「交渉」は得意でしょうか?
多くのデザイナーにとって、できれば避けたいものかもしれません。交渉と聞くと、生命や財産に関わるような切羽詰まったイメージや、相手を打ち負かすためのスリリングなゲームのような印象を抱く人もいるでしょう。
でも、そもそもデザインの行為は協働をベースにしています。お互いに依存関係を持つため、交渉においても、双方にとって生産的な落としどころを見出そうとする前提があるものです。今回は、そんな「交渉」のありかたを掘り下げていき、デザイナーのコミュニケーションを高める方策について考えていきます。
決裂と服従、ふたつの失敗
「そんな修正はできません!」「その納期ではとても無理です!」と、デザイナーがむげに突っぱねる場面を見たことがあります。相手との長電話を問答無用に切って、興奮しながら休憩室に去っていく光景。話の全容を聞いていたわけではありませんが、おそらく交渉が失敗したのでしょう。ずいぶん前の話ですが、強く印象に残っています。
失敗の原因は、デザイナーの主張が制作物のクオリティだけを目的にしていたこと。同時に、相手の要望を受け入れると、デザインの作業時間が増えてしまうことに焦りを覚え、自分を守るようなコミュニケーションになっていたことだったように思います。もちろん、相手がたがデザイナーに対して配慮に欠けた無理難題を言ってきたのかもしれません。それでも、相手と良い関係を築けていなかったことは、デザイナーの失敗として変わりないはずです。
逆に、とにかく摩擦を避け、相手にただただ従ってしまうこともあるでしょう。これは、説明や反論のための言語化が上手くできない能力面の要因や、「もはや何を言っても通じない」といった関係から生まれたお手上げ状態によるものです。
このようなコミュニケーションは、デザイナーに負荷がかかり過ぎる要因になるだけでなく、デザイナーの意見が反映されないことで、プロジェクト全体にマイナスな影響を与えることにもなるはずです。これも交渉における失敗のひとつの典型です。
問題と立場を切り離し、同じ視点に立つ
そもそも交渉とは、利害や意見が衝突している場面で、その争点を共通の問題解決に変換し、お互いにとって良い結論へと導くコミュニケーションのことです。デザイナーの主張を一方的に受け入れさせるための話法ではありません。

まず、デザイナーが「デザイン」を目的にしていると交渉は上手くいきません。相手の多くは「良いデザイン」ではなく、「良い成果」を求めています。事業や経営の成果です。それに向けて同じ視点で会話をしないと、そもそもずれた会話を繰り返すことになります。
相手の状況を詳しく知る。相手が求める成果と、デザインの効果を構造的につなげて言語化する。争点となるポイントのどのパラメータを変えれば妥結するかを考える。交渉はこのような行為から達成されるものです(本連載の第5回「思いを構築する、デザインと言語化」が参考になるかと思います)。
起こっている問題と自分の立場を切り離すことも重要です。最初から、自分の稼働や利益を基準に考えてはいけません。まずは、交渉にあたって邪魔になる「自分の都合」をいったんは度外視する。ノーガードで相手の視点に立ってみる。フラットにその風景から見えてきたものを捉え、共通のメリットが生まれるような解決の道筋を描く。そのあとになってから、自分の都合をその道筋に代入し、現実的な解決方法について対話を重ねるのです。
1ミリたりとも攻撃的な態度を示してはいけません。その時点で交渉は即失敗です。Win-Winなゴールを一緒に目指すパートナーとしての信頼を失うからです。攻撃は攻撃の応酬を生むもの。もし、自分ではなく相手がヒートアップしてきたのであれば、冷静になるために日をあらため、場面転換する工夫も必要です。