ファンづくりに必要な「想い」と「行動」――「AuB」鈴木啓太さんと博報堂 福井さんが考える

ファンづくりに必要な「想い」と「行動」――「AuB」鈴木啓太さんと博報堂 福井さんが考える
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2025/05/16 11:00

 博報堂のクリエイターたちが「今会いたい有識者」と語り合う対談シリーズ。今回のお相手は、元サッカー日本代表選手で、現在は「すべての人を、ベストコンディションに。」をミッションに掲げるAuBで代表をつとめる鈴木啓太さん。コマース領域を起点としたクライアント企業の企画開発・事業支援を担当する博報堂の福井健史さんと、「ブランドづくり」と「ファンとの向き合いかた」をテーマに意見を交わしました。

「D2Cのビジネスを立ち上げるつもりはなかった」の真意

福井(博報堂) 鈴木さん、本日はよろしくお願いします。鈴木さんのことはプレイヤーとしても大好きな選手でしたが、それだけではなく起業家としても長く注目させていただいています。

私は学生時代にスポーツビジネスを学んでいて、ファンから愛されるチームのつくりかたやクラブのファンをいかに増やすかといったことをフィールドワークを通じて考えていました。そこから転じて現在は、ファンを生み出す企業アクションやコンテンツとは何かを模索しています。そういった背景から、元サッカー日本代表選手でありながら、現在はウェルネスの領域でD2Cビジネスを展開されている鈴木さんと、ぜひファンづくりについて広くお話をしたいと思っていました。

株式会社博報堂 CXクリエイティブ局 クリエイティブディレクター 福井健史さん
株式会社博報堂 CXクリエイティブ局 クリエイティブディレクター 福井健史さん

鈴木(AuB) ありがとうございます。実はもともとD2Cのビジネスを立ち上げようとは思っていなかったんですよ。最初は自分のようなアスリートのパフォーマンスを改善できるのではないかと、腸内細菌が持つ可能性に興味を抱いたのがきっかけで。それをアスリートのデータをもとにサポーターにも広げていくことで、多くの人が元気にスタジアムに通える世界をつくれたらと思っていたんです。

アスリートは自分の身体に真剣に向き合う半面、それをほかの人に共有しません。パフォーマンスに直結するものなので、ある意味では当たり前とは言え、それを民主化できればおもしろいじゃないですか。

くわえてアスリートは「エンターテインメント」としての側面にとどまらず、もっといろいろな価値を提供できるのではないかという思いもありました。その第一歩として「腸内細菌」と「アスリートのデータ」が活かせるのではないかと考え立ち上げたのが、研究開発を軸にした「AuB」です。

最初のプロダクトをリリースしたのは2019年12月。紆余曲折がありましたが、今はD2Cのフィールドでより多くの人に私たちの提供価値を届けたいと考えています。

福井 もともとのゴールと、結果的に現在取り組んでいるものとが異なるのはとても興味深いです。

鈴木 そうなんですよ。サプリメントや健康食品を扱う企業になりたいといった思いはなく、あくまで「自分たちの研究を多くの人に届ける方法」としてD2Cに取り組んでいる。そんなイメージです。

AuB株式会社 代表取締役 鈴木啓太さん
AuB株式会社 代表取締役 鈴木啓太さん

では今何をやりたいのか。その問いの答えは「多くの人の行動変容を起こすための『気づき』を生み出すこと」です。

2006年にドイツで開催されたサッカーのワールドカップで、ある選手が足をつってしまいました。必要な水分量やマグネシウムが不足していた可能性があるのですが、見方を変えれば「自分の栄養状態」を把握しきれていない選手が多かったように思います。そのベンチマークがあれば、しっかり水を飲む、このビタミンを取るといった行動の変化につながっていたはずなんですよね。そういう仕組みをつくることができないかと、日々模索しています。

ブランドの説得力に必要なのは「準備」と「くさび」

福井(博報堂) なるほど。行動変容を促す前段階として、今はプロダクトを届けているんですね。ちなみにAuBのブランド運営で意識していることはありますか?

鈴木(AuB) 現在、多くの企業が健康食品やサプリメントを扱っていますよね。そのなかで各社がさまざまなデータをもとにアピールをしていますが、「最終的に重要なのは『腸』」だという確信が私にはあるんです。消費者へいかにこのメッセージを伝えるかは心がけていますね。そのうえで「アスリートのデータ」を持っているのは私たちの強みですし、それもふくめて、手を変え品を変えコミュニケーションをしなければならないなと。

福井さんに伺いたいのですが、たとえば「腸内環境は重要ですよ」と伝えたいとき、どういうコミュニケーションが効果的なんでしょうか。

福井 近年の健康にまつわる領域は「マイナスをいかにゼロにするか」といったネガティブチェックの視点で語られることが多いと思うんです。健康診断が良い例で「ここが悪いからこれをやめましょう」とか「すぐに治療してください!」と言われる。結果表もそういう書きかたが多いため、家族も含めて他の人に見せたくないものになってしまう。

そうではなく、もっと前向きに楽しくできるような仕掛けがあると良いかもしれません。「こういう人になりたいなら、こんなものが必要ですよ」「あなたはこの能力が高いから、さらにここを伸ばすと足りない部分を補えるので全体として数値が良くなります」とか。こういった取り組みを「AuB」が行うのはとても説得力がありますし、鈴木さんがおっしゃっていた「気付き」にもつながるのではないでしょうか。

鈴木 最近まさにそんなことを考えていました。ベッドやトイレなど、絶対に生活のなかで使う場所で健康診断をできるようにし、どんどんデータをとっていく。たとえばトイレで用を足したら、その匂いなどをスコアリングするんです。その結果が60点だったとしたら、100点にするために必要な食事やオススメの飲食店を紹介したり、スーパーで買うと良い食品を教えてくれたりするのはおもしろいかなとか。

福井 めちゃくちゃ良いですね!

鈴木 ただ、そういう世界観があるとしても「なぜ、AuBなのか」という説得力をどのようにつくれば良いんだろうとも考えています。

福井 ひとつは、何か世の中が大きく変動するタイミングに備えて、地道に準備することだと思います。コロナ禍によってオンライン会議が当たり前になり、ZoomやTeamsが大きく広がったようなイメージですね。

もうひとつの方法は「ニュースをつくり続ける」こと。これは話題づくりを指しているのではなく、ブランドとして伝えたいビジョンをさまざまな形に現象化していくということです。現象が数珠つなぎで生活者の頭の中で結ばれていけば、投下型のメッセージをするより強力なコミュニケーションになります。

さきほどのトイレでスコアリングする話であれば、大きな街に鈴木さん監修のトイレを設置してみるのもとてもおもしろいですよね。「何で鈴木さんが取り組んでいるんだろう?」という疑問から、AuBさんのビジョンを知るきっかけになっていくはずですから。

鈴木 現象をつくって「くさび」にしていくイメージですね。そういった点がまだ不足しているからか「腸活のサプリメントを作っているんですよね」と言われることも多い。それがとてももどかしくて……。

福井 どんなに発信力のある人でも、伝えたいことをちゃんと理解してもらえることは想像以上に少ないんですよ。鈴木さんも誰にでもわかりやすい発信ができるからこそ、ラベルを貼られてしまうことが多いのかもしれませんね。

大切なのは、見せかけの企画をつくらないこと

福井(博報堂) ちなみにAuBでは、どのように「ファンづくり」に取り組んでいるんですか?

鈴木(AuB) もともと届けたかったアスリートだけでなく、そこに近しい「ビジネス」を頑張っている方に「体のパフォーマンスを向上させるために使ってください」と商品を提供し、ブランドアンバサダーのように活動してもらっています。最近ではアンバサダー同士の意見交換会も始まりました。

広くナーチャリングするという観点では、ストーリーに共感してもらうのはもちろん、扱うジャンルの特性として「信頼」や「安全」が重要。そのため、研究チームの取り組みや世界中の論文内容などを自社メディアで発信しています。

とはいえベンチャー企業が届けられる範囲は、限定的なのも事実です。まずはしっかり近いところから固めていき、そのコミュニティに外部の人を連れてきてもらう仕組みをもっと強化したいと考えています。

福井 ファンづくりにおいて新しい人を連れてくるのは重要ですね。そういう意味では、プロ野球チームの広島東洋カープは好例です。広島市民球場には昔から応援しているファンが多かったのですが、あるときから「カープ女子」が応援に駆け付けるようになりました。ロイヤルカスタマーとの間でハレーションが起きそうなものですが、結果的にはむしろ互いに刺激しあっていっそう盛り上がっていた。手厚く奉仕するだけではなく、「新しい層へのアプローチによって外から新しい変化をつくっていくこと」が強いファンを生み出すために本当に大切なのだと改めて実感します。

それともうひとつ重要なのが「シンボルユーザー」をつくること。ブランドはプロダクトと顧客が合わさってこそ誕生するものなので、その核となるユーザーをいかに生み出せるかがポイントです。AuBでいえばビジネスアスリートにあたると思うのですが、ブランドを体現するシンボリックなユーザー層をつくりだすのも不可欠だと思います。

鈴木 シンボルユーザーの話を聞いて、以前ある人に「D2Cとはお風呂だ」と言われたことを思い出しました。浴槽の底に穴が空いていたら、ちょろちょろとお湯を貯めても全部流れてしまう。だから、とにかく蛇口を太くして一気に水量を流し込む必要があると。

福井 そうしてある程度溜まったら新しい人を連れてきて環流を生み出し、ユーザー層を広げていく。おもしろい例えですね。

鈴木 その点、AuBは最初の水が細すぎたかもしれません。ブランドを丁寧につくりこんだがゆえに、それが足かせになってしまっている可能性もあると感じます。先ほど話したように信頼性や安全性も重要なため、ベンチャーながら少し動きが重たい部分があることも否めません。

以前サッカーの日本代表を率いていたオシム監督じゃないですが、今後はもっと「走りながら、考える」ことが必要かもしれません。福井さんが出してくださったトイレを作るアイデアのように、どんどん新しいチャレンジをしないといけませんね。

福井 そのときにとくに大切なことがひとつあります。それは「作るもののクオリティ」です。既存のブランドのファンも、今までブランドに関わりがなかった人も、あらゆる人を圧倒するように作り込むこと。以前、とある高級ブランドが、プロモーションのためアニメを制作したことがありました。これまでのブランドイメージとはまったく異なる手法でしたが、アニメファンでも驚くくらい質の高いコンテンツをつくることによって、既存のファンからも、それ以外の生活者からも「さすがだな」と賛辞が送られていました。ビジョンを体現する大切なメッセージになるものなので、コンテンツに限らず、見せかけの企画をつくってはいけませんよね。

マーケットインにも必要な「プロダクトアウト」の要素

福井(博報堂) 最後にお聞きしたいのですが、スポーツ選手と経営者でファンづくりの方法は異なると感じますか? 違いがあればぜひ聞かせてください。

鈴木(AuB) 現役選手だった最初のころは、あくまで自分の夢をかなえるためにプレーしていて「ファンのためにサッカーをしていない」というスタンスでした。ですがそんななかでも、「ファンに支えられている」と思うことも増えていくわけです。今では、プロサッカー選手は、契約書にサインしたタイミングではなく「ファンに認められた瞬間」にこそ誕生するのだと考えるようになりました。

実はこれって、そのままプロダクトアウトとマーケットインの話だと思うんですよね。最初はAuBも「ファンのためにつくりたい」と思いつつ、自分の作りたいものがベースにありました。それがどんどんファンの求めるものへ向かうようになっていった。この変化に気付くときが、楽しいですよね。

福井 たしかに、いちサッカーファンとしても心当たりがあります。自分の想いに一途で荒削りだった若い選手が、ファンから求められるプレーで期待に応える選手になっていく。どちらの時代のプレーも魅力的ですが、この変化しているプロセス自体が愛せるものです。プロダクトアウトとマーケットインの両方の必要性を時間軸もふまえて捉える。これは大きな気づきになりました。

鈴木 ブランドでも「自分たちがこういう世界を実現したい」という想いがまずあるべきですよね。そしてそこに、たくさんの人が集まってくるようになるのが理想です。

福井 「SNSの時代だから、企業は多様な人に向け間口を広くオープンにしましょう」というほど単純ではないんですよね。やはり企業にもブランドにも人格や意思があるのが当たり前ですし、鈴木さんのような想いのある人が、考え、動かしているのだから当然です。むしろ、それこそが魅力になりますし、現在進行系で変化していくさまもまるごと共有していくことが、ファンに愛され続ける理由やファンが次々生まれていく原動力になっていくのだと思います。 

鈴木さん、今日はありがとうございました!

福井健史(株式会社博報堂 CXクリエイティブ局 クリエイティブディレクター)

博報堂入社以来、メディアや手法にとらわれないブランドアクション・コンテンツ開発に従事し、受賞歴に、ACC金賞、ADFEST金賞、Spikes Asia、新聞広告賞大賞、グッドデザイン賞など。近年はコマース領域を起点としたファンづくりを提唱し、近著に『博報堂式 ECから始める、これからのマーケティング』(翔泳社・共著)がある。

鈴木啓太(AuB株式会社 代表取締役)

サッカーどころ静岡県に生まれ育ち、小学校時代は全国準優勝。中学校時代は全国制覇を成し遂げ、高校は東海大翔洋高校へ進学。その後2000年に浦和レッズに加入。2015シーズンで引退するまで浦和レッズにとって欠かせない選手となる。2006年、オシム監督が日本代表監督に就任すると、日本代表にも選出され、初戦でスタメン出場。以後、オシムジャパンでは、唯一全試合先発出場を果たす。現在はサッカーの普及に関わるとともに、腸内細菌の研究をベースに腸ケア商品を開発・販売するAuB株式会社を立ち上げ、「すべての人を、ベストコンディションに。」をミッションとして日々研究をするなど、スポーツビジネス、健康の分野でも幅広く活動。