今、求められる「企業の社会活動」とは ハフポスト日本版・泉谷編集長と博報堂のクリエイターが考える

今、求められる「企業の社会活動」とは ハフポスト日本版・泉谷編集長と博報堂のクリエイターが考える
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2025/03/18 11:00

 博報堂のクリエイターたちが「今会いたい有識者」と語り合う対談シリーズ。今回は、ハフポスト日本版の編集長である泉谷由梨子さんと、社会を変えるためのアクションや、企業活動のありかたを語ります。

「選ばれる理由」を新しくつくった「晴れ風」

菅(博報堂) 泉谷さん、今日はよろしくお願いします。今回、対談をお願いしたのは、課題を抱えるメディアもあるなか、ハフポストは「会話を生み出す国際メディア」として、社会課題の提起や課題解決を目指している点に興味があったことがきっかけです。

個人的な話にはなりますが、私はもともと「モノを売る」だけではなく、「広告を通して社会をちょっとでも良い方向へ変えて、その結果モノが売れる」ような仕事がしたいと思い、博報堂に入社しました。

私が就職活動をしていたころは、クールビズが注目を集め始めたタイミング。これまで仕事と言えばスーツとネクタイだったのが、Tシャツやスニーカーを着用する人も増えていき、社会が変わるのを目の当たりにしました。こうした「社会を変えていくきっかけをつくる仕事って、とてもかっこいい」と思ったんです。

株式会社博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 戦略CD/PRディレクター 菅 順史さん
株式会社博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 戦略CD/PRディレクター 菅 順史さん

最近はとくに、「一社では、社会を変えられない。仲間と一緒に、変えていく」という考えを大切にしています。たとえば、キリンさんとの仕事で始めた「げんきな免疫プロジェクト」は、コロナ禍を経て感染症がより身近になった社会で、みんなの健康を守るために「免疫ケア」という健康習慣を広げる取り組みです。今までなかった新しい健康習慣は、いち企業が提唱するだけではなかなか広がりません。そのためほかの企業や自治体の方々と一緒になって、より多くの人に免疫について知ってもらい、健康習慣として続けてもらうための活動を続けています。開始から2年近く経ちますが、徐々に賛同してくれる企業や自治体が増えていき、なかには町ぐるみで取り組んでくださるケースも出てきました。まずは免疫のことを知ってもらい、生活に取り入れたいと思う人が増えれば、その手段として免疫ケア商品を手に取ってもらえると考えています。

また、社会を少しでも良い方向へ変え、その結果商品も選んでもらうことに挑戦しているのがキリンビール「晴れ風」です。「晴れ風」は、飲みやすさと飲みごたえを両立したおいしさが人気のビールですが、もうひとつの大きな特徴は、「晴れ風ACTION」という日本の風物詩を守るブランドアクションを行っていること。実は今、桜が全国的に高齢化して失われつつあったり、資金難などを理由に花火大会が減ってきていたりします。ビールの喜びを広げてくれたお花見や花火といった風物詩を未来につなげていくことは、“ビールからの恩返し”なのではないかといった思いから生まれたのが「晴れ風ACTION」です。

この取り組みでは、自治体の方々と連携し、売上の一部を桜の保全活動に寄付する活動を続けていたり、ビールの缶についている二次元を読み取ると好きな自治体への寄付活動に参加できる仕組みも取り入れたりしています。すでに20~30代の約2割が「日本の風物詩を応援していることを知って、晴れ風を買った」と評価してくださったり、寄付活動に参加した95%が「また買いたい」と回答したりと、大きな共感が生まれています。

こうした取り組みで大切にしているのが、本気で取り組むことです。プロモーションとして表層的に向き合っても、世の中にはその薄さが透けて見えてしまう。個人的にも、本気で社会を変えるつもりのないソーシャルアクションには意味がないとさえ思っています。一方で、本気の思いやそれをもとに活動を広げていくことは、もっと進化させることができるのではないかと考えています。真剣な姿勢で取り組んでも、広告という形になった瞬間、見た人は「結局これって広告だよな」と感じてしまいがちです。そこで今回は泉谷さんと、これからあるべき問題提起の方法や世の中を巻き込むアクションの形を議論できたら嬉しいです。

泉谷(ハフポスト) ありがとうございます。晴れ風、我が家の冷蔵庫にもたくさんあります(笑)。お話しいただいた事例が素晴らしいのは、大きな課題をとても身近なものに落とし込んでいる点ですよね。「個人の文脈に合わせること」「自分ごとにしてもらうこと」が重要なのだなと考えながら、伺っていました。

これまでも社会課題に関係した商品はありましたが「海外の話でしょ」「何だかんだ、売れた商品ってみたことない」と多くの人が感じていたはずで、晴れ風はそのパイオニア的商品ですよね。

BuzzFeed Japan株式会社 ハフポスト日本版 編集長 泉谷 由梨子さん
BuzzFeed Japan株式会社 ハフポスト日本版 編集長 泉谷 由梨子さん

 一部海外などで成果がでた取り組みはあるものの、泉谷さんのおっしゃるとおり、従来の社会課題を解決する商品は「良いことをしているけど、売れないね」というのがマーケティング業界でも定説のようになっていました。今回は、マスマーケティングの象徴的な商品である「ビール」でも選ばれる理由になったことで、徐々にそうした印象も変わり始めていくのではないかと期待しています。

泉谷 晴れ風はとても大きなターニングポイントになりそうですよね。

「理念」にとどまらず「プロダクト」に落とし込めるか

泉谷(ハフポスト) ハフポストの日本版は2013年にスタートしたため、2023年に10周年を迎えました。さまざまなイベントを開催し、気づきを得るきっかけになりました。

テーマにしたのは、それまでハフポストが課題として提示してきたSDGsをいかに広げ、それぞれの立場の人が実施できるアクションにつなげていくか。そのアクションの手がかりにしたのが、森永製菓など食品系企業のおもに研究開発部門のかたが有志で運営している団体の存在です。

団体の皆さんは、サステナビリティを志向した商品を開発したいという思いがありながらも、どうすれば売れるのかということに試行錯誤されていました。「何か取り組みたい、でも売れない」と悩みながら、上司をいかに説得するかのロールプレイングをしたり、会社の壁を超えていかに商品の形に落とし込んでいくかを議論したり、皆さんの苦労や努力にこそ光があると思ったんですよね。

そこで、団体の方と一緒に渋谷でキッチンカーを出店し、試食してもらいながらトークをする、読者交流会のようなイベントを開催しました。

菅(博報堂) こういったアクションは「儲かるか、儲からないか」を気にして小さく始めてしまうと上手くいかないんですよね。つまり、本気でやり切らなければいけない。その後、ある程度の成果が出れば、世の中からの見えかたも変わります。ここまでできれば「味や機能が同じなら、社会貢献できるほうが良いよね」と、さらに大きな動きにつながっていきます。

泉谷 SNSが発展したのも一因ですが、昨今は「理念」についての情報だけが増えすぎて、本気度を測りかねるケースが多いですよね。ここ数年、「SDGsに取り組んでます!」という企業の声は多く聞く一方、「SDGsウォッシュ(※)」などの問題も生じています。

※SDGsの取り組みを推進しているように見えるが、実態が伴っているとは言いがたい状態を指す言葉。

厳しいことを言うと、理念だけ掲げるのはとても簡単なんです。重要かつ難しいのは、そこからアクションにつなげられるかどうか。多くの消費者もこの点に気づいて「この企業は本気なのか」をシビアに見極めているのではないでしょうか。

こうした背景から、ハフポストではサービスや商品を主役にした「Behind the Innovation」という企画を始めました。従来では「理念」や「思い」にフォーカスしようと「人」が主役になりがちだったところをちょっとずらしてみようと思い、「プロダクト」視点の企画にしました。開発の背景のなかには「理念」も入ってはくるのですが、入り口を変えたのはとても反響が大きいですね。

出典:ハフポスト 日本版
出典:ハフポスト 日本版

 CMに関する調査で、以前は「ユーモアがある」といった評価を集めたCMが上位だったのですが、最近は「モノそのもの」を評価することがトレンドになっていますよね。「思いをしっかりモノとして体現できているか」を評価する人が増えているのだと感じます。

ポイントは「弱み」を隠さず愛されること

 一方で、周囲の評価を多くの人が気にする時代でもありますよね。一般的に、消費者が評価するのは“ヤバい”商品、つまり何かが閾値を超えた商品、ですが、今は均質化が進んでいます。その結果、周りのクチコミを参考にして商品を選ぶ人が増えていると感じています。

この点、広告は一方通行な側面があって、誰かに本気で「これ、良いよ」と表明してもらうには、しっかりとインサイトを掘り下げて納得感を持ってもらう必要があります。これは再現性が生まれにくいものなので、毎回悩みながら取り組んでいるのですが……。

泉谷 企業がその商品やサービスを通じて、社会とどう「会話」をしようとしているのかを人々は見ているのだと思います。企業の一方通行の理念だけではなく「自分の気持ちがそこに反映されている」と感じることで読者は安心感や納得感を得られるんですよね。ハフポストのネイティブアドも、その点が人気の理由だと思います。

また広告を含む企業活動と言うと、どうしても「弱み」を隠そうとしがち。何でもかんでも粗探しをされてしまう社会なので仕方ない部分もありますが……。

ですが、人間の感情を動かすのは、菅さんのおっしゃっていた「閾値」を超えていくもの。ただ完璧なもの、正解を知りたいのであればAIに聞けば済む時代が近づいているなかで、それだけじゃない、弱みも含めた琴線に触れる「本物」をいかに見せられるかが、広告を含めた企業コンテンツでも非常に重要になってきていると感じています。

 愛される「弱み」を上手く出せている企業は、SNS上でも強いですよね。

“実態”をともなわせることの重要性 問われる企業のスタンス

菅(博報堂) 今の時代は、無理やり「良く見せよう」としても見抜かれてしまいますよね。そうだからというわけではありませんが、だからこそ関わっている全員が本気になって、その姿勢を示していくことが重要なのだと思います。そのうえでは、仲間を作って継続していけるか、もポイントになりそうですよね。

泉谷(ハフポスト) 本気で動いているかという意味では、意見がわかれるテーマに企業がどこまで踏み込めるかも気になりますね。社会課題には政治と関わる問題も大いにあります。たとえば、同性婚の実現に賛同する企業があったとして、政治家が差別発言をしたり改革に反動的だったりしたときに、アクションを起こす企業とそうでない企業がいたら、消費者は後者に厳しい目を向けるようになっています。

 非常に難しい課題ですね。企業側の責任者も、自分が詳しくないと突っ込んで発信したりアクションしたりすべきではないと考えがちですし、私自身も「ジェンダーには詳しくないから」と積極的に発信できていない部分があります。

とはいえもちろん、何もしないで良いわけではありません。企業としてまずは発信しつつ、実態をしっかりともなわせる。こうしたバランス感覚が求められる時代なのだと感じています。

泉谷 「事業と関係のあるところから始める」というのはポイントな気がしますね。

企業が旗振り役となって、社会を変えるには

 ここまでの話をふまえ、企業が旗振り役として社会を変えていけるのか、そのためにはどういったポイントがあるのかを考えてみると、私は「変えられる」と信じています。「晴れ風」もそうですし、生活者の暮らしに溶け込み、接点を数多く持っている商品はたくさんありますよね。たとえば、ビールであれば日本では約5,400万人が飲んでいると言われていますが、この人たちの意識が少しでも変われば、行動も変化し、結果的に大きな力となって社会を変えていけると思っています。「元気玉」のように、どんどん輪が広がっていくイメージです。

ただ、いち企業だけでは難しいので、周りを巻き込んでいくことですよね。そこでのポイントは「良い距離感があるか」かなと。ビールやお菓子のプロジェクトに、小売店だけが賛同しても「それは商品を売るための取り組みでしょ」と思われてしまうかもしれません。しかし、これがたとえば商品と直接の関係がないエネルギー系の企業も賛同していると、消費者としても「なんで関わっているんだろう?」と気になるのではないかと。

こうした「なぜ」という好奇心から少しずつ意識が変わり、最終的にこれまでになかった変化につながる気がしていて……。そしてそれらを束ねる存在として「メディア」が非常に重要ではないかと考えています。何かを旗印に掲げ、仲間が集まってくるイメージです。

泉谷 やはりわれわれメディアとしても、アジェンダを設定して新たな課題を発見する存在でありたいと常に考えています。そのうえで昨今はSNSなどでも「自分の知りたい情報しか見たくない」というスタンスの人が増えていることから、あらためて「モノ」の持つ重要性にも注目しています。

ニュースを中心に情報の分断が進む一方、そうした壁を超えるために「モノ」の持つ役割ってきっと大きい。何かの記事を見て「自分の考えとは違うけど、モノ自体はおもしろそうだから買ってみようかな」と考える人も多いはずで。こうした「モノを入り口として社会を変える」という意味で、企業の役割は大きいのだと思います。

 泉谷さんがこれからより注力したいことなどあれば、ぜひお聞きしたいです。

泉谷 さまざまなニュースを見ていると人間は想像以上に、もともとは利己的な存在なのだと感じる出来事が最近とくに多いですよね。一方、人間社会は少しずつ良いほうに向かっていく力もあって、本来利己的な私たちを、いかにソーシャルな存在にしながら良い方向への流れを強化していくか、は力を入れていきたいテーマです。

その一環として、ハフポストでは読者の方を集めたミーティングを実施しています。読者は皆、それぞれの場所でより良い社会を目指して活動したり、したいと考えながらも壁にぶつかったりしているかたが多いと思います。その思いを持ち寄って議論しながら前に進んでいくための居場所をつくることがメディアの役割だとも思っているので、今後も取り組んでいきたいですね。菅さんはいかがですか?

 私は、「良い未来」のビジョンを掲げて「賛同する人たちが集まって変化の流れをつくっていく」といったうねりを生んでいきたいです。そして、そのビジョンをつくるのが、われわれ博報堂のミッションのひとつだと考えています。そのためにはハフポストや泉谷さんと一緒に取り組めることもたくさんあると思いますし、ぜひ引き続きよろしくお願いします!