ブランディングと事業ポートフォリオ
多くの企業は複数のブランド認知を抱えているものです。企業ブランド、商品やサービスのブランド、機能や技術に関するブランドなどです。大企業であれば、これらを複層的に扱っていることが一般的でしょう。
ブランディングを「経営・事業戦略」のレイヤーで考える際には、このような複数のブランド認知の構造を理解し、ポートフォリオ(組み合わせ)として把握する必要があります。
たとえば、新商品をブランディングする際にも、既存の商品ブランドの認知と近づけるのか遠ざけるのか。企業ブランドの特徴をその商品ブランドにも活用するのか。それぞれが持つ価値や、共通する顧客像を捉えながら関係性をコントロールし、ブランド認知を相対的にデザインしなければいけません。
Appleのように、企業・商品・サービスを統一して認知をデザインするのか。消費財メーカーのように、多数の個性的な商品ブランドを立て、企業ブランドはその信頼の証明として後ろに控えるのか。さまざまな企業の事業戦略とブランド体系の関係を理解し、ケーススタディの理解を積み重ねながら、最適な方策をイメージできるようになると良いでしょう。

複数のブランド認知をポートフォリオのように把握するのと同時に、企業や事業の成長フェーズに応じて、「ブランディングを時間軸としてつかむこと」も大切です。
たとえば、サービスの立ち上げ時期では、アーリーアダプターやコアなファンを取り込むために、狭く深く、ユーザーと近距離なブランディングを行うことが有効でしょう。しかしだんだんとサービスが育っていくにつれて、どこかで段階的にユーザー像の裾野を広げ、サービスにアクセスできる接点も増やしていかなければいけません。広告への大胆な投資も必要になるかもしれません。意図的に、表現を万人受けする方向にリデザインしていくこともありえます。
デジタルサービスを提供する企業が成長し、これまで単一のプロダクトだったものを、複数のプロダクトに発展させていくケースがあります。それは「事業の多角化」です。この場合では、企業ブランドとプロダクトのブランドを一致させていた状況を、意識的に分離させていかなければなりません。事業の拡張性に備えて、ブランド資産の体系をつくりあげる準備をする必要があるのです。事業の幅という軸に、それぞれの時間軸をかけ合わせた視野の広いブランディングが、デザイナーにも求められます。
このような事例から見えてくるのは、ブランディングの正解は常に移り変わるという事実です。事業責任者の側から肌で感じる「正解の変化」にデザイナーが伴走するためにも、事業戦略とブランディングの相関をイメージできるレベルで、それらの知識を蓄えておくと良いでしょう。
ブランド認知を立体的に組み上げる
ブランディングを3つのレイヤーに整理すると言いましたが、そのふたつめ、「マーケティング」のレイヤーを考えてみたいと思います。ここでの問いは「ブランド認知をどの市場にどう届けるか」です。
「経営・事業戦略」のレイヤーでは、企業や事業のブランド認知に対してカテゴリーやポジショニングを設定すること、複数のブランド認知を相対的に捉えながら、成長の時間軸に合わせて方針を変化させていくことに触れました。この「マーケティング」のレイヤーは、それを具体的に「どう届けるか」という方針を決めるものです(この部分はすでに、第2回の記事「マーケティングと協働するデザイン」でも述べましたが、そこでは触れなかった点を補足したいと思います)。
「マーケティング」のレイヤーでブランド認知を市場につくりあげるためには、カテゴリーやポジションという芯の部分に、いくつかの側面から立体的に認知を組みあげていく必要があります。
具体的には、どんな「価値」を全面に押し出していくか、その価値をどんな「根拠」で説明するか、どのような「人格」として顧客と接するか、理想的な顧客風景となる「モデル顧客」をどう設定するか、その企業やサービスのどんな「歴史・ストーリー」を提示するか、どういった言葉やイメージからその企業やサービスを「連想」してもらうか。このような側面からの定義です。
ブランド認知を詳細設計する、と言えばわかりやすいでしょうか。デザイナーとしては「人格」を決めているとトーンアンドマナーを定めやすくなったり、主要な「価値」を決めていると制作物の訴求点が明確になったりと、仕事しやすくなるイメージが持てると思います。

これらを定義しておくと、多様なチャネルで広告やPRをする際にも、一貫したイメージで効果的にブランド認知を届けられるようになります。同時に、かたちのないブランド認知を言葉で区分し整理しておくことで、市場変化に応じたブランド認知の更新をどの範囲で行うべきかを決めやすくなります。くわえて、派生する商品やサービスを新しく開発する際にも、どの範囲に共通性をもたせるべきか、議論がしやすくなります。
ブランド認知の定量指標を活用する
ブランディングを「マーケティング」のレイヤーで考える際には、定量的な指標を設けることも有効です。
たとえば、その企業やサービスの名前を知っているか、名前だけでなく具体的なところまで内容を知っているかといった認知の「深さ」を指標化する。もしくは、「カップラーメンといえばどの商品をイメージするか」など「連想や想起」の強さを指標化する。あるいは、顧客がその企業やサービスに愛着を感じ、どれくらい他者に「推奨」したいかを指標化する。こういった指標を用いることで、広告の予算配分を考えたり、費用対効果を見ながら改善を反復したりと、活動のパフォーマンスを最大化できるようになります。
市場での認知を広範囲に広げるには多額の費用が必要です。資金によって勝負が決まる側面も多分にあるものです。ときに数千万円、数億円、それ以上の規模。認知の量が増えれば、理解が深まり、認知の質や好意度も上がったりといった因果関係もある。広告施策を考えるうえでも、どのチャネルにいくらの費用をかけ、どのような成果をどれくらいの時間軸で目論むか。広告の企画を考える際には、定量指標は必須のものとなります。
企業の組織行動を進めるにあたり、指標化や数字は欠かせないものである一方、それが過剰に目的化することの弊害もあります。過去に数字をあげた成功事例を繰り返す惰性と、発想と挑戦の硬直化。人間の認知に触れることへの緊張感の欠如と、組織全体の人間らしさの希薄化。デザイナーは人の価値観や体験を起点に考える存在。指標そのものに問題があれば、その改善に動くのもまた仕事です。
事業特性に応じて独自の指標をデザインするのも良いでしょう。たとえば、ある酒造メーカーでは、商品に対する顧客からの愛情を表すための、段階をもった独自指標を設けています。顧客分析の中から見えてきた、愛情の深さと年間購入金額の相関と、段階的に愛情を深める普遍性のあるアクション。その指標があることで、従業員は商品や企業が愛されることに一意専心に努力を重ねます。それ自体が組織の文化や活力になり、社内へのブランディングになっています。