【新連載】新しい動詞をデザインする:クルマイス「Wheeliy」編

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見えてきた「もうひとり」のユーザー

 車椅子利用者のリアルな生活文脈を理解しようと考えたものの、開発チームの前に最初に立ちはだかったのは「私たち自身がユーザーではない」という事実でした。チームの中に車椅子生活を送っているメンバーはいない。つまり、当事者の視点を持って、何が不便で、何が望まれているのかを生活のなかでリアルに知る手段がなかったのです。

 そこでまず私たちが始めたのは、頭の中だけで仮説を立てるのではなく、外に出向き、徹底して車椅子ユーザーリサーチを行うことでした。街で実際に車椅子を使っている方々を観察したり、車椅子生活の方をお呼びして実生活についてインタビューをしたり、車椅子の販売代理店のところに行って、購入者からはどのような要望や相談があるのかを伺ったり……。現場に足を運び、声を聞くことで見えてきたものがありました。

 それは、「車椅子はひとりで使うものとは限らない」ということ。タクシーや地下鉄での移動など、車椅子に不慣れな第三者に介助をお願いする場面が多々あることを知りました。たとえば、タクシー運転手に車椅子を畳んでもらい乗車する。駅員に段差を越えるために少し持ち上げてもらう。そういった、偶然その場にいる他者の手を借りながら生活していたのです。

 つまり、「介助する人」は特定の誰かではなく、生活のシーンによって都度変わるからということです。そうした車椅子に不慣れな人たちでも直感的に扱うことができるようになれば、シームレスな移動を実現できるのではないか。そこから「利用者と介助者の両者」にとって使いやすい車椅子というデザインコンセプトが生まれました。これは、機能性だけを追求していくのではなく、生活者文脈に寄り添うことで見えてきた今までの車椅子市場にはないユニークな視点となり、ここから一気に開発のスピードが加速していきました。

 「利用者にも介助者にも使いやすい車椅子」をコンセプトとして掲げた私たちは、それぞれの立場から車椅子がどう扱われるかを観察し、1つひとつの行動に対して、実際にどのようなデザインであれば、直感的なユーザビリティを実現できるのかを考えていきました。

 たとえば、車椅子を持ち上げて段差を越える場面。これは、日常的に発生しますが、慣れていない人にとってはかなりの不安を伴います。そこで私たちは、車椅子のフレームの一部に黄色のラインをあしらいました。これは持つべき場所を示す視覚的なサインであり、車椅子利用者が簡単に説明できたり、介助者にとっては直感的に理解したりするためのガイドになっています。

 また、車椅子を畳んで収納する場面もよくある日常の1シーン。とくにタクシーの利用時には、素早く、安全に畳めることが求められます。そこでクッションの下に仕込んだハンドルにも、同様に黄色いサインを施しました。そのハンドルを引くだけで簡単に折りたためる構造にすることで、タクシー運転手のような使いかたを知らない人でも迷わず扱えるようにしています。

 このような工夫は、単なるプロダクトデザインとしての利便性の向上にとどまりません。「介助する側の不安」を減らすことは、「介助される側の安心感」にもつながります。お互いに緊張せずに接することができれば、その体験自体がもっとフラットで自然なものになる。それこそが、私たちがこの事業/プロダクトづくりで目指した、「社会のなかでのシームレスな移動」を当たり前にすることを目的とした「行動変容を促すためのデザイン」と言えるでしょう。