こんにちは、デザイナーの北林です。前回の記事では、本来のデザイン領域を横断する『越境』の重要性について、またキャリアタイプ別の越境パターンについて解説しました。
今回は、私自身のタイプでもある「無所属デザイナー」に焦点を当て、美意識を大切にしながらよいものを作っていくために考えていることをご紹介します。キャリアに悩んでいるデザイナー、デザイナーとの協業に課題を感じている方の参考になれば幸いです。
今回の登場人物
北林:無所属デザイナー。28歳。ゴリラと変人と左脳系の集うベンチャー企業(Faber Company)で奮闘中。現在の目標はSEO支援ツール「MIERUCA(ミエルカ)」と社内クリエイティブの品質基準を上げること・巻き肩の解消(絶賛筋トレ中)。
副島:左脳系スーパーエリートビジネスマン。35歳。「MIERUCA(ミエルカ)」の開発責任者。決算書と海をこよなく愛する男。週に3回はサウナで整える。好きな絵文字は「寿司」。
片山:超体育会系営業マン。27歳。チームを元気に率いるトップ営業。声が大きい。学生時代はバンドのギター&ボーカルだったが、Faber Companyでのたゆまぬ鍛錬の結果、ゴリラ営業に進化した。声が大きい(2度目)。
中本:クリエイティブの力を信じ切った事業責任者。27歳。Webマーケターを企業とマッチングする『ミエルカコネクト』の長。曲者揃いのFaber Companyでも異彩を放つ天才型ロジカルモンスター。フリースタイルが強み。
金子:エンジニア兼マネージャー。25歳。副島の部下。Faberならではのエンジニア文化を作ることが目標。趣味は一人カラオケ・毎週の「ちびまる子ちゃん」鑑賞(推し:戸川先生)。本人は陰キャラを自称するが、部下曰く「中性か陽」。
ベンチャー企業のデザイナーは強制的越境状態!?
私はFaber Companyというベンチャー企業で、BtoB向けSEO支援ツールのUIデザイナー・UXデザイナーとして働いています。新サービスのLP作成やUI/UX設計、既存サービスのLP改善といったデザイン業務や、実際にプロジェクトを推進する際に必要な要件定義や他部署とのコミュニケーションのディレクションワークなど幅広く担当しています。
コーディングについてはエンジニアチームのフロントエンドメンバーに任せることがほとんどですが、ごくまれにコーディングのフォローや、同僚からのHTML/CSSに関する相談に応じることもあります。まだクリエイターの少ない組織なので、あらゆる分野での越境が求められる立場です。
私自身、ベンチャー企業で働いていると、デザイナーとしての専門性を存分に発揮できますし、業務範囲が広いという点でやりがいも感じています。スケジュールを自分で引くことができ、自分の裁量で納得いくまで制作に取り組めることも魅力のひとつです。
とはいえ、リスクがないわけではありません。前職でもベンチャー企業で働いていた身として、「こういう状態になると危険だな」と感じた、ベンチャー企業で働くデザイナーが陥りがちな3つのワナについて紹介します。
1)スピード重視の罠:作業者マインドに陥る、デザイナーでなくなるというリスク
ベンチャー企業は0→1が得意で、1→100のナレッジが不足していることが多いように思います(それが良さでもあるのですが)。0→1ベースでプロジェクトが進んでいくと、スピード開発優先となりコストのかかるメンテナンスやデザインが後回しにされがちです。
一方、1→100フェーズでデザイナーが参画する場合、たいていデザインリニューアルから着手することになりますが、見た目を大きく変更するためには、メンテナンス性の低いプログラムコードを整理(リファクタリング)しなければなりません。リファクタリングにはコストがかかることが原因で、最低限のデザイン改善にとどまることもあるでしょう。
「まぁ仕方ないか」「とりあえず出すか」の経験を積み重ねていては、デザイナー視点を養うことはできません。スピード重視のオペレーターになってしまう危険があります。
2)ディレクター不足の罠:ディレクションワークとデザイン作業が混じり、どちらの質も落ちるリスク
ベンチャー企業はマネジメント体制が大手企業より整っていないことが多く、メンバー1人ひとりの当事者意識や、自立・自走が求められる環境と言えるでしょう。自走できているぶん、自己主張が強いメンバーが多い点も特徴かもしれません。
ですが社内だからディレクションが簡単ということはなく、社内だからこそ、スケジュールが切りづらいことも。関係性によっては頼むことが難しいため泣き寝入りしてしまうケースもあります。受託会社のディレクターをご存知の方は想像しやすいかもしれません。
経験不足や、種類の異なるマルチタスクの切り替えに慣れないデザイナーがディレクション業務も兼ねることで、アウトプットに迷いが出るようになってしまい、デザイナーとしてもディレクターとしても中途半端になってしまうリスクがあります。
3)自分がデキるデザイナーだと錯覚する罠:市場価値と自己評価のギャップが生じるリスク
1)の理由から、自分ではアウトプットに満足がいっていない場合でも、受託会社のように徹底的な調整を求められることは稀で、「とりあえずこれでOK、ありがとう!」と言われるケースが私自身多くあったように思います。
デザイナーの希少価値が高い場合はなおさら、「すごい!」「さすが!」とたくさんの拍手を浴びる場が増えていきます。
しかし一歩会社の外に出れば、電車の広告に「こんな手があったの……!?」と愕然とし、TwitterやPinterestに溢れる美しいクリエイティブの数々に衝撃を受けます。そのとき手元の制作物を見てこう思うのです。「私のデザインは、果たして人の心を動かせているのだろうか」と。
デザイナーとして「私が今行っているデザインは本当のデザインではない」と叫ぶ美意識の高い自分と、「いや、これが現実で、私は十分幸せだ」となだめる自分との間で葛藤することになるのです。
私にとってこれらのワナに陥るきっかけになりうるのが、「左脳系スーパーエリートビジネスマン」「超体育会系営業マン」「クリエイティブの力を信じ切った(?)事業責任者」の三者です。
左脳系スーパーエリートビジネスマンは美意識をあまり重視していないケースも多く、説得するためには彼の土俵であるロジックや数字をもとに戦わなければなりません。ですが、デザイナーは右脳系で数字にアレルギーがある場合も多いので、相手に伝わるコミュニケーションがうまくとれずストレスを抱えがち。
体育会系やクリエイティブの力を信じ切ったタイプは、「私たちにセンスはないから、とりあえずセンスのあるデザイナーさんにお任せしよう!」と考えて仕事を依頼する場合も多く、デザイナーはディレクションワークや設計の責任までをも引き受けることになります。勢いに飲まれてすべてに「はい」と了承してしまうと、業務量がパンクするリスクもあるのです。
ベンチャー企業で働くうえでのいちばんのリスクは、「想定外の状況に振り回され続けることで、自分がなくなっていく」ことではないかと感じています。自分のコアスキルが明確な場合は良いのですが、経験が浅いジェネラリストタイプや共感性の高いタイプのデザイナーは、環境によって自分のよさを失ってしまう可能性もあるのではないでしょうか。