こんにちは。私は株式会社quantumで、デザインスタジオ「MEDUM(メデュウム)」を主宰している門田です。リサーチからコンセプト設計、プロトタイピングまで、デザインを軸に事業開発を牽引しながら、さまざまな企業の0→1フェーズにおけるプロダクトやブランドの立ち上げを支援しています。
最近では、みなさんの周りでも「デザイン経営」や「デザイン思考」、「UXデザイン」「ブランドデザイン」などさまざまな場面で「デザイン」という言葉を耳にしたりする機会は多くなっているのではないでしょうか。ビジネスの世界で「デザインが重要だ」と言われることが多くなってきた一方「デザイン」が言葉として広く使われすぎるがために「結局、デザインって何のこと?」と混乱することも少なくありません。
ロゴやパッケージを新しくしたら良いの? 社内のデザイナーを雇えば良いのか――。具体的に何を指すのか、曖昧だと感じている方も多いのではないでしょうか。
ビジネスの現場では、客観的事実や数字で物事を捉えるのが基本ですが、そこに「感性」や「クリエイティブ」といった要素が入ると、なんだかフワッとして掴みどころがなくなる。そんな印象を持たれがちです。この連載では、そうしたデザインの「わかりにくさ」の正体を紐解いていきます。私がデザイナーとして携わった事例を各回にひとつずつピックアップすることにより、事業/プロダクト開発のなかでデザインがどのような意図を持って機能し、どんな役割を担っているのかをお伝えできたらと思っています。
デザインに関する言葉の意味や定義は、私があれこれ説明するよりも、ChatGPTのようなツールに聞いたほうが正確でわかりやすい答えが返ってくるかもしれません。また、人によっては本連載の内容を「デザイン経営の話だ」「デザイン思考のことだ」と思うこともあるかもしれません。ですが私が本当に伝えたいのは、そうしたフレームワークとしての「デザイン論」ではなく、実践経験にもとづく「デザイン力」について。この連載を通して、デザインに関わっている方はもちろん、普段あまりデザインに馴染みがない方にも、「デザインはビジネスの戦略的ツールになりうるんだ」ということを感じてもらえたらうれしいです。
さて、連載初回で取りあげるのは、モルテンと共同開発した、クルマイス「Wheeliy」です。開発にあたってどのような課題があり、それをデザインでどのように解決していったのか、お話ししていきます。

一言で伝える「コンセプト」の大切さ
このプロジェクトは、モルテンの民秋社長から「新しい車椅子の開発を進めたい」と相談を受けるところから始まります。開発に際し、お困りごとについて伺ったところ、すでに社内では車椅子の試作がいくつか作られていたのですが、「この車椅子だからこそ市場に提供できる、独自の価値が見えてこない」とおっしゃっていました。
モルテンといえば、バスケットボールなどのスポーツ分野が有名ですが、医療や介護の分野でも確かな技術と信頼を築いてきた企業。さらに詳しくお話しを聞くと、寝たきりの人たちでも外に出かけたくなるような車椅子を、新規事業として開発したいとのこと。車椅子を使って、身体を動かし自立した日常生活を送ることは生活の質(QOL)を向上させますし、医療・介護制度の視点からも、寝たきりによって増加する長期入院や介護サービスの利用が減ることで、社会保障費の大幅な節減につながります。私たちはその挑戦に共感するとともに、高齢化の進む日本において、医療福祉分野でもっとデザインにできることがあるのではないかと考え、このお仕事を引き受けました。
ただ、車椅子の市場自体は決して新しいものではありません。すでに成熟しており、多くの企業が高性能な製品を提供しています。そのなかでどうしたら後発メーカーの立場から「価値ある一台」を生み出すことができるのか――。これは簡単な問いではありませんでした。もう少しシンプルに「この車椅子を一言で言うと何だろうか?」と問いを言い換えることもできるでしょう。デザイナーはこの“一言”を「コンセプト」と言うことが多く、ビジネスでの言葉にすると「独自提供価値」や「競合優位性」という表現がしっくりくるかもしれません。
たとえば、音楽を家で聴くのが当たり前だった時代、「ポケットに入る音楽」をコンセプトに、音楽を持ち歩けるものに変えたのがソニーの「ウォークマン」です。また、電話に音楽プレイヤーとインターネット機能を組み合わせ、私たちの生活を大きく変えたアップルの「iPhone」は、「電話の再発明」というコンセプトを掲げていました。このように、革新的なプロダクトには、その価値を一言で伝える「デザインコンセプト」が存在します。
また、市場が成熟し、どの製品も似たような性能や機能になってくると、人は単に「便利さ」ではなく、「この製品には共感できる」「ストーリーがある」と感じたものを選ぶようになります。そうした状況では、「この製品はなぜこうあるべきなのか」という背景や思いを、誰にでも伝わる形で語る役割を果たす、そんな「デザインコンセプト」が非常に大切になります。

スペックや価格だけを競うのであれば、既存の製品の中でフィットするものが見つかるでしょう。けれどもそれだけでは、後発参入メーカーの「デザインコンセプト」としては十分ではありません。私も展示会に出向き、何十年と車椅子専門に開発している北欧メーカーの車椅子に試乗しましたが、とんでもなく乗り心地がよく、しばらく乗っていたいと思わせるほどでした。この限られた開発期間で、このようなメーカーを相手に、純粋に乗り心地や軽さといった機能性で競うのではなかなか勝ち目はない。そうではなく、もっと車椅子利用者のリアルな生活文脈で考えることで見えてくる、車椅子の「デザインコンセプト」があっても良いのではないか――。私たちはそう考えました。