「選ばれる理由」を新しくつくった「晴れ風」
菅(博報堂) 泉谷さん、今日はよろしくお願いします。今回、対談をお願いしたのは、課題を抱えるメディアもあるなか、ハフポストは「会話を生み出す国際メディア」として、社会課題の提起や課題解決を目指している点に興味があったことがきっかけです。
個人的な話にはなりますが、私はもともと「モノを売る」だけではなく、「広告を通して社会をちょっとでも良い方向へ変えて、その結果モノが売れる」ような仕事がしたいと思い、博報堂に入社しました。
私が就職活動をしていたころは、クールビズが注目を集め始めたタイミング。これまで仕事と言えばスーツとネクタイだったのが、Tシャツやスニーカーを着用する人も増えていき、社会が変わるのを目の当たりにしました。こうした「社会を変えていくきっかけをつくる仕事って、とてもかっこいい」と思ったんです。
最近はとくに、「一社では、社会を変えられない。仲間と一緒に、変えていく」という考えを大切にしています。たとえば、キリンさんとの仕事で始めた「げんきな免疫プロジェクト」は、コロナ禍を経て感染症がより身近になった社会で、みんなの健康を守るために「免疫ケア」という健康習慣を広げる取り組みです。今までなかった新しい健康習慣は、いち企業が提唱するだけではなかなか広がりません。そのためほかの企業や自治体の方々と一緒になって、より多くの人に免疫について知ってもらい、健康習慣として続けてもらうための活動を続けています。開始から2年近く経ちますが、徐々に賛同してくれる企業や自治体が増えていき、なかには町ぐるみで取り組んでくださるケースも出てきました。まずは免疫のことを知ってもらい、生活に取り入れたいと思う人が増えれば、その手段として免疫ケア商品を手に取ってもらえると考えています。
また、社会を少しでも良い方向へ変え、その結果商品も選んでもらうことに挑戦しているのがキリンビール「晴れ風」です。「晴れ風」は、飲みやすさと飲みごたえを両立したおいしさが人気のビールですが、もうひとつの大きな特徴は、「晴れ風ACTION」という日本の風物詩を守るブランドアクションを行っていること。実は今、桜が全国的に高齢化して失われつつあったり、資金難などを理由に花火大会が減ってきていたりします。ビールの喜びを広げてくれたお花見や花火といった風物詩を未来につなげていくことは、“ビールからの恩返し”なのではないかといった思いから生まれたのが「晴れ風ACTION」です。
この取り組みでは、自治体の方々と連携し、売上の一部を桜の保全活動に寄付する活動を続けていたり、ビールの缶についている二次元を読み取ると好きな自治体への寄付活動に参加できる仕組みも取り入れたりしています。すでに20~30代の約2割が「日本の風物詩を応援していることを知って、晴れ風を買った」と評価してくださったり、寄付活動に参加した95%が「また買いたい」と回答したりと、大きな共感が生まれています。
こうした取り組みで大切にしているのが、本気で取り組むことです。プロモーションとして表層的に向き合っても、世の中にはその薄さが透けて見えてしまう。個人的にも、本気で社会を変えるつもりのないソーシャルアクションには意味がないとさえ思っています。一方で、本気の思いやそれをもとに活動を広げていくことは、もっと進化させることができるのではないかと考えています。真剣な姿勢で取り組んでも、広告という形になった瞬間、見た人は「結局これって広告だよな」と感じてしまいがちです。そこで今回は泉谷さんと、これからあるべき問題提起の方法や世の中を巻き込むアクションの形を議論できたら嬉しいです。
泉谷(ハフポスト) ありがとうございます。晴れ風、我が家の冷蔵庫にもたくさんあります(笑)。お話しいただいた事例が素晴らしいのは、大きな課題をとても身近なものに落とし込んでいる点ですよね。「個人の文脈に合わせること」「自分ごとにしてもらうこと」が重要なのだなと考えながら、伺っていました。
これまでも社会課題に関係した商品はありましたが「海外の話でしょ」「何だかんだ、売れた商品ってみたことない」と多くの人が感じていたはずで、晴れ風はそのパイオニア的商品ですよね。
菅 一部海外などで成果がでた取り組みはあるものの、泉谷さんのおっしゃるとおり、従来の社会課題を解決する商品は「良いことをしているけど、売れないね」というのがマーケティング業界でも定説のようになっていました。今回は、マスマーケティングの象徴的な商品である「ビール」でも選ばれる理由になったことで、徐々にそうした印象も変わり始めていくのではないかと期待しています。
泉谷 晴れ風はとても大きなターニングポイントになりそうですよね。