【新連載】新しい動詞をデザインする:クルマイス「Wheeliy」編

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世界中から届く「使いたい」という声

 Wheeliyはそのデザイン性と思想の深さにより、iF Design AwardやRed Dot Design Awardをはじめとした賞の受賞や、独ミュンヘンのピナコテーク・デア・モデルネや、デンマークのデザイン・ミュージアム・デンマークといった美術館のパーマネントコレクションにも選ばれています。

 プロダクトが市場に出たあと、私たちにとって非常に印象深い出来事がありました。それは、海外からの問い合わせが次々と届くようになったことです。ヨーロッパやアジア、北米などさまざまな地域から月に一度ほどのペースで、「この車椅子を購入したい」「自国で販売したい」という連絡が寄せられるようになったのです。

 モルテンとしては国内向けに開発していたため、現時点では海外展開をしていません。それでも、習慣や文化の壁を超えてWheeliyに共感してくれる声が届くことに驚きながらも、デザインが世の中へ与えるインパクトの大きさを改めて実感しました。

 プロダクトとしてのスペックだけを見れば、世界にはもっと軽い車椅子や、高機能なモデルもあるかもしれません。それでもWheeliyが注目される理由は、「それがどのような価値観でつくられているのか」といったストーリーまで含めて、プロダクトから伝わってくるからではないかと考えています。

世の中に「新しい動詞」をつくる

 デザインをするうえで「徹底的に生活者に寄り添う」「プロダクトの細部にまでこだわる」という姿勢は非常に重要です。しかし、私たちがもうひとつ大切にしている考えかたがあります。それは、デザインを「名詞」としてではなく、「動詞」として捉えることです。

 つまり「車椅子」をデザインするのではなく、「社会の中で、シームレスに移動する」をデザインする、という視点です。人々が本当に求めているのは、車椅子という「モノ」そのものではなく、それを通じて得られる移動という「体験」です。

 もし私たちが、デザインする対象を名詞としてのみ捉えていたなら、既存の車椅子をベースに「いかに軽くするか」「いかに速くするか」といった単一的な機能性の改善にとどまっていたかもしれません。そのような既存の市場にある顕在的な課題解決だけでは、機能や価格の競争に巻き込まれ、やがて限界がきてしまいます。しかし、「社会の中で、シームレスに移動する」といった動詞の視点を持ったとき、そこには車椅子を取り巻く環境や関係性、社会的な課題までもが浮かびあがってきました。この視点を持つことで初めて「介助者」という存在が明確に見えてきたのです。そしてその発見が、Wheeliyの設計全体を形づくる基盤となり、新しいコンセプト「利用者にも介助者にも使いやすい車椅子」をつくることにつながりました。

 このように「新しい動詞をデザインする」という視点は、世の中にまだ存在しない価値をかたちにする、新規事業開発において非常に重要です。なぜなら、事業の本質とは、社会に新しい行動変容を生み出すことだからです。(もちろん社会にとって良い行動変容です)

 人の暮らしをより良いものにするプロダクトは、「こんな体験が欲しかった!」と感じさせるような、新しい行動そのものを提案することから生まれるのものだと私たちは考えています。まだ名前のついていない動詞、まだ意識されていない行動、そうした兆しを発見し、世の中にかたちあるものにしていくこと。それが、MEDUMの考えるデザインの役割であり、そして新しい事業の出発点でもあるのです。