否決されない意思決定プロセス
2000年の創業以来、インターネットの発達とともに成長を遂げてきたゆめみ。主にアプリや大規模サービスの受託開発を行ってきた同社だが、しばしば注目されるのが、そのユニークな社内制度である。社外研修費用予算を無制限とする「勉強し放題制度」や、月に1度社員に野菜が支給される「野菜支給制度」など、ゆめみにはさまざまな制度が存在している。これらはいかにして生まれているのだろうか。その背景には、同社の意思決定プロセス「プロリク(Proposal Review Request)」が働いていた。
ソフトウェア開発におけるプルリク(プルリクエスト)機能にならい、主担当者が自分の企画や提案を全員が閲覧できるオープンな場所に公開し、全員からレビューをもらって修正や設計を行っていくのがゆめみ流プロリクだ。ゆめみではすべての意思決定をプロリクで実施し、全メンバーに代表取締役権限が委譲されている。また、提案が否決されることは基本的にないという。一見、危うい仕組みのように思えるが、ゆめみでは「自律」「分散」「協調」という3つの原理原則がプロリクの秩序を保っている。同社のディレクター兼プロデューサーである戸田修輔氏はこう話す。
「組織を身体に置き換えると、それぞれのメンバーが自律や分散、協調することは細胞の動きと言えます。今までは脳が考える役割を担っていましたが、最近は細胞間コミュニケーションのように、それぞれが身体にどのように作用するのかを考え動くことで、バランスを保っていくイメージです」
プロリクを通して誕生した制度のひとつが「委員会制度」だ。既存の事業部と対になる形で委員会が存在し、具体的な技術に関連する業務直結型の委員会もあれば、職能に関わらず多様な人が集まって業務上のコミュニケーションを補う委員会もある。本セッションでは、後者を代表して3つの委員会より、その立ち上げに携わった3名のメンバーが登壇。委員会の具体的な活動内容を紹介した。
プロリクから生まれた3つの委員会
ひとつめの委員会は「CDC(Creative Design Committee)」だ。ゆめみのクリエイティブを創出することを目的とした委員会で、デザイナーを中心にエンジニアやプロジェクトマネージャーなど約50名のメンバーが所属している。
CDCの活動は「学ぶ」「Designトレーニング」「蓄える」の3つに分類される。第1ステップの「学ぶ」は、国内外の大規模カンファレンスに参加して刺激を受けるだけでなく、今回のような場で登壇する経験も含まれる。
Designトレーニングの一貫として行われた「アプリ作ろうぜ!」というイベントは、CDCのメンバーを3つにわけて自由にアプリの企画を行うというもの。企画段階から入らなければ真の意味でUI設計はできない、というデザイナーの課題意識から生まれたイベントであったが、そこで企画されたアプリが社内エンジニアの開発意欲をかき立て、ハッカソン実施の話も持ちあがっているという。
CDCの立ち上げメンバーである小川段氏が「個人的に最重要視している」と語るのが、第3ステップである「蓄える」だ。デザイナーは個別の案件にアサインされたり、各自がイベントに参加したりすることでナレッジを得るが、その学びをほかのメンバーやプロジェクトに共有し、個としてだけでなく“ゆめみ”という企業としても成長するためにはナレッジを蓄える必要がある。ゆめみではデザインデータベースを構築し、今春の運用開始に向けて動いているということだ。
「案件だけでも独学だけでも学べない、デザイナーだけでもエンジニアだけでも作り出せない、ゆめみらしいクリエイティブを創出したいという想いから、こういった活動をしています」(小川氏)
ふたつめの委員会は「mirai labs」だ。未来に向けた研究開発とビジネス開発を目的とし、最先端技術の研究や実験の場となっている。
アクションを起こすときは事業化を考えず、自身のときめきを優先することがこの委員会の基本方針となる。いままでに使ったことのないフレームワークや言語を使ってなにかおもしろいものを作ってみたいエンジニアや、商品化に向けた調査やユーザビリティテストを行いたい営業やデザイナー、ディレクターも歓迎される。実験はひとりで行うのではなく、自然と集まったメンバーや声をかけて集めたメンバーがプロジェクトをサポートする体制ができあがっている。
この委員会を通して実装されたプロジェクトのひとつが「社内CO2濃度測定サービス」だ。より良いオフィス環境を作ろうというメンバーの雑談から始まり、Alexaのスキルを用いてCO2の濃度を測定するアプリが作られた。そこから発展してグラフ化された測定結果がウェブ上に公開され、測定結果をしらせるSlack Botも作られた。
mirai labsのメンバーである池村和剛氏は、活動を通して「業務とはまったく関係のない技術に挑戦するチャレンジ精神と、普段の業務では関わることのない人たちと交流する機会を得た」と話す。
「これまでは、触ったことのない技術やツールを使ってモノを作る時に躊躇していましたが、今は『まずやろう』という精神で動いています。また、mirai labsではあえて普段関わることのない人たちとチームを組むようにしているので、彼らが日頃何をしているのか、どういう考えかたを持っているのかが垣間見えて、良い刺激になっています」(池村氏)
3つめの委員会は「Liberal Arts Lab」だ。創設メンバーである吉田理穂氏は、普段プランナーとして業務にあたっている。デジタルが世の中のインフラとなった現在において、たとえばシェアリングエコノミーやキャッシュレス、スマートシティといったさまざまなサービスや概念が生まれている。だが、それらの技術仕様について語れる人はいても、サービスが生まれた背景や文化的なコンテクストを語れる人が少ないことに課題を感じていたという。
開発会社であるゆめみはさまざまな領域のクライアントと取引を行うため、テクノロジーだけでなく、各領域のコンテクストも汲み取り網羅する必要があると考えた吉田氏は、プロリクを通してさまざまな「教養」を身につける場として、Liberal Arts Labを立ち上げた。
Liberal Arts Lab創設後は委員会予算を使ってスイスとイタリアのアートイベントを視察。そのほかにも、IT業界で数少ないリベラルアーツ勉強会を開き、「エキスパートとの壮大な雑談」というコンセプトのもと、経済や宗教、建築といったさまざまな分野のゲストを招いて対話と議論を行っている。
「Liberal Arts Labは僕の内発的動機を起点に創立しましたが、ほかの会社で同じことを実現するのは難しいように思います。ゆめみの場合は、個人の内発的な動機を尊重してくれて、そこからほかのメンバーの共感を得るためのアプローチも手厚くサポートしてくれるので、とても心強いです」(吉田氏)
委員会制度がもたらす組織のひろがり
セッションの後半は、冒頭で登場した戸田氏がモデレーターを務め、小川氏、池村氏、吉田氏によるパネルディスカッションが行われた。
200名以上のメンバーを抱えるゆめみでは、主にSlackを使って日々のコミュニケーションが行われている。数百というチャンネル数にも関わらず、そのほとんどがアクティブな状態にあり、それぞれで各人が積極的に発信しているから驚きだ。なぜここまで活発に発信されているのだろうか。
「『否定しない』というゆめみの文化が大きいと思います。誰かが何かを発信した時に、真っ向から否定されたり誰かに承認されるのではなく、助言プロセスを経て、周りからのアドバイスを参考にすることになる。そうすると発信者の方向性は、そのまま積み上げていくか、修正していくかのふたつしかありません。その心理的安全性が、自由で活発な発信につながっているのではないでしょうか」(吉田氏)
「ゆめみの場合、結果責任は問われないが遂行責任は問われるため、やると言えばやり通さなければいけません。ただ、全メンバーに代表取締役権限が委譲されているプロリクを見てもわかるように、その責任が誰かひとりに集中しない仕組みづくりができている。だからこそ、失敗しそうな時は『ダメかも』と隠さずに言うことが奨励されていて、仮に失敗しても咎められることはありません。多少間違ったことをしても『考え直せば良い』と言われる程度なので、そういう安心感はあるかもしれませんね」(戸田氏)
ただ活発なだけでなく、職種の垣根を超えている点がゆめみのコミュニケーションの特徴のようだ。その秘訣は一体どこにあるのだろう。
「職種の異なる人たちとのコミュニケーションは難しいかもしれませんが、委員会の場合は能動的に参加している人の集まりなので、相互にキャッチアップしようとする良い雰囲気が充満していると思います。デザイナーからするとエンジニアはレビューがものすごく辛辣なので正直めちゃくちゃ怖いですが(笑)、委員会という業務と離れた場所でコミュニケーションをとっていると、案件で一緒になった時もスムーズに会話ができ、工期の短縮につながることもあります。CDCの取り組み自体は利益の創出を目的にしていませんが、結果的に業務で利益を生んでいると感じています」(小川氏)
「勉強し放題制度のおかげで思う存分学習すると、今度はアウトプットしたくなるため、ブログに書いたり社内勉強会に参加したりするのですが、そこでデザイナーやディレクター、ほかのエンジニアなど、普段関わらない人と話すことは楽しい。それに、そこでの雑談から生まれたプロジェクトも実際に動いているので、良い循環が生まれていると思います」(池村氏)
心理的安全性の保たれた真にフラットな組織からユニークな委員会制度が生み出され、委員会での活動が職種の垣根を超えたコミュニケーションを促し、企業の利益につながる。ゆめみの取り組みは、ひろがりを求めるクリエイターのヒントとなっただろう。