細部に宿る「やさしさ」
私たちのデザインプロセスでは、プロダクトの完成形に至るまでに数え切れないほどの試作と検証の積み重ねがあります。Wheeliyの開発も例外ではありません。プロトタイプを制作し検証を行うというサイクルを何度も繰り返しました。
シンプルでミニマルなフレーム設計は、見た目の美しさもさることながら、メンテナンス性向上にも寄与します。複雑なパーツをなるべく排除し、必要最低限の要素で構成することで、壊れにくく、日々の手入れもしやすい設計になっています。しかし、シンプルであることは簡単ではありません。このシンプルなフレームデザインを実限するには、ひとめではすぐにわからない複雑なプロセスを経ています。発注を受けた段階で、長いフレームをその人の体型データにもとづき最初はカットしているのです。そうすることで、購入後に調整を加えるためのヒンジやスライド機構といったパーツを排除することできます。これは、最終完成品についてだけではなく「製造工程そのもの」をエンジニアと一緒に考えるという、目に見えないプロセスをデザインした結果です。

Wheeliyの開発において、カラーリングの検証も非常に重要でした。車椅子が単なる医療機器としてではなく、暮らしのなかに自然に溶け込むプロダクトとなるよう、そして生活者にとって、所有する喜びや誇りを感じられる色を追求しました。
私たちは数十パターンのカラーバリエーションを用意し、さまざまな住環境の照明や材質といった要素との調和を徹底的に確認。白熱灯の温かな光のもとではどう見えるか、蛍光灯ではどのような印象になるか、さらには自然光のもとでの発色はどうかといった細かな検証を重ねていきました。
最終的に選ばれたのが、Coal black / Mist white / Sand pink / Ice blue の4色です。それぞれに異なるトーンと個性があり、ユーザーの生活スタイルや価値観に応じて選べる幅を意識してカラー設計されています。もちろん、カラーバリエーションを複数持つことは、製造や在庫の面での負担が増すという課題もあります。しかし、プロダクトとして「選ぶ楽しさ」を提供することは、生活者にとって大きな価値であり、市場でWheeliyが「選んでもらえる」理由になると考えました。

車いすのハンドリム(タイヤの外側についている押し手)は、見た目にはわからないようなわずかな形の違いが実際の使い心地に大きく影響します。私たちは、断面形状の異なるいくつかの試作品をつくり、素材の感触や滑り具合などを1つひとつ丁寧に検証しました。手にどれだけフィットするか、長時間使っても疲れにくいか、暑い日や寒い日でも快適に使えるか、さまざまな観点から検討を重ね、最適な形を探っていきました。
最初は、私たち自身の手の感覚を頼りに、「握りやすさ」を重視した断面形状を考え、表面にシリコン素材を使って摩擦を高める工夫をしました。ところが、実際にユーザーに試してもらうと、そもそも握ることが難しい人もいることに気づかされました。結果的に、もっともシンプルな正円の形状が、誰にとっても扱いやすく、今回の製品にはふさわしいことがわかったのです。さらにシリコンは手の平との間に摩擦を生むため、前に進む際の力は伝えやすくなりますが、逆にブレーキをかけるときは摩擦によって熱が発生し、危険になる可能性があることもわかりました。こうした発見は、頭で考えているだけでは得られず、実際に試してみることの大切さを改めて感じる経験となりました。

こうした細部の1つひとつが、使う人の「気づかないストレス」を減らし、暮らしを静かに支えてくれる。Wheeliyに込めた“やさしさ”は、数字やデータといった事業を構想する上での判断基準となりやすいものには現れにくいかもしれません。しかし、この“やさしさ”は使い手の心理や行動に深く影響を与える要素であり、プロダクトとしての質を大きく左右します。そしてその積み重ねこそが、結果的に市場での競争力につながっていくのだと、私たちは確信しています。
