時間・場所・表現 映像制作における制約からの解放
――まず、VPの特徴や強みについて教えてください。
井村(HCA) 我々がいるこのリアルな空間と、CGといったバーチャルな非現実空間を一緒にリアルタイムで撮影・合成し、映像を作りあげる技術です。ハリウッド映画のようなCGを多用した映像は、これまではポストプロダクション(後工程)で処理していましたが、VPでは背景のLEDビジョンなどにCG映像を映し出し、被写体と同時に撮影していくことができます。
これまでの映像制作では、天候や撮影場所、タレントさんの拘束時間など、さまざまな物理的制約がありましたが、VPは時間や場所などの縛りに左右されることはありません。さらに今までできなかったような新しい表現も可能になる。この「場所・時間・表現をはじめとした制約からの解放」が、VPの最大のメリットです。
武内(博報堂プロダクツ) VP技術があれば、これまでハリウッドシステムや莫大な予算のもとでしか実現できなかったリッチなコンテンツを、我々でも制作できるようになります。約40年前に映画『スター・ウォーズ』がデジタル合成という映像革命を起こしたときと同じ規模のイノベーションが起きているのです。
茂木(博報堂プロダクツ) またVPは、SDGsの視点からも注目されています。ロケ地へ大人数で移動することやスタジオでの大型の美術設営とその廃棄が不要になるため、CO2排出量を減らすことにもつながります。
――VPのどのような点に可能性を感じましたか?注力していく背景とあわせ、それぞれの視点からお聞かせください。
井村 VP技術について最初に思ったことは、これまでロケ撮影かスタジオ撮影のふたつだった撮影パターンにVPが加わり、第3の選択肢になりうるということです。そこに光明があると思い、ぜひ取り組むべきだと判断してHCAを設立しました。
茂木 おっしゃるように、VPは確実に第3の手法になっていくでしょうから、我々としても必ず取り組みたいと考えました。博報堂プロダクツとしてVPを使いこなすことができるようになれば、大きな提供価値になると思っています。
渡部(博報堂プロダクツ) 2019年にディズニープラスで配信された『マンダロリアン』を見て感銘を受けたのが、私とVPとの出会いです。この技術は日本や広告領域にも広がっていくだろうと感じたのを覚えています。2020年にCGやVFXを担当するREDHILLの部署に加わった私は、まずは自部署で何ができるかを考え、会社にも提案を始めました。
武内 最初に渡部が声をあげて、僕や茂木も一緒に説明を続けていたところに、井村さんという仲間が現れてくれて、とても嬉しかったですね。
広告やマーケティングは今、二分化されています。ひとつはバナーなどを安価かつ大量に制作し運用していくデジタルマーケティングの世界。もうひとつが、テレビCMやリッチなウェブ動画でブランデッドなコンテンツを作る方向性です。デジタルマーケティングはAIによる自動化が進み、人間が介在する部分はどんどん少なくなっていくと私は考えています。一方、リッチな映像コンテンツの世界も広がりを見せているため、よりクリエイティビティの高いものを作るためにVPが必要なのです。
さらにVPの技術は、映画、ドラマ、広告、イベントと大きく4つの領域で活用できるものですが、それらはエンターテインメントの名のもとにシームレスになっていくはず。韓国ではすでに展開されていますが、広告映像を映画に転用したり、ドラマにプロダクト・プレイスメントしていったり、といったことが今後増えていく。そこにビジネスとしての大きなチャンスが活路もあると考えています。
関わりがなかった職人たちが現場でコラボ 求められるのは「VPテクニカルスーパーバイザー」
――では今回、なぜ博報堂プロダクツとHCAは業務提携に至ったのでしょうか。感じていた課題などについても教えてください。
井村 我々は映像の具現化に特化した集団で、その手法としてVPを生業にしてきましたが、広告領域でどのように活かしていくのかが課題でした。VPでできることは、全体のワークフローで言えば、後半3分の2程度。その前段階がないとクライアントなどから理解は得られません。スタートからフィニッシュまでのフローが構築されて初めて、広告領域で活用できる手法だとわかっていたものの、自分たちでは解決することができなかった。そんな矢先にお話をいただき、博報堂プロダクツさんと組むことによりトータルかつマネジメントしたうえで届けることができると考えました。
武内 博報堂グループおよび博報堂プロダクツとして、エンターテインメントの未来を見据えてやりたいことがたくさんありました。しかし、テクノロジーが足りずに実現に至らないことも実は多かったんです。そこに卓越したテクノロジーと類まれなスキルを持った井村さんが現れたことで、これがひとつの答えになるのではないかという大きな手応えを得ました。
渡部 VPの技術はハードだけではなく、それを使いこなせる人材がいなければ成立しませんが、HCAさんにはハードも人も揃っている。僕らとしては「井村さんしかいないぞ」という気持ちでした。VP人材はまだまだ足りていないため、育成も一緒に進めていく予定です。
井村 人材については、日本のVP業界全体が直面している課題です。VPは制作フローが従来とまったく異なり、これまでポストプロダクションの作業だったものも撮影現場で同時に進めることができます。VPはこれまで交わることのなかったプロフェッショナルたちが一緒になって作りあげていく必要がありますが、その周知・理解は簡単ではありません。技術だけあっても使う人の理解がないと効果が最大化しないことが浮き彫りになっています。今回の業務提携では、その点の課題解決にも期待しています。
――今まで交わりがなかった部署の人たちがどのように協働するのか、その難しさも含めて詳しく教えてください。
井村 撮影現場では、背景のCGと手前のリアルな被写体を上手く馴染ませる必要があります。たとえば花が咲いている場合、リアルな花とCGの花を同じように見せるには、光やものを同じように作らなければなりません。ものを作るのは美術部で、背景を制作するのはCG部ですが、黄色い花であればそれはどういった黄色なのか、表面はどのような質感なのかなどを細かく事前にすり合わせ、プランニングすることが撮影では不可欠です。そのため今までは自部署内で完結していたことも、他部署と一緒に考えて組み立てる必要があるのです。
しかし、これまでは別々に作業をしていたため、相手が何をしているのかお互いによく知りません。その間を取り持つのが、私の仕事である「VPテクニカルスーパーバイザー」です。部署間やスタッフ間だけでなく、クライアントや広告会社への説明も含めて橋渡しをしていく、つなぎ役のような存在ですね。
武内 ただそういった役割を担える人は本当に少ない。VPにはハードと人の両方が必要で、そのすべてを統合するのが井村さんのようなVPテクニカルスーパーバイザーなんです。
映像領域のさまざまなスキルを持った職人たちがVPという技術のもとでコラボレーションすることは、新しい進化を手にするチャンスにもなると思います。以前までは関わりあうことがなかった職種のメンバーたちが現場でコラボレーションするなんて今までなかったこと。現場でみんながワイワイと新しいものを生み出していくのは、ものづくりとして純粋に心が躍ります。
日本のコンテンツ力をVPで引き上げる!
――VPの領域でクリエイターが活躍するために必要なことは何でしょうか。また育成に関する方針もお聞かせください。
井村 自分の専門分野だけに取り組めば良いのではなく、「ほかの分野も含めてみんなで作っていく」という考えかたに変える必要があります。しかし、それは従来のやりかたで映像制作をしてきた方たちにはなかなか突破できない壁。まずはそこを開放して、映像づくりをいちから考えてもらえたらと思います。
茂木 ハード面を揃えるだけでは適切なサービスの提供はできません。育成に力を入れ、VPテクニカルスーパーバイザーやVPプロデューサーなど、VPに特化した人材を増やしていくことも非常に重要だと考えています。
渡部 映像クリエイティブ事業本部では、VPを仕切ることができるVPプロデューサーの育成が必要です。最初から最後まで全スタッフと関わるプロデューサーに、橋渡しの役割を担ってもらいます。
REDHILL事業本部の領域では、VPに特化したカラコレ(色の調整・補正)を担当するカラリスト、CGプロデューサー、CGエンジニア、CGクリエイターの育成に注力したいと考えており、現在3名がHCAさんに研修出向しています。今までは編集室や執務室など社内での作業がメインでしたが、VPに必要なのは、現場で照明部や撮影部などスタッフと対話をし、意図を組みながら進められる人材なのです。
――最後に、VPを推進するにあたっての今後の展望を教えてください。
井村 VPは従来の映像制作に関する制約からの解放を実現し、さらには表現の自由度を大幅に向上さることができる技術。今まで制約を突破するために割いていた時間や力を、よりクリエイティビティを高めることに使えるようになります。
これにより成果物の自由度が上がり、映像のスキームも多様化していくでしょう。同時に働きかたも変わり、多職種でセッションしながらのイノベーションも生まれていくはずです。まずはVPの普及や啓蒙からのスタートになりますが、そのなかで「働く人の変化」と「スキームの多様化」というふたつの流れを生むことができたらと考えています。
武内 テクノロジーが人のクリエイティビティを解放するとともに、スケールの大きな宇宙空間や幻想的な世界観の映像も実現できます。さまざまな制約をVPが解放することによって、企画性や創造性が一気に拡張される未来にとてもワクワクしています。
これからこのVPという技術を活かして、広告に留まらない、海外に通用するような日本のコンテンツを生み出し、博報堂グループの、そして日本のコンテンツ力を引き上げていきたいですね。我々は映像制作に関わる人たちが、幸せかつ豊かになる未来を目指したいと思っています。