制作だけにとどまらないクラスターのメタバース構築 強みは「完全内製」
――まず、おふたりのご経歴や担当業務について教えてください。
柴垣 CGに興味を持ち始めたのは、もともとゲームが好きだったからです。現実世界にないことを表現できる点に、魅力を感じていました。新卒ではゲーム会社に入社し、おもに3DCGデザイナーとしてCGデータ制作を行っていました。その後クラスターに転職し、現在は入社して5年目です。10年後、20年後の世の中を想像したときに、コンピュータがこのまま進化していけば経済活動の中心地はデジタル上になっていくだろうと考えていたところにメタバースという概念を知り、「これは楽しそうだぞ」と思ったのがクラスターに転職したきっかけでした。
入社後は、メタバース空間の背景制作を中心に、モーションやエフェクトなども手がけてきましたが、現在はエンタープライズCG制作グループでマネージャーをつとめています。
エンタープライズCG制作グループには、約20人のメンバーが所属。細かい役割の違いはあるものの、全員がジェネラリストのように動いています。5~6人で構成される3つのチームを編成し、クライアントの課題や要望に柔軟に応えられる体制を整えています。そうした業務フローの最適化や、新しい技術を取り入れていくための準備、また最近はCGデザイナーの評価制度整備にもマネージャーとして着手しています。
成田 新卒でサイバーエージェントに入社し、12年ほど勤めました。インターネット広告部門に所属したあと、子会社の立ち上げや事業責任者を経験。直近ではサイバーZというスマホアプリの広告に特化した広告代理事業を行う子会社で、営業の統括と韓国・台湾・サンフランシスコのシステム責任者、マーケティング部門責任者などを兼務していました。2019年10月よりクラスターに参画し、BtoB部門の立ち上げを担ったのち、2020年9月より取締役COOをつとめています。
――クラスターのBtoB事業では、どのような要望が寄せられていますか?進行時の体制とあわせてお聞かせください。
成田 顕在化していない漠然とした課題をメタバースによって解決してほしいといった依頼が多いです。「海外拠点が多く企業として一体感をつくることが難しいから、バーチャル上で集まれる場所を用意したい」「すでにCMなどによって認知度も高い商品で、今までとは異なるタッチポイントをつくりたい」などの要望もありましたね。
またクラスタ―では、会場のセットをバーチャル空間で構築し、ゲストを呼んでイベントを開催するケースもありますが、その際は運営までサポートすることも多いです。バーチャル空間やエフェクトの“制作”だけに留まりません。
柴垣 プロジェクトは、プランナー、ディレクター、CGデザイナーという3つのセクションが協力して進めていきます。プランナーが営業と要件を揃え、ディレクターが具体的にどのように実装するのかを調整。それをもとにCGデザイナーが開発するというのが基本の流れです。その際、CGデザイナーがCGの負荷や実現可能性を判断し、お客さまに提案することもあります。
成田 また案件によっては、テクニカルアーティストなどが加わるケースもあります。こういった多様な技術を持ったメンバーが所属しているため、完全に内製できる点がクラスターの強みです。
メタバース制作で成果を出すポイントは「また訪れたくなるか」
――成果をあげているプロジェクトの共通点を教えてください。
柴垣 結果が出るのは、繰り返し訪れたくなるような会場をつくりあげることができたときです。
たとえば、クライアントが期待しているのが社員同士の交流を活性化させるためのメタバース空間であれば、コミュニケーション量に応じて、空間内のオブジェクトが育っていく仕掛けを加えることで、メタバースに入るモチベーションをアップさせるといった具合です。
成田 ビジネス視点でも「また行きたくなる」ことは重要です。ひととおり回ったら体験自体は完了してしまうため、スタート地点に立ってただ動画を観るような空間ではおもしろくありません。
たとえば○×クイズを行うのであれば、UI上で○か×かを選択するのではなく「○は左のエリアに、×は右のエリアに移動する」と実際に体験するほうが楽しいですよね。メタバースにはこうした「身体性」があるため、周りの人と一緒に取り組み、そこで出会った人と違う場所へ出かけるといったつながりやコミュニティが生まれやすい。メタバースは、コミュニティマーケティングという観点からも効果が見込める施策なのです。
柴垣 近鉄不動産さんがcluster上で公開した「バーチャル志摩グリーンアドベンチャー」も反響が大きかったですね。まだオープンしていない施設を開業より前にバーチャル空間で体験してもらったことで、実際の施設の予約にもつながりました。
――交流を促したりする際に効果のあるcluster上の機能はありますか?制作時に意識していることとあわせて教えてください。
柴垣 clusterでは、ワールドやプレイヤーにさまざまな変化を起こさせる「ギミック」という仕掛けを設置することができます。参加者が集まることで初めて達成できるギミックを用意し交流を促進させるなど、多人数で関わることによって変化が起きる仕組みも効果があります。これらを簡単にプラットフォーム上で設計できる点も、clusterならではの特徴です。
そのなかで心がけているのは、メタバース空間に入ったときのファーストビューです。クライアントの目的をおさえながら課題を解決し、そのうえでどのようにビジュアルのインパクトを残すのか。ここはCGデザイナーとしての腕の見せどころです。
成田 設計する際には、「人溜まり」をつくることもオススメです。コンテンツを詰め込んでしまうとユーザー同士が立ち止まって話す機会がなくなり、ただ空間を一周するだけになりがちです。それを防ぐため、どこかに行く前にふらっと立ち寄って仲間と話すことができる、交差点のような場所を設置すると良いでしょう。これによって、ユーザーの交流を活性化することができます。
たとえばcluster公式では「clusterロビー」という最初に訪れる場所としての「人溜まり」を用意しています。ここにはメタバース初心者も、長年使用いただいているユーザーも自由に出入りしており、立ち話や雑談をしている姿が日常的にみられます。クライアントさまのイベントではやはり「コミュニケーション」や「コミュニティの醸成」を重要視されていることが多く、そういった場合はこのような「人溜まり」を作っていただくことを提案しています。
また空間のどこに滞在したかをデータで正確に把握できるため、人がどこに溜まりやすいかも一目瞭然です。そういったデータは、広告を掲出するときに役立てることができます。
柴垣 そういったデータづくりにもCGデザイナーが関わっています。clusterは、VRゴーグルだけでなく、スマホからPCまで幅広いデバイスで利用することができるので、データ量の軽さは業界でもトップレベルだと自負しています。そのためデジタルツイン制作の案件で、「もとのデータがあるけれど、そのままだと重くて使えない」場合でも、その優れた軽量化技術を応用することでデータを軽くすることもできる。そのうえで、新しい使い道を提案することが可能です。
顧客の課題解決も、クリエイティビティを発揮する場面のひとつ
――クラスタ―のクリエイティブにおける強みは、どういった点にあるのでしょうか。
成田 そもそもクリエイティブの良さは、一問一答では表現できないものだと思っています。ひとつの課題を回答するときに一言で返すのが言葉だとしたら、複数の課題をひとつの答えで解決できるのがクリエイティブだと思うからです。
こんな体験をしてほしい。帰ったあとにはこんな写真を投稿してもらえたら――。clusterの仕組みを組み合わせることで、そういった複数の要望をひとつのクリエイティブで解決できる。そういった点も、クライアントさまから高い評価をいただいている一因ではないかと感じています。
以前clusterでは、アニプレックスがウォルト・ディズニー・ジャパン協力のもと制作するスマートフォンゲーム『ディズニー ツイステッドワンダーランド(Disney Twisted-Wonderland)』の「バーチャル ハロウィーンイベント2021」を開催しました。このゲームは2Dでのみ展開していたため、3Dでイベントを行う場合、建物の裏側や奥行きなどの存在しない部分も想像でつくる必要がありますが、私たちはクライアントの監修のもとしっかりクリアすることができた。要望に応えられるCGスキルを持っていることも、クリエイティブ面の大きな強みです。
柴垣 「クリエイティビティ」と「課題解決」は両立しづらいイメージがあるかもしれませんが、相反するものではないと感じています。顧客が抱える問題をどのようにスマートに解決し、形にするかを考えることも、クリエイティビティが発揮できる場面のひとつ。クライアントの最重要課題を見極め、それを一気に実現するクリエイティブづくりは意識しています。
またクライアントがメタバースでできることのイメージが湧きづらいことから、自然とCGデザイナーから提案できる幅も広くなります。クラスターではひとりのデザイナーが会場をまるごと制作するなど分業制とは対極なつくりかたをしているため、プラットフォームの枠組みがあっても創造性を発揮しやすい環境だと感じています。CGデザイナーの働きかたとして、ここまで裁量が大きいことも珍しいのではないでしょうか。
制作で意識している「スケール感」 今後は「新たな体験づくり」と「海外進出」へ挑戦を
――印象に残っているプロジェクトはありますか?
柴垣 東京発のイノベーションを創出し、未来の都市モデルを発信する国際イベント「Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo」を推進する取り組みの一環として制作した「Virtual Edo-Tokyoプロジェクト」のバーチャル会場です。そのなかで江戸城を再現したのですが、学術的にも正しく表現したいとの思いから、事前に資料をリサーチしたり、皇居周辺へロケに行ったりと準備を重ねました。最終的には絵巻物を立体にしたような雰囲気に決めたのですが、海外の方からの評判にも手応えが感じられました。
オブジェクトのディテールなどももちろん気にかけますが、資料をもとにCGを作っていく作業でとくに注意を払ったのは、「実際に体験したときのスケール感」です。ここが大きく狂ってしまうと「作りものっぽさ」が出てしまい、体験した人が没入しきれないからです。
成田 難しいのは、ただ実際のスケールで作れば良いわけではないことです。たとえば競技場をCGでつくるときに実際に一周歩くと10分かかるからと言って、バーチャル空間での移動にも同じ時間をかけると体験が間延びしてしまう。そんなときに、違和感のないスケールでありながら壮大さを失わない、といったバランス感がとても大切なのです。
――柴垣さんはゲーム業界でもCG制作の経験がありますが、双方を比べて感じる違いはありますか?
柴垣 スキルやツールの使いかたでとくに異なる点はないと思います。一方、大きく違うと感じるのは「デザインの方向性」です。ゲームでは基本的に、あらかじめ設計したものどおりに体験してもらうことが重要です。しかしメタバースでは、体験を通してユーザー同士の交流やコミュニティの発生を促したり、最初はいちユーザーだった人がメタバース上で活動するクリエイターになっていったりと、体験後の変化までを想像することが重要です。
またそんなメタバース空間をつくるうえで、僕たちクリエイターの自由度も非常に高い。アイディア次第で何でもできてしまうと思います。技術的な制約はもちろんありますが、それもテクノロジーの進化によって解決されていくのではないでしょうか。
個人としては、新しい技術によって世の中がどう変化していくのかを想像しながら関われることがとても楽しいです。CGの制作方法やできることもますます増えていくでしょうし、将来的に人々が「CGをCGのまま体感したい」と考えたときにメタバースは重要なプラットフォームになるはず。それを最前線で実感できることも醍醐味だと思います。
――最後に、今後の展望やチャレンジしたいことについてお聞かせください。
柴垣 ただ「CGを上手く制作する」だけでなく、次々に登場する新しい技術と付き合っていけるようにしていきたいですね。AIを使ったCG制作もそうですし、それらの技術を応用して既存のCGの枠を超えるような体験づくりも進めていけたらと思います。
成田 ビジネス視点では、海外展開に挑戦していきたいです。たとえば企業がOEMでメタバース空間を作ろうとしたら、アバターや多人数が同時にアクセスできる機能などが必要になりますし、サーバーやエンジニアリングについても気を揉むことになるでしょう。しかしclusterをプラットフォームとして活用すれば、そういった懸念はすべてなくなります。ただ、プラットフォームとしての価値がとても大きくフレキシブルに企業案件に対応できるclusterだからこそ、日本だけで留めておくのはもったいないとも感じています。
海外の主要なメタバースに目を向けてみると『Roblox』や『Fortnite』のようなゲーム性の高いものが多い印象です。しかし意外と、企業の課題解決のために活用されているグローバルなプラットフォームはありません。もちろん私たちも海外での認知度を高めていかなくてはなりませんが、クラスターのクリエイティブ力は世界でも通用すると確信しています。