私たちが日常生活でプロダクトやサービスを購入する際、なるべく性能の良いものをリーズナブルに選びたいと思いつつも、もっと漠然と「この企業やプロダクトのことが好きだから選ぶ」ということはよくありますよね。
たとえば、アウトドア用品を選ぶときに、同じようなスペックの製品から、Patagoniaを手に取るのは、「環境保護」を第一に考える企業姿勢に共感しているからかもしれません。Rolexを購入する人たちは、正確な時間を知るためだけに高額な時計を選ぶわけではなく、ブランドの持つ「成功」の証を身につけるために選ぶこともあるでしょう。
つまり、いつも頭だけで考え、スペックや価格を他社製品と比較するような理性だけで判断しているわけではなく、心で感じるものも大切にしていると言えると思います。
ではなぜ、このような選択が生まれるのでしょうか。その裏には製品やサービスの背景にある「ストーリー」への深い共感があることは間違いありません。そう考えると、成功する事業やプロダクトには、単に優れたデザインがあるだけでなく、「語るべき物語」があることが非常に大切だとわかります。「なぜそれを作ったのか」「何の意味があるのか」「どんな課題を解決しようとしたのか」。生活者に共感を生むストーリーテリングが、プロダクトの価値そのものを形づくる大切な要素になっているようです。
第2回となる今回は、廃棄されていたホタテ⾙殻から環境配慮型ヘルメットを生み出した「HOTAMET」を題材に、デザインとストーリーテリングがどのように新規事業開発を駆動させ、社会にインパクト与えるプロダクトを生み出したのかをお話ししていきたいと思います。

「社会課題」を起点に
HOTAMETの開発は、北海道の最北端に位置する猿払村が抱える、ホタテ⾙殻の廃棄問題を起点としています。猿払村の位置する宗谷地区では日本一のホタテ漁獲量を誇る一方で、年間4万トン(※2021年)にもおよぶホタテの⾙殻が捨てられ、山積みにされる光景が日常になっていました。殻は腐らず簡単に処分できるものでもないため、景観だけでなく土壌や海洋への影響も懸念される深刻な環境課題となっていたのです。

一方、大阪ではプラスチック素材開発を専門とする甲子化学工業が、ホタテ⾙殻を活用した新しい再生素材「SHELLTEC(シェルテック)」の開発に成功し、その可能性をSNSで発信していました。その発信に関心を持ったのが、総合広告会社のTBWA HAKUHODOのチームです。この素材で、何か一緒にプロダクトを作ることができないか。そう甲子化学工業にコンタクトを取りました。そこからさらに、プロダクトデザインの専門パートナーとして、私たちMEDUMに声がかかり、3社による共同プロジェクトが始動します。
素材、コミュニケーション、デザイン。それぞれの専門性が集結したチームは、この素材を使って何をつくるべきかについて何度も対話を重ねたり、大量に廃棄される⾙殻の性質や特性を調べたりしながら、「人の命を守るヘルメット」というアイデアが生まれます。
貝の中身を守っていた「殻」が、人を守る「ヘルメット」へ。そして、今まで「捨てられていたもの」が、社会の中で「役に立つもの」へ。強いメッセージを持つこのストーリー構造が、プロダクトに力を与えると感じたのです。
さらに、ヘルメットという「身を守るためのプロダクト」選択に至った理由のひとつは、ホタテ漁が「命がけの仕事」であることと重なったことです。猿払村をはじめとした北海道の沿岸部では、冬の厳しい寒さと荒波の中で行われるホタテ漁は、常に危険と隣り合わせ。強風や高波による転落、荒天による視界不良での事故など、命のリスクと背中合わせなのです。だからこそ、廃棄物だったホタテの殻を使って、命を守る「ヘルメット」に生まれ変わらせるアイデアは、地域の暮らしに寄り添った意味のある選択だと考えました。
社会課題を起点に、そこで暮らす人たちのためになるプロダクトを届けることができたら。そんな思いを胸に、猿払村の協力を仰ぎ、幸いにも実際に貝殻の提供を受けることになりました。