「らしさ」をデザインする――ステーションヘルスケア施設「DotHealth」編

「らしさ」をデザインする――ステーションヘルスケア施設「DotHealth」編
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 クリエイティビティを軸に新規事業開発を行っているquantumでCDO(Chief Design Officer)をつとめ、インハウスデザインスタジオ「MEDUM」を主宰する門田慎太郎さんが、実際に手掛けた事例をデザイン視点で深掘りしていく本連載。第4回は、ステーションヘルスケア施設「DotHealth」を取りあげます。

 今回は、「デザイン」と「ブランディング」をテーマにお話しをしていきたいと思います。

 そもそも「ブランディング」と聞くと、皆さんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。ロゴやパッケージをかっこよく整えること、広告をおしゃれに見せること、といった印象を持つ方も多いかもしれません。ですが、私たちが考えるブランディングはもっと本質的なものです。

 事業やプロダクトが持つ独自の「らしさ」を見つけ出し、それをかたちにし、世の中に一貫して伝えていく営み。それがブランディングの役割だと考えています。

 今回、解説する「DotHealth」も、まさにその「らしさ」をどう具現化するかに挑んだプロジェクトです。JR西日本が立ち上げたこのサービスは、駅という日常の動線上で、誰もが気軽に健康チェックができる新しい仕組みをつくろうというもの。便利さや先進性と同時に、公共空間にふさわしい信頼感や親しみやすさも求められる難しいテーマでした。

 「DotHealthらしさ」をどう見つけ出し、どうやって実体のあるデザインへ落とし込んでいったのか。その過程を通して、ブランディングの本質を考えてみたいと思います。

駅から始まる、新しい健康習慣

 プロジェクトの出発点は、移動のハブである駅を「健康のハブ」としても機能させたいという、JR西日本と博報堂の構想から始まりました。駅は数多くの人が日常的に行き交う生活のハブ。ここで気軽に健康チェックができれば、「病院に行くほどではないけれど、体の状態を知りたい」というニーズに応え、健康管理を特別なものから日常の習慣へと変えることができると考えました。

 そこで立ち上がったのが「DotHealth」というサービスです。DotHealthでは、肌年齢や内臓脂肪、脳の健康度などを最先端の技術で数分のうちに測定することができます。測定データは継続的に記録され、1週間後、1ヵ月後、1年後と積み重なっていく。健康状態を点として可視化し、それを線としてつなげていく仕組みです。

 事業開発を担当したのはJR西日本と博報堂関西支社。センシングポッドなどの設計はJR西日本テクノスが、そして私たちMEDUMは、プロダクトデザイン、空間デザイン、グラフィックデザインを含む事業ブランディングを担いました。

 各社で役割を分担しながらも、共通の問いはひとつでした。それは、「健康を数値として測定し、生活者が自分で管理する未来」を実現するための、駅中で気軽に利用できるヘルスケア拠点のデザインとはどんなものだろうか?ということです。

 この問いは簡単そうに見えて、実は非常に難しいものです。ヘルスケア拠点としての先進性や安心感を確保しつつ、同時に街中で気軽に立ち寄れる親しみやすさを備えること。このふたつは時に相反する要素だからです。

 もし「先進的すぎる雰囲気」が前面に出れば、人々は近寄りがたく感じてしまうかもしれません。一方で「カジュアル」に寄せすぎれば、ヘルスケア拠点としての信頼を損なってしまうでしょう。そのバランスをどのようにとるのかをしっかり考える必要がありました。

 もうひとつの大きなポイントは、「駅」という場所ならではの制約でした。駅は常に多くの人が行き交い、広告や案内標識など膨大な情報が飛び交う空間です。そのなかでも「ここに健康チェックができる場所がある」とすぐに理解してもらえる工夫が求められました。さらに公共空間である以上、安全性や周囲への配慮も欠かせません。

 これまで健康管理は、病院やクリニックといった「特別な場所」で行うものでした。しかしDotHealthが目指したのは、通勤や買い物の途中に自然と立ち寄れる「日常の延長線上での健康チェック」。誰もが身近に利用できるからこそ、継続的な健康意識が育まれる。つまり、駅を起点に、新しい社会インフラを生み出す、そして、それにどのようなブランドとしてのかたちを与え、人々に知ってもらうのか――。それがこの事業ブランディングのゴールでした。

ブランディングとは「らしさ」を形にすること

 私たちがブランドをデザインしていく際にもっとも大切にしているのは「らしさ」を明確にすることです。もう少し具体的に言うと「独自提供価値をはっきりさせ、それを一貫して発信する」ということです。

 らしさを明らかにすることは、外からかっこよさや派手さを持ち込んで飾り立てることではありません。すでにその事業や組織の内側に眠っている資産を掘り起こし、言語化や可視化を通じて磨き上げていく営みだと捉えています。そうして純度を高めていくことで、市場で競合と区別できる「らしさ」が浮かび上がり、信頼や共感が積み重なっていきます。

 そこでいちばん重要なのは、チーム内で視点を合わせることです。

 ブランドの価値は目に見えにくく、人によって解釈が揺れやすい領域です。担当部署や役職が違えば、「ブランドが大切だ」と言いながらも、それぞれが違うイメージを思い浮かべていることも珍しくありません。だからこそ、ワークショップやディスカッションを通じて、自分たちがこの事業を通して「何を目指すのか」というパーパス(目的)を明確にすること。そして、顧客との関係を築くために、「誰に」「何を」「どう感じてもらいたいか」を、言葉とビジュアルの両面で共通認識をつくること。それが欠かせません。ブランドは経営陣だけのものでも、デザインチームだけのものでもなく、組織全体で育てていく資産だと言えます。

 私たちがブランド開発をする上でモデルにしているフレームワークがあります。それは、アメリカのマーケティング学者、ケビン・レーン・ケラーが提唱した「ブランドエクイティピラミッド」です。

 このフレームワークは、顧客がブランドとどう関係を深めていくのかを段階的に示したものです。最下層にあるのは「認知/認識」。まず存在を知ってもらわなければ、どんな価値も届きません。次に、価格や性能、コストパフォーマンスといった理性的な判断を支える要素「機能/性能」が積み上がります。その上に「ブランドのイメージ」があり、さらに「感情的評価」が重なります。この感情的評価とは、「先進的で信頼できる」「親しみやすく安心できる」といった印象のことを指します。そして最上層に生まれるのが「顧客とブランドの深い繋がり」。理性的関与と感性的関与の両方を満たすことで、長期的な信頼や愛着が育まれるのです。

 DotHealthのプロジェクトにおいてもこのフレームワークがベースにあります。

 ブランドパーパスである「駅から始まる、新しい健康習慣をつくること」がチームの共通認識としてあり、駅構内でわずか数分間のうちに、肌年齢や内臓脂肪、脳健康度など数十項目を測定できるという「機能/性能」は、すでに際立った独自性を持っていました。これだけでも理性的な判断としては十分に魅力的です。しかし、そこで立ち止まってしまうと、単なる「便利な健康測定装置」にとどまります。重要なのは、この機能をどのようなブランドイメージに結びつけ、どんな感情的評価と抱き合せて認知してもらうのか。言い換えれば、ユーザーがこの事業を「どんな存在として受け止めるか」を丁寧に設計する必要がありました。