動画生成のAI技術は進化を続けており、「正直1年前は使いものにならなかったが、今はCMや映画といった実際のクリエイティブに活用できるレベルに到達している」と言う。今後はさらにその精度も向上していき、「制作プロダクションなどで本格的に利用されるのにともなって、クリエイティブへのAI活用の規制と倫理の整備も強化されていくはず」と河野氏は自身の見解を示した。
想像できないスピードで生成AIが発展していく今、これからすべてのクリエイターに求められる能力とは何か――。河野氏は「監督」「クリエイティブディレクター」「プロダクトマネージャー」といったスキルだと語る。
「今までは自ら作り出すことが重要でしたが、これからはAIが作ったものに対し『こうしたほうがいい』とより良いアイディアを指示することが求められる。それができる人が、多くの業務を回したり、高いアウトプットを出したりできるのではないでしょうか」
これを企業へのアドバイスとして言い換えるならば、「業務をAIネイティブ化する枠組みが必要になる」と言える。そこで河野氏が提唱したのが「Hyper Enable Ops」という考えかただ。従業員の数が多くなると管理コストは上がる。そこで、数人が100人規模の会社と同じパフォーマンスを出せるような組織をAIの支援で実現しようと考えるのが、Hyper Enable Opsだ。さらに、その最先端な生成AI技術によってHyper Enable Opsに向かうと言われているのが、クリエイティブ関連の会社なのである。
「最終的には、スケールフリーな組織をつくっていければと思っています。あらゆる業務に生成AIを活用し、数人の組織でも数百人の業務ができる状態を目指すのが理想です。そしてそれが結果的に、高い利益率と、より優れたクオリティのアウトプットを生み出すことができるようにしていきたいです。そしてこの組織の形が実現できれば、これから人口減に至る日本にとって大きなブレイクスルーになるのではないかと期待しています」

河野氏は、自身が経営するMMOL Holdingsでこういった組織づくりを支援する枠組みを提供していることにも触れ、セッションを締めくくった。
「生成AIによって効率化して終わりではなく、新しい体験やビジネスのありかたをつくっていく。それを組織づくりとあわせて提供しているのが、われわれMMOL Holdingsです。ご興味を持っていただけたら、ぜひお気軽にご相談ください」