デザイナーにとって、近くて遠い、遠くて近い。そんな不思議な存在でもある「ブランディング」。カタチにしやすいと思いきや、一歩先には難解な「企業戦略」がひそむ迷宮です。今回は、そんなブランディングへの地図を頼りにデザイナーとしての活躍をたぐり寄せる。そんなお話をしたいと思います。
「ブランディング」の依頼には慎重に
ブランディング。企業ロゴのデザインに代表されるような、VI(ビジュアル・アイデンティティ)の分野から眺めれば、それは身近に感じられる領域でしょう。美術大学や専門学校でも学ぶ機会が多いものですし、造形的なデザインワークがおおいに威力を発揮できる分野と言えます。ブランディングのプロジェクトに携わりたいデザイナーも多いはずです。
ところが「ブランド戦略」と呼ばれる領域にまでなると、途端に経営戦略に行き着く仕事になってきます。概念的な思考のなかで企業活動の方向性を示し、ビジネス成果を出していく期待が生まれます。
「デザイン」が事業や経営の分野に近づいている今、「ブランディングをお願いしたい」といった要望に、すぐさま「できます!」とは返せない状況になっています。ブランディングという言葉とデザイナーの役割が不定形で範囲も広いがために、依頼側も自分の課題とデザインの対応を紐づけて考えることが難しいからです。このため、デザイナーは念入りにコミュニケーションを重ね、相手の言う「ブランディング」への期待を慎重に推し量っていかないと、成果を出せる仕事としては成立しません。
他方で、デジタル体験の重要性が確固たるものになる今、デジタルプロダクトに関わるUX/UIデザイナーにとっても、ブランディングへの理解は不可欠なものになってきています。「コミュニケーションデザイナーの仕事だろう」という、遠い対岸の問題として片付けられないものになりつつあります。
ブランディングは認知を起点とした組織活動
ブランディングとは何でしょうか。文献ごとに定義はさまざまありますが、私は「認知を起点に考える組織活動のすべて」と解釈しています。
組織活動とは、企業の場合では経営そのものです。ブランディングというと、独立した個別の活動のように見られますが、そうではなく、経営に関する諸々の活動を「認知」を軸に考えていくアプローチがブランディングなのだと、そう捉えています。それはときに事業開発の形を、ときにPRの形をとっていることもあります。
では、ここで言う「認知」とは何か。それは、企業や事業がどのようなものとして認識されるか、どれくらいの人に知られるか、どの程度詳細かつ深く知られるか。その総体です。顧客や従業員、取引先といったステークホルダーや、その外側にいる生活者全体の頭や心のなかにある認知のトータルです。その認知の総和を量として蓄えたり、質の面から内容を更新したりする活動を計画し実行すること、もしくは、それを管理運用していくことがブランディングであると考えています。

その認知の総体は、企業にとってみれば無形の資産と言えるものです。その企業やサービスが選ばれ、選ばれ続ける要因にもなりますし、サービスの価格を高め維持することにも役立つからです。
その認知の総体はブランド認知とも呼ばれます。ブランド認知は「知覚品質」と呼ばれるような、企業やサービスの「クオリティ」としても機能するものです。それは、競合他社とスペック面での差別化が難しい場合でも、心理的・感情的な部分から、その商品やサービスの品質が優れているとみなされることです。
認知の総体は流通にも働きかけます。より多くの店舗で、より広い棚を獲得できるようになる。それにより生活者はその商品を見る機会も使う機会も増えていき、認知の広がりや深まりに好循環が生まれます。
広くて深い認知は、事業の拡張性にも有効に働きます。同じブランド認知で、別の商品やサービスを展開できるようになる。その拡張が成功するとそのブランドがさらに強くなる。事業の柔軟性を確保する意味でも、ブランド認知を高めることの有効性は言うまでもありません。