デザイン組織としてフォーカスしている品質の“可視化”
――まずはそれぞれのデザイン組織体制について教えてください。
町田(LINEヤフー) 横断組織と各事業ごとに配属されているデザイナーがおり、全社のデザイナーは500人以上。100以上あるプロダクトをデザインの力で成長させています。横断組織ではそれらプロダクトの品質チェックと品質向上、また、生産性向上のための仕組みづくりを行っています。
LINEヤフーでは、デザインファーストなLINEとビジネスファーストなヤフーが統合した結果、それらが融合した文化が醸成されています。横断的なデザインセントラルがありますが、事業部付きのデザイナーもいるという体制です。
- 『LINEヤフーDESIGN 公式note』では、LINEヤフーのデザインに関連するさまざまな情報を発信しています。
セルジオ(マネーフォワード) 多種多様なプロダクトがある分、非常に幅広いデザインプロセスがあると思いますが横断的に管掌することは可能なのでしょうか?
町田 事業部ごとのデザイン組織もありますが、各組織に対して横断組織である「Design Executive Center(以下、DEC)」からの強いガバナンスはありません。一定の仕組みやフローを提供しますが、それを取り入れるかは各組織次第。逆に事業部のデザイン組織で成功した取り組みを横断の仕組みに採用するなど、循環できる関係になっています。
その際のポイントは、各事業部のデザイン組織を自立させ、かつDECに相談できる体制を整えること。私の上長にあたる統括本部長のキム・ソンクァンは、定期的に事業やデザインの責任者と1on1を行い、デザインイシューを把握しています。

セルジオ マネーフォワードは約60のプロダクトを持っており、現在デザイナーの数は120名ほど。デザイン組織はプロダクトのデザインとコミュニケーションデザインの両方を担っており、LINEヤフーさんと同様、基本的には各事業部にデザイン部が存在します。
私が統括する「デザイン戦略室」はデザインの横断組織で、デザイナーの能力育成や組織開発など横断的な取り組みを行っています。ブランドの全体方針にも関わりますが、BtoBやBtoCなど事業ごとにデザインの特性は異なるため、全体最適と部分最適のバランスを取るようにしています。
宮原(SmartHR) コミュニケーションデザインやグラフィックデザインの領域はマーケティング部の責任者が担当していて、僕はプロダクトデザイン統括本部長としてプロダクトデザイン周りを管掌しています。所属しているデザイナーは、プロダクトデザインとアクセシビリティを担うメンバーとあわせて30名ほど。デザインシステムに関連するミッションも持っています。
――現在デザイン組織としてどのようなことに注力していますか?
町田 最近のテーマは「品質の可視化」です。エキスパートによるレビューはこれまでも徹底してきましたが、現在は「客観的なスコアリングの仕組み」の導入を検討しています。競合他社のサービスと比較したときにどのようにデザインがどう評価されるのかを、デザインのみの視点から一般ユーザーに評価してもらうんです。
宮原 どのようにユーザーに点数をつけてもらうんですか?
町田 調査システムを通じて約1,000人のユーザーに評価してもらい、スコアを算出します。ユーザーが100点満点で数字をつけるのではなく、「どっちのデザインのほうが好きか」といった選択制の質問から、エキスパート分析や定性インタビューを経て導いています。
セルジオ 競合他社との比較はおもしろそうだなと思う一方、BtoBだとドメイン理解が必要になるため客観的な数値化は難しいかもしれませんね。
宮原 BtoBのSaaSプロダクトだと、競合よりもユーザーに話を聞いたほうが早いですよね。
ですが、実は僕らも客観的な指標づくりにはチャレンジしています。開発職のリーダー陣との議論を経て品質イシューを6つほど決めたのですが、そのひとつが「ユーザビリティ(使用性)」。開発チームの誰でもユーザビリティを実装できるよう、JISの規格に従って使用性チェックリストを作成しました。これは感動できるレベルまでデザインの質を引き上げるためではなく、あくまで基本の水準を押さえるための指標です。

町田 品質については当社も似た考えを持っており、「当たり前品質」と「魅力品質」に分け、まずは前者を満たすことを目指しています。もちろんそれだけでは100点のプロダクトにはならないため、そのあとに魅力品質を追求していくというやりかたです。
セルジオ 私たちも基本は同じですが、要素を分解してチェックポイント化したりしています。ただ、「“良い”デザインとは何か」と考えたとき、そこには画一的な答えや尺度はないですよね。
私はよく「感動品質を目指す」という言葉を使いますが、目指すべきレベルはプロダクトや事業特性によって異なるはず。そのためチームごとに感動品質とは何かを議論し、アプローチを考えてもらうようにしています。
宮原 SmartHRではこの1~2年でフォーカスすべきポイントが変わってきました。以前は組織として情報設計に集中していたため、「ルック&フィールの良さ」よりも「設計の妥当性を担保できること」が良いデザインだと話していました。しかし最近は、「お客さまの業務を変えてください」と組織に伝えています。感動品質や魅力品質に近い価値観ですね。年末調整や入社手続きのなかでやらなくて良い作業を見つけ、お客さまの業務をガラッと変える。そのためのデザインを目指しています。
活躍しているのは「越境できる人」「怒りを持っている人」
――デザイン組織で、デザイナー個人が力を発揮できる環境づくりのために意識していることを教えてください。
宮原(SmartHR) 私たちデザイン組織のパーパスでは「デザイナーも開発者」と定義するなど、「デザイナー」という肩書にこだわっていない点が特徴です。デザイナーの存在価値はプロダクトを開発することであって、その手段としてFigmaを触っても直接コードを書いても良い。そう考えているため、デザイナーが「プロダクトを良くすること」に集中できるよう、モブデザインの仕組みやデザインシステムに触れやすい環境整備をしています。
また実際の業務を振り返ってみると、ユーザーが触れたり売上に直結した部分よりも「過程の意思決定」がデザイナーの主業務になりがちで、自己効力感も下がりやすいんですよね。だからこそ「ユーザーに届けるためのプロダクトを一緒に作っているんだ」と感じてもらえるような働きかけを心がけています。開発途中の製品を一緒に動かしたり、ユーザーの業務がどのように変わっているのかを話したりすることが、デザイナーがビジネスを意識する機会にもつながっていると思います。
セルジオ(マネーフォワード) コーポレートバリューに「ユーザーフォーカス」があるのですが「デザイナーはその体現者である」としています。
ただ、何をデザインしてそれを表すべきかについては限定していないので、あらゆるものがデザインの対象になる。当社のデザイナーにおけるグレード要件表には、どのように事業や組織にインパクトを与えるのかといった軸で書かれています。そういう意味では、一般的なイメージよりも広い捉えかたでデザイナーが定義されていますね。

そのうえで最近伝えているのは「ビジョンをドライブしてほしい」ということ。前提として私は、プロトタイプを作るなど未来を指し示すことがデザイナーの仕事だと思っています。そのためプロジェクトのいちビジョンでも良いので、デザイナーにリードしてほしい。それを受け入れる会社の土壌は整っていると思います。
町田(LINEヤフー) 組織としては、環境づくりだけでなく「デザイナー個人のキャリア」に向き合うことも大切だと考えています。たとえば「Yahoo!ニュース」の組織では評価指標として「貢献」「成長」そして「越境」の3つをキーワードに設定しているのですが、とくにカギとなるのは「越境」です。デザイナーだけでなく、さまざまな職種のメンバーと一緒に働くことを奨励しており、デザイナーから企画職やエンジニアにキャリアチェンジしていく人もいます。そういった「越境」を讃える文化醸成がLINEヤフーにはありますね。
――皆さんのデザイン組織では、どんなマインドを持った人が活躍しているのでしょうか。
セルジオ 町田さんと同様「越境」できる人材はやはり活躍していますね。事業が複雑になってきているなかで、幅広い視点を持ってさまざまな人たちと関係を築き、モノを作れることは非常に大切です。とくにマネーフォワードは多くのプロダクトを抱えているため、自身が携わっているサービス以外の知識も持っていることで、より高い体験価値を生み出すことができます。
宮原 少し尖った言いかたをするなら、当社の場合は「怒りを持った人」でしょうか。SmartHRは、サービスとしてまだまだチャレンジャーの立ち位置だと考えています。そんななかでユーザーの業務における当たり前を変えていくことに向き合っていくためには、「当事者になって怒ること」がいちばんの動機になると思うんです。「なんでこんな非合理なことをやらされているんだ!」と、ユーザーに共感して怒っている人ほど、良いプロダクトを作って成果を出しているような気がします。

その怒りの熱がデザイナーの間で広がり、モメンタムが生まれる瞬間があるのもおもしろい。そのフックをつくることができる「怒れるデザイナー」は活躍していますね。
セルジオ 「パッションが大切」と言いますが、「怒り」くらい強い感情があるとなお良いんですね。
町田 それで言うと、好奇心と疑問を持って周囲のメンバーに忖度なくぶつけていける人は活躍していますね。とくに私たちのように規模が大きくシステムが整っている組織は、ある意味で居心地が良い。しかしそれを疑いアップデートを仕掛けてくる人は、結果を残している印象です。
今後求められるのは「豊かな問いを立てること」 生成AIの見解や組織の展望は?
――最後に、デザイン組織にとっても避けてとおることができない「生成AIとの向き合いかた」などふくめ、今後の展望についてお聞かせください。
町田(LINEヤフー) 試行錯誤をしながら、上手く生成AIを使いこなせる組織にしていきたいですね。現在はいろいろと試しながら、効率化と品質の両面でどのように生成AIが役立つかを評価しているところで、人間の作業工数が、生成AIツールによってどれくらい減らせるかを可視化するための取り組みも始めています。各事業組織と横断組織の連携をするうえでも、生成AIを“仕組み”として組み込んでいけたらと思います。
ただし、根底にあるのはもちろんユーザーファースト。それをいちばんに考えながら、デザイン組織として生成AIの活用にも向き合っていきたいです。
セルジオ(マネーフォワード) 生成AIに関して言えば、リサーチの分析プロセスを短縮したり、プロトタイピングを自動で出力できるようにしたりといった実践レベルでの活用は進んでいますが、組織として画一的な適用はしていません。プロダクトによって使いどころは異なりますし、生成AIの影響はデザインだけにとどまらないからです。デザインのいちプロセスを短縮するだけではなく、開発プロセス全体やコミュニケーション、マーケティングといった広範囲での活用法を考えるようにしています。

そんななかで僕は「最高のプロダクト開発組織」を目指したいと思っています。デザインだけでなく、プロダクトやブランドとして価値を届けるところにコミットしていきたい。そのためにはデザイナーを取り巻く環境は歴史的に大きく変化している今だからこそ、これまでのデザイナー像にこだわらない、職種の壁が溶けていくようなアップデートが必要だと考えています。それをみんなで楽しみながら進化していきたいですね。
宮原(SmartHR) 現在プロダクトデザイン組織では生成AIを「エンジニアリング領域に参画するための障壁を下げる」目的で活用することを推奨しています。最近ではプロダクトの数が増え、開発チームごとにアーキテクチャやフレームワークも異なりますが、AIを使ってプロダクト仕様をキャッチアップしやすくしたり、開発環境の構築にAIを活用したりすることで、デザイナーが開発に関わりやすくなったように思います。
また本格的にAI活用に向き合うために、2025年から「プロダクトデザイン企画室」を新設。デザインシステムにおけるAIの立ち位置などを探っているところです。
今後の展望として、攻めの部分では「魅力品質をつくる」ことに取り組んでいきたいです。ユーザーの業務を破壊し、新たなスタンダードを生む組織を目指していきたいですね。守りの面ではベーシックな部分、とくにデザイナーのイシューとして閉じてしまうことが多いユーザビリティの品質などは開発組織全体の問題として扱えるような仕組みをつくれたらと考えています。
もちろん、採用にも力を入れています。生成AIが登場したから人が不要になるかというと、そうではない。豊かな問いを立てることは、デザイナーにとっていちばん価値の高い仕事だと思っています。そのためデザイナーには、「ユーザー業務のどこを解決すべきか」「それが解決したらユーザーの行動がどう変わるか」といった問いの設計にチャレンジしてほしいと思います。
町田 問いの設計を熱量高くできることも大切ですよね。

セルジオ それは先ほど宮原さんがおっしゃった「怒り」ともつながりますね。怒りという熱量があるから問いを立て続けられますし、熱量のない問いは難しさを言いわけに途中で放り出されてしまう。人が抱く“本当の”熱量が必要なのだと思います。
――皆さん、ありがとうございました!