新規事業開発の出発点はなにか
――まずは自己紹介をお願いします。
青木(ユカイ工学) 学生だった2001年にチームラボを共同創業しCTOを7年ほど勤めたあと、友人が立ち上げたピクシブにジョイン。その後、2011年にユカイ工学を創業しました。グッドデザイン賞の審査員をつとめたり、武蔵野美術大学で週1回、教授として教鞭をとったりといった活動もしています。
松本(博報堂) 大学時代から理系でロボットを研究していましたが、現在は博報堂の新規事業開発の部門「ミライの事業室」に所属し、ヘルスケア関連の事業開発に携わってきました。そのひとつが「健診戦」という健康診断をエンタメ化した自社サービスです。
これに加えて直近では、健康診断の場でアバターを作って、そのアバターが自分のトレーナーになってくれるプログラム「じぶんトレーナー」を開発。これは「自分のアバターに合わせて、リアルの自分も運動したくなる」という心理学のアプローチを利用していますが、私自身がVRやアバターが好きだったことがきっかけで思いついたアイデアです。
私の軸は、博報堂の持つクリエイティビティと、自分が培ってきたテクノロジー分野の両面からアプローチした事業づくりを行うこと。まさにテックとクリエイティビティを掛け合わせて素敵なプロダクトを生み出しているユカイ工学さんに、御社のいちファンとしてもその真髄を伺いたいと思っていました。
――ユカイ工学さんは見た目や手触りにこだわった「コミュニケーションロボット」を開発していますが、どのようなことを大切にしているのでしょうか。
青木 ロボットで大切なのは「心を動かしてくれること」だと思っています。技術的に言えば、洗濯機も十分にロボットと言えるほどさまざまな機能が備わっており、とても“賢く”振る舞っている。ですが洗濯機に名前をつけて可愛がっている人はあまりいないですよね。そう考えると、愛着を持てるポイントをつくることが重要なのだと思います。
松本 ロボットの製品は技術面にこだわりを出したくなると思うのですが、ユカイ工学さんのロボットはそれとは一線を画している印象です。技術力が高いのはもちろん、どうやって生活者に届けるか、どのように見せるかも大事に設計なさっている。製品の開発やその企画は、どのように考えているのですか?
青木 ハッカソンのものづくり版との意味を込め、社内で「メイカソン」というアイデアソンを実施しているのですが、社員はまず「自分の妄想」から考え始めます。自身で熱量が持てるアイデアを起点にし、必ず試作品の形にして検証する。その際のルールは、アイデア単体だけで判断したり否定したりしないことです。
たとえばこちらの甘噛みロボット「甘噛みハムハム」は、子育て中であった社員の妄想から始まりました。息子に甘噛みされると幸せな気持ちになるけれど、癖になってはいけないから泣く泣くやめさせなければいけない。そういったジレンマから人類を解放したいと(笑)。このように課題解決ではなく、発案する人の熱意から始めるようにしています。
松本 課題解決が起点ではないのですね。
青木 世の中の大事な課題は、解決されているものも多いと思っています。「安くておしゃれな服が欲しい」というニーズに応えられるブランドはすでにありますよね。昔のように「製品Aのこの性能を10%向上させたら売上が伸びる」といった、解決することで新たな価値を提供できる課題もあまり残っていない。そのため、課題解決から新しいサービスをつくるのはなかなか難しい時代になっているのではないでしょうか。
松本 そうであれば、個人のコアな思いから始めるべき、ということなんですね。
私もVR好きが高じて「じぶんトレーナー」を開発したように、自分のやりたいことと事業はつながっています。もちろん、ヘルスケア関連の事業開発を担うチームに属しているため、「いかに関心がない人たちにアクションを起こしてもらうか、そのうえでどのように健康を促進するか」という大きなテーマはぶれません。ただその先の解決策は「私自身も楽しくてワクワクできるものが良い」と常に考えています。
青木 作る人の情熱は大切ですよね。「自分が欲しい」からスタートするのは、ロボットでもほかのサービスでも変わりません。
熱意の周りに人が集まり、事業を動かす
――青木さん自身の「あったら良いな」から始まった事例はありますか?
青木 子どもが小学校にあがったとき、ひとりでお留守番をしているのが寂しそうだなと感じていました。そんなとき「隣にこんなロボットがいてくれたら」との思いから生まれたのがBOCCO(ボッコ)です。
そのコンセプトは「座敷わらし」。座敷わらしが家にいると繁栄するという言い伝えもあるため、家にいることでみんながハッピーになるロボットをと思いました。名前をBOCCOにしたのは、東北弁で座敷わらしを「座敷ぼっこ」と呼ぶためです。さまざまなデザインの試作をしましたが、子どものおもちゃとして「ブリキのロボット」のイメージに近い現在の形になりました。
松本 試作品を見てみると、いわゆる「二足歩行のロボット」だけではないのが印象的です。
青木 当時のロボット業界では二足歩行ロボットの研究が主流となっており、いかに機敏に歩けるかの技術面に注目が集まっていました。BOCCOはそのなかでロボットと言えるかギリギリのラインではあったのですが、僕たちはあえてこれを「ロボット」と定義することで、これからのロボットの役割やコミュニケーションを提示したのです。
――おふたりは新規事業づくりで、課題にぶつかることはありますか?
松本 企業で新しい事業やプロダクトをつくろうとすると、自分のアイデアを理解してもらえなかったり、予算の問題で断念したりすることもあります。私もさまざまな課題で挫折した経験があるのですが、ユカイ工学さんではいかがですか?
青木 もともとあまり予算が潤沢でないこともあり(笑)、それでも実現できる方法で取り組んでいこう、というイメージでしょうか。
松本 作る人の熱意を大事にしながらも、収益を上げるためのバランスも必要ですよね。
青木 そのために私たちが大切にしているのが「スモールスタート」です。たとえばデジタルプロダクトであれば最初からすべての機能をつくりきってリリースするのではなくて、プロトタイプの段階で既存のお客さまにヒアリングをしたり、試作品を多くの人に見てもらったりするようにしています。ある程度プロダクト化の見込みが立ったあとに展示会などで発表し、反応が大きいものはクラウドファンディングで予約を募るんです。
もちろん、価格帯によって商品の売れ行きは変わるため、小売り関連の企業さんに価格や売り場についてアドバイスをもらうこともあります。
たとえばしっぽのついたクッション型セラピーロボット「Qoobo」は、インテリアの売り場になじむよう、商品の見た目やしつらえ、色を調整したり……。インテリア売り場やデザインショップで販売することを考慮し、店舗で取り扱ってもらいやすいようチューニングをしました。
松本 ユカイ工学さんは「社員が作りたいものの実現」と「ビジネス」(事業化)、「社会問題の解決」の3つを満たしているようにお見受けします。しかし私自身、アイデアを考えて開発するフェーズまでは順調に進んでも、販売する、収益をあげる段階で壁にぶつかり、「事業化」に至らないケースにもどかしさを抱いています。
ただそういったなかでも最近感じているのは、商品やサービスへの熱意をぶれることなく発信し続けていくと、ファンは着実に集まってくれるということ。その人たちが実際に購入するわけではなかったとしても、熱意が少しずつ大きな塊になっていく。そうやっていろいろな形で応援してくれたり、別のプロジェクトが動き出したりすると、良い方向に働くことが多いんです。そのため事業の発案者が、商品やサービスに込めたコンセプトを絶やさずに伝え続けることは大切だと実感しています。
これからの事業創出は「熱意」を中心に
――事業づくりでとくに意識していることはありますか?
青木 全員に刺さらなかったとしても「一部の人が強烈に好きになってくれるものづくり」を心がけています。そうすると、それを広めてくれるファンや熱量の高いユーザーが集まってくるんですよね。
当社の場合、クラウドファンディングで最初に買ってくれるユーザーさんは熱量が高いです。そのため、製品が良ければ積極的に周りにオススメしてくれますし、改善したほうが良いと感じた部分があれば長文で理由を書いて送ってくれる。そういったユーザーさんも、きちんと向き合えば味方になってくれます。
たとえばPetit Qoobo(プチ・クーボ)という商品は、既存商品であるQooboのファンミーティングを行った際、ユーザーさんと妄想を語り合うような「アイデア会議」で生まれたアイデアをもとに開発されたんです。「公園に連れて行きたい」「会社に持って行きたいけれどQooboだと大きすぎる」との声があって。
松本 それでミニサイズが生まれたんですね。アイデアを採用する際に何か基準はあるのですか?
青木 直感に従って決めていることが多いかもしれません。ダメもとでも取り組んでみて、出来がよかったらクラウドファンディングしようかな、という感じです。実現することができたら、少なくともそのファンの方たちは盛り上がってくれるはず。事業計画を練ってから始めようと思うと腰が重くなってしまうので、試作品を作るまでは「軽くやる」ことも重要だと思います。試作品があることで、いろいろなフィードバックをもらえますしね。
――ユカイ工学さんでは「作りたいもの」がまずあり、そのあとに「ビジネス」や「課題解決」につなげていくのですね。
青木 そうですね。結局ビジネスになるかどうかは、プロダクトと課題のマッチングだと思っています。そのため僕たちはまずたくさんのアイデアと発明のストックをつくり、そこに合う課題を見つけにいくというスタイルです。
松本 アイデアをすぐに形にする部分が、ほかの企業だとなかなかすぐに真似できないところかもしれません。言葉や資料での説明ではなく、実際使ったからこそ良さがわかるプロダクトもありますが、試作品を作るまでのスピードが速くすぐに検証に移ることができる点が、ユカイ工学さんの事業開発におけるポイントではないかと感じました。
――青木さんの言葉にあった「世の中の多くの課題は解決している」今、これからの事業創出では何を目指せば良いのでしょうか。
青木 ユーザーイノベーションの有名な事例で「マウンテンバイク」の例があります。「自転車で山を走ったらおもしろそう」と思ったロードレーサーが、自身で改造して自転車を作り、仲間内に販売していたところから始まりました。ですが今、ほとんどのマウンテンバイクは街中で乗られていますよね。「GoPro」もその類で、創業者がサーフィンを楽しむときにサーフボードに付けられる小さなデジカメが欲しいとの思いから開発したのが始まりです。
どちらにも共通しているのは、課題解決から始まっているわけではなく、「おもしろそう」「楽しそう」が起点となっていること。このように人の感性に訴えかけるような事業こそ、大きなムーブメントを生んだりするのだと思います。
松本 今後の事業計画を時系列順に丁寧に考えたとしても、そのとおりまっすぐにいかないことがほとんど。むしろ世界地図を広げるようなイメージで、さまざまな方面に手を出したほうが上手くいく感覚があります。
先述のとおり「熱意に共感してくれる人を巻き込む」ことに注力したほうが、巡り巡って事業の拡大につながる。事業づくりではありながら、結局は「熱意の周りに人が集まっている絵」をつくれたら良いのではないかと思っています。
青木 少し前まで、家庭向けロボットの市場はありませんでした。ようやく今、僕たちのユーザーも「ロボットだから」ではなく「可愛くて欲しいから」という理由で購入する方が多くなり、だからこそ熱意を持った人が集まっている。市場ができつつあると実感しています。
ファミコンの登場によって「家でゲームをやる」ことが当たり前になり、家庭用ゲーム機の市場が生まれたように、そういった象徴的なプロダクトがロボットの世界でも生まれるはず。それを自分たちの手でつくることが、僕たちのこれからの野望です。