デザイナーをたくましくする交渉の技術――創造的な解に導く交渉のコミュニケーション

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交渉力と交渉能力を分けて対処する

 また、「交渉力」と「交渉能力」は別物です。

 交渉力は二者間の強弱関係や、交渉に与える影響力のことです。たとえば「あの企業は高い交渉力を持っている」と言えば、その企業が強力なプラットフォームや、独占的に他社が利用したがる技術を持っているなど、相手に影響を与えられる立場にあるということ。つまり、交渉を優位に進められる素地を備えていることを表します。

 デザイナーが交渉力を高めるには、実績を積み、それを訴求し知名度を上げることや、賞を取り社会的な信頼を得ること、ほかのデザイナーにはできない特別なスキルを磨くことなどがあります。簡単に言うと、「あなたと仕事がしたい」という他者からの求心力を強めることです。

 一方「交渉能力」とは、争点が生まれた場合に、交渉力を把握し、かつ利用して、両者に利益をもたらしたり、ときに自分を優位にしたりする能力のことです。相手の状況や問題全体を理解するための事業や経営の知識を持つこと。情報を構造的に整理するロジカルシンキングを磨くこと。友好的に話を進められる対人スキルを高めること。経験を積み、交渉の場で動じない胆力を持つこと──。このようなことで交渉能力を高められます。

模式図。「交渉力」と「交渉能力」を比較した図。「交渉力」は、二者間の強弱関係や交渉に与える影響力。デザイナーにとっては日々の行動で高めていく自分の存在感。「交渉能力」は、争点が生まれた場合に、両者に利益をもたらしたり、ときに自分を優位にしたりする能力。技術を磨き、高めるもの。「交渉力」と「交渉能力」は、それぞれ高め方が異なる、とある。

低い交渉力のなかで、高い交渉能力を

 デザイナーは、程度の差こそあれ、現実的には交渉力が低い存在です。

 デザインは、産業にとって必要不可欠ではなく、付加価値として認知されてきた背景。それにより、企業の予算計画にもデザインが優先されづらかった事実。くわえて、需要よりも供給が上回っていたデザイナーの受給バランス──。近年、社会のDXにより、デザイナーのポジションが上昇していますが、まだまだ「交渉力が高い」とまでは言えません。

 デザイナーがビジネスの「主」ではなく「従」の存在なので、交渉力が低いという言いかたもできるでしょう。デザイナーは相手の資源や責任範囲に変化を加えること、相手の仕事を支援することを生業としてきた職業です。いわば、デザイナーはデザインされる相手を求めてさすらう存在。だからこそ、相手よりも交渉力が上がりづらくなるのです。

 そんな宿命を背負うがゆえに、デザイナーは結束してきた歴史もあります。団体を作り、人と情報の交流を行い、自分たちが劣位に置かれないように繋がってきました。賞や資格を設定し、社会的信頼と交渉力を高めるように努力を重ねてきた過程があります。

 このような背景をふまえると、デザイナーにとっての交渉の主題は、「低い交渉力のなかで、高い交渉能力をいかに発揮するか」というものになるはずです。交渉力が低いポジションから、最大の成果を発揮するにはどうすれば良いのか。交渉力が低くなりがちな環境のなかで、卑屈にならずに、不安にならずに、不向きと逃げずに、憤慨せずに。平静にフラットに分析する姿勢を維持することが不可欠なのです。

交渉のテクニックは創造的な対話に発展しない

 では、高い交渉能力を発揮するにはどうすれば良いか。交渉にまつわる文献をたどると、典型的なテクニックとして次のようなものが挙げられています。

 最初にあえて難しい条件を出して、次にそれよりも易しい本来の条件を出して比較させ、承認してもらう方法。

 あえて誰もが断るような難しい条件を出して相手に拒否させる。その相手の拒否をこちらが譲歩したことにして返報性(お返しをしたくなる気持ち)を引き出し、本来の条件に承認してもらう方法。

 最初にごくごく簡単な条件を認めてもらい、相手に「要求を認める優しい自分」という意識をつくる。その意識が一貫性を持つことを利用して、続く本来の条件にも承認してもらう方法。

 相手に受け入れやすい条件を承認してもらったあとに、そこに別の条件を加えたり、削除したりして、本来の条件にだんだんと調整していく方法。

 デザイナーがこのようなテクニックを知ることは、自衛の意味では必要なものかもしれません。ですが、どうでしょうか。こういったテクニックでデザインの仕事が良くなるイメージは持てそうでしょうか。

 自分だけが楽をしたり、自分だけのカッコイイ事例をこしらえたりと、独善的な方向で苦し紛れに活用できるものかもしれませんが、それもまた空虚です。

 なによりも、一時的な心理操作を用いて妥結に至ったとしても、その過程の対話に生産性や創造性がないことが、デザイナーにとっては致命的です。交渉のプロセスは、デザイナーや「デザイン」が持つ創造性に対して、相手からの信頼を高めるきっかけにもなるはずなのに、それを逃すような振る舞いでもあります。論点を深める意味では、異なる意見の衝突はチャンスでもあります。その機会を活かす意味でも、表面的な心理操作による交渉ではなく、創造的な解に至る、デザイナーとしての交渉の技法を身につける必要があるのです。