サイト制作の依頼がブランド開発へ発展 いちばんの決め手は「ロジカルさ」
――まずは皆さんのご担当業務を教えていただけますか?
長谷川 日商エレクトロニクス(以下、日商)は、情報通信設備、IT基盤をはじめとする国内外のソリューション提供やそのシステム構築、保守、運用、監視などのサービスを提供しています。そのなかで私は、アプリケーションソフトウェアの企画と開発の責任者をつとめており、今回のプロジェクトでもオーナーの役割を担いました。
沖山 A.C.O.は、モンスター・ラボグループの中で、デザインを専門業務としているデザインコンサルファームです。そこで私は、ブランドやサービスの世界観を作るアートディレクションから、UXを重視したUIデザインといった、目に見えるアウトプットに携わるチームのマネージャーを担いつつ、自身もアートディレクターとして案件に入り、クリエイティブの提案などを行っています。
川北 UXデザインと情報設計を強化するため専門チーム、UX/IA部のマネージャーをつとめています。私自身はもともと情報設計が業務の中心でしたが、そこからUXの領域についても学んでいきました。現在はUXディレクターとして、プロジェクト全体をゴールに導くためにプロセスから設計をし、ディレクションを行っています。
――今回のブランド開発では、どのような経緯でA.C.O.へ依頼することを決めたのですか?
長谷川 当初は、自社のブランディングを依頼する予定はありませんでした。前提として、お客さまがオフィスのパソコンで使うようなアプリケーションの開発を行うなかで、ある時代の変化を感じていました。これからは企業向けのみならず、その先にいる消費者にもご利用いただけるBtoBtoCのアプリケーションまでをも担うことができないと、生き残ることは難しいだろうという考えを持っていました。
そこで、8つの事業がもつアプリケーションをひとつのブランドとして統合しようと考えたのですが、BtoBtoCまで領域を広げていくのならとくにUIやUXが重要だという思いから、一緒に進めることができるパートナー企業を探すことにしました。その際に紹介を受けたのが、A.C.O.の親会社であるモンスター・ラボです。
モンスター・ラボへの依頼内容として当初想定していたのは、統合後のアプリケーションビジネスに関するサイトの制作でしたが、最初はイシューとなる課題や問題点がなかなか定まらず、お互い話していく中で、まずはブランドを確立することなのではないかという話に行き着きました。そこでモンスター・ラボから紹介していただいたのが、A.C.O.のプロジェクトチームでした。
ほかの企業さんとも比較させていただいたのですが、いちばんの決め手はロジカルさです。私の勝手な思いこみで大変恐縮ですが、クリエイターの方から論理的な説明をいただけるとは思っていませんでした。しかし、A.C.O.さんは筋道を立てて話をしてくれた。私たちも、ロジカルに考えるトレーニングを長年受けてきましたから、A.C.O.さんのお話はすんなりと理解することができました。それが、一緒に進めていきたいと思った大きな理由です。
1ヵ月ひたすら行ったのは、さまざまな切り口でのワーク
――本プロジェクトの具体的な流れについて伺えますか?
川北 まず、日商エレクトロニクスのメンバーのお人柄や、組織体制についてヒアリングをしながら進めかたについて話し合いました。今回は既存のアプリケーションを統合してひとつのブランドをつくるため、通常の新規サービス開発とはプロセスが異なります。そのため、プロセスそのものについて、1ヵ月間の考察期間を設けました。
長谷川 私たち日商からは、ひとつのブランドに統合したときに、新しい価値を生むことができるようにしたい、という要望をお伝えしました。
川北 その思いをもとに取り組んだのは、チームビルディングのワークショップです。ブランド開発に関わる各部署から1名ずつ、長谷川さんも含め9名の方にプロジェクトに参加していただきました。部署が異なり、普段は接点があまりなかったメンバーだったので、お互いを知ることから始めました。A.C.O.と日商さまのメンバー全員がひとつのチームとして動かなければ、このプロジェクトは成功しないと思ったからです。
沖山 「ひとつのチームにならないと、ブランドも作れない」がキーワードになっていましたね。
川北 次に、8つの事業で取り組んでいることや特徴をひとつずつ理解していきました。そのサービスは誰がどのように使うものなのか。使った人たちはどんな気持ちになるのか――。ブランドづくりは、機能だけでなく感情の動きを理解することも必要になってくるため、それを知るために、日商さまとA.C.O.が一緒になってグループワークを行いました。
――実際にワークショップを行ってみていかがでしたか?長谷川さんのなかで、新たな気づきなどはあったのでしょうか。
長谷川 普段、私たちが会社やサービスの説明をする相手はお客さまがほとんどで、そもそもアプリケーションを探している人たち。そのため、アプリケーションのことはある程度知っている前提で説明をしていくのですが、A.C.O.さんはアプリケーションの導入を検討しているわけではない。この違いに苦労したメンバーは多かったと思います。
昔からある当たり前の機能を、A.C.O.さんが「それとても便利ですよ」と前のめりに言ってくださったり、自分たちだけではわからなかった強みにも気づく機会になりました。
川北 このように「お互いを知る」ためのワークショップに取り組んだあとは、統合したときの強みとはなにかを考えたり、2030年までにどのような姿になっていたいかをイメージするワークも行いました。それ以外にもブランドの概念に対する理解を深めるなど、最初の1ヵ月はひたすらワークショップをしていましたね。
――次のフェーズでは、何を行ったのですか?
川北 ワークショップで挙がったキーワードをもとに、ブランドのフィロソフィーなどをステートメントとして言葉に落とし込む作業です。A.C.O.で言語化したものを日商さまにぶつけ、ディスカッションをしながら進めていきました。
ただ、ステートメントのなかでもビジョンだけは、全員で案を出すよりもオーナーとしてリードする人に出していただくのがベストだと思い、長谷川さんに考えていただきました。そのビジョンをもとに、ブランドのフィロソフィーやエクスペリエンス、ポジションについて議論を重ねていきました。
沖山 ほかの企業に負けない強みとはなにかを考える「ポジション」の言語化は、とくに難しかったですね。
長谷川 ほかのステートメントのなかでも、いちばん時間がかかりましたよね。唯一無二のサービスはいきなり生み出せるものではないですし、差別化するためのポイントを考えるのにも苦労しました。
川北 ポジションについては、今あるものをアップデートしていくとどうなるかを軸にして考えていくことしました。その結果、「最適な運用体制の改革」と「顧客が素早くデータを活用できる」のふたつの方向性で、差別化を図っていくべきではないかという結論に至りました。
長谷川 いま改めてステートメントを見返してみても、これがベストだったと思います。
沖山 それはよかったです!仮説をもとに進めている部分も多かったですからね。
困ったことはまずふたりに相談 今後は「ブランドを育てていきたい」
――今回の案件をとおして心がけていたことはありますか?それぞれお聞かせください。
長谷川 私が今回のプロジェクトで常に意識していたのは、ブランド開発が終わったあとに、社内に浸透させることができるかどうか。トリガーを作るのは私の役目ですが、だからといって私がすべて決めてしまうと、その先このブランドを広く社内に伝えていくことはできないだろうと思ったんです。プロジェクトが終わり、一緒に進めていた8人のメンバーが自分の部署に戻ったとき、彼らがブランドを定着させるキーマンになりますからね。そのため、各事業部からも、自立自走ができるであろうメンバーをアサインしました。
私自身は、ブランド開発について社内あてにメールで発信したり、何回もステートメントを読み返しているうちに、より染みこんできた感覚はあります。それを自分だけではなく、社内にしっかり浸透させていかなければいけないと思っています。
川北 ステートメントを見返していただいているんですね。とてもうれしいです。
ともにワークをするフェーズで私が意識していたのは、日商の皆さんとA.C.O.のメンバーがフラットに考えられる雰囲気づくりです。そのために、なるべく皆さんの名前を呼びかけて意見を引き出したり、ワークショップの発表者が偏らないように発言を促したり。A.C.O.のメンバーはもちろん、日商の皆さんにも、自分の言葉で話してもらうことを心がけていました。
沖山 私が担っているアートディレクションの役割とは、このブランドのコンセプトや事業を正しく伝えるだけでなく、イメージで飛躍させ、言葉や数字では表せない思いや価値を最大限表現するような世界観を作ることです。もっと自分たちのことが好きになったり、自信がもてるよう、それまでにみんなで編集してきた言葉を丁寧に拾って「見える形」にしていきます。
デザインコンセプトやアイディアは、私から生まれたものではなく、皆さんから出てきたオリジナルの言葉や考えによってできていくものなのです。全員が納得できるものを作るためにはどうしたらいいかを、ワークショップでの会話や皆さんの言葉を聞きながら常に考えるようにしていました。
――今回、およそ5ヵ月にわたって一緒にプロジェクトを進めてきた感想をお聞かせいただけますか?
長谷川 ブランド開発とは一般的に、対外的に情報を発信することであるというイメージを持つ人が多いように思います。しかし私はそれだけに限定せず、インナーブランディングを進めたいという気持ちを強く持っていました。ビジネスとして事業部をどのように統合していくかというテクニカルな部分もありますが、いちばん変えたかったのはマインド。このブランド開発を起点に、組織としても変わっていけたらと考えていました。
ブランド開発にはさまざまなセオリーがありますが、A.C.O.さんは、ブランド開発だけにこだわりすぎず、柔軟に進めていただけたと感じています。ワークショップでは、「こんなにも真剣に取り組んでくれるんだ」と依頼した私たちが驚くくらい、A.C.O.さんの一生懸命さが伝わってきましたし、それがとても響きました。私たちの製品にまつわる領域も必死に理解し、言葉にしてくれようとする姿勢がなによりもうれしかったです。
とくにおふたりには、困ったりつまずくことがあったときには、誰よりもさきに相談していました。全幅の信頼を置いていましたね。
――皆さんのお話をお伺いしていても、一体感をもってこの案件に取り組んだからこそのチーム感が伝わってきます。最後に長谷川さんから、ブランド開発後の社内の変化や本プロジェクトの総括をお願いします。
長谷川 プロジェクトが終了した5月以降に事業計画を立てたのですが、そのなかで、8つの事業を統合したブランド名「Natic」が略語として出てくるようになりました。単品でなにかを販売するのではなく、ほかのものと組み合わせてイノベーションを生む、という意味です。社内にも少しずつ浸透していることを感じた出来ごとですね。
今回、A.C.O.さんにご協力いただいたおかげで、プロジェクトの初期段階としては成功を収めることができました。もちろんまだまだ道半ばではありますが、今回時間をかけてつくったステートメントを軸に、ブランドを育てていけたらと思っています。