「自然に学ぶ」かたち
HOTAMETのユニークなデザインには、もうひとつ重要な要素があります。それが「バイオミミクリ」、つまり生物の持つ構造や仕組みから着想を得るというデザインアプローチです。「バイオミミクリ」には聞き覚えがない方もいるかもしれませんが、私たちの身の回りにもその考えかたが活かされたプロダクトはたくさんあります。
たとえば、新幹線の先端はカワセミのくちばしの形状からインスピレーションを受けて設計され、騒音の低減と省エネに貢献しています。また、ハスの葉の表面構造を模倣して開発された塗料や布は、汚れがつきにくく、自己洗浄性のある素材として知られています。このように、自然が持つ優れた機能や構造を模倣することで、従来の技術では得られなかった新しい価値を創出するのが、バイオミミクリの本質です。

HOTAMETにおいても、ホタテの貝殻の構造がインスピレーションの源となっています。自然界に存在する貝殻は、表面に見られる「リブ」と呼ばれる放射状の凹凸構造によって、外部からの衝撃に対して高い強度を発揮します。この特徴に着目し、HOTAMETではデザインの中に同様のリブ構造を取り入れることで、素材の持つ特性を最大限に活かしつつ、通常より33%の強度UPを確保することに成功しました。
その美しく滑らかな形状と、強さと軽さの両立は、まさに美しさと機能性を備えた、自然から学んだデザインです。この一体型のフォルムは、素材の特性を活かしながら、安全性や耐久性といったヘルメットとしての基本性能を満たすと同時に、人々にこのプロダクトの背景にあるストーリーを自然に伝える役割を果たしています。
「物」と「物語り」をデザインする
「機能性」「美しさ」「ストーリー」を携えたHOTAMETは、生活者の共感を呼び社会に広く受け入れられた事例となりました。その象徴的な成果として、HOTAMETは世界三大デザイン賞でもあるドイツの「iF Design Award 2024 Gold」、「Red Dot Design Award 2024」「Good Design Award 2023 Best 100」といったアワードを多数受賞。さらに、2025年の大阪・関西万博の公式ヘルメットにも採用されています。
このように大きな広がりを見せたHOTAMETの成功の原動力は何なのでしょうか。もちろん「物」としての完成度の高さもありますが、間違いなくプロダクトの背景に埋め込まれた「物語り」のデザインだと私は考えています。
廃棄されたホタテの貝殻の再活用という「循環モデル」「地域の社会課題解決」からのスタート、そして「自然から学んだ構造設計。単なる「環境配慮型素材で作られたヘルメット」ではなく、重層的なストーリーがHOTAMETの核となっています。それぞれの要素が一貫した世界観のなかで結びつき、ひとつのプロダクトとして昇華されているからこそ、人の感情を揺さぶり、記憶に残る存在になることができたと考えています。

これまでBtoB向け製品の開発を中心に行ってきた甲子化学工業にとって、HOTAMETは「新規事業としてのコンシューマープロダクト開発」という新たな挑戦でした。
BtoBの世界では、機能や価格などの数値が評価の中心になりますが、生活者向けのプロダクトではそれだけでは足りません。そこには「なぜこの製品が存在するのか」「どんな未来を目指しているのか」といった「意味」が、より求められます。だからこそ、優れたストーリーテリングが、ヘルメットというすでに成熟した市場において成功のカギとなったのです。
素材に宿る「ストーリー」を丁寧に紡ぎ、生活者に「共感」を生み出す「かたち」にデザインすること。
私たちMEDUMが開発チームとともに取り組んだ積み重ねが、事業/プロダクト開発の成果を大きく左右しました。物や情報が溢れ、人々は単なる機能や価格ではなく、「その商品がなぜ存在するのか」という背景や思想に価値を感じるようになっている昨今。ストーリーテリングはこれからの時代におけるビジネスの根幹を成す考えかたなのかもしれません。