最近、「デザイン経営」という言葉を耳にする機会が増えた方も多いと思います。ただ、経営にデザインを取り入れれば良いんだろうと意味の検討はつくものの、具体的に何を指しているのか、少し曖昧な部分がある方も多いのではないでしょうか。
経済産業省が2018年に発表した「『デザイン経営』宣言」では、デザイン経営とは「デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用すること」とされており、その効果は「ブランド力向上」と「イノベーション力向上」のふたつに大別されます。つまりデザインは、「企業の価値観や姿勢をデザインによって顧客に伝え、ファンをつくる」と同時に「生活者の潜在的なニーズを見つけ、新しい価値や事業を生み出す力」として位置付けられています。

たとえばAppleやDysonなどの企業は、いずれもデザインの力を活かしてブランド価値を高めると同時に、製品やサービスにおけるイノベーションを実現しています。顧客との接点すべてにおいて一貫した体験をつくることでブランドへの共感を呼び起こし、生活者のインサイトを起点として新しい価値を社会に届けることにより市場を切り開いています。これらの企業に共通しているのは、単に美しいプロダクトをつくっているのではなく、事業戦略の中心に「デザイン」を据えているということです。
第3回では、「デザインと経営をどうつなげるのか」について、MEDUMが新規事業開発を支援した「walkey」の事例をもとに解説します。企業が持つ技術資産にデザインを掛け合わせ、どのように新しい価値を生み出し、それを社会へ届けたのか――。そのプロセスを紐解いていきます。

「100年歩ける」人生を 「歩行トレーニング」を開発テーマに選んだ理由
医療機器メーカーとして知られる朝日インテックは、カテーテル治療用ガイドワイヤーの開発で世界トップクラスの技術を誇る企業です。これまで主に病院や専門医療の現場で活用されてきたその技術を、医療の現場だけではなくtoC向けのプロダクトとして、もっと一般の人々の暮らしに活かせないか──。そんな朝日インテックからのご相談を起点に、このプロジェクトはスタートしました。
とはいえ、単に医療機器の技術の転用するだけでは、もちろんtoC向けのプロダクトとして成り立ちません。ゼロから、生活者の課題に寄り添ったプロダクトやサービスを考える必要がありました。どんな人の、どのような課題に応えるのか。デザイナーも含めたプロジェクトメンバーがさまざまな角度からリサーチを行い、アイデアを出し合いました。
そして私たちが着目したのが、「歩くこと」に不安を感じている人がたくさんいるという事実でした。高齢化が進む日本には、年を重ねることで足腰が弱くなり、転倒によるケガや要介護状態になる人が年々増えています。実際に、プロジェクトメンバーの中にも、「転んだことをきっかけに家族が寝たきりになってしまった」「外出を怖がって引きこもるようになってしまった」といった経験を持つ人が多くいました。こうしたリサーチから、「歩くこと」は私たちの暮らしの中でもっとも基本的、かつ大切なことなのではないかという思いが強くなっていきました。歩く力が弱くなれば、生活そのものが制限され、自立した暮らしが難しくなる。行きたい場所にも行けず、人とのつながりも減ってしまう。だからこそ、誰もが安心して、自分の足で100年歩き続けられる社会をつくりたい。そうした強い思いが、「walkey」というプロジェクトの出発点になりました。
私たちが「歩くこと」をテーマにアイデアを検討した過程には、歩行をサポートするスーツやシューズ、座ったまま移動できるモビリティなどたくさんの案がありました。そのなかで最終的に選んだ軸が「歩行トレーニング」です。
なぜこの開発テーマを選んだのか。私たちが新規事業のコアを考えるときには、いつも次の4つのポイントを大切にしています。
- 事業を育てていくための、市場の規模や成長性が見込めるか
- 開発したプトダクトやサービスが生活者のニーズを捉え、受け入れられるものになっているか
- 社会に実装していく上で技術、コスト、スケジュールなどの観点から実現可能か
- 自分たちがこの事業をやる意味や意義があるか
プロジェクトを進めながら、さまざまなリサーチやシュミレーションを行った結果、この4つのポイントすべてをクリアしていると判断し、「歩行専用トレーニングサービス『walkey』」の開発に着手しました。

ちなみに、4つ目のポイントは、私自身が新規事業支援を行う上でとくに大切にしています。
新しい事業を立ち上げるには、思い通りにいかないことや、途中でくじけそうになることなど、想像以上に多くの困難があります。根性論になり過ぎるのもあまり良くないですが、計画どおりにいかないなかで「この未来を実現したい」「自分たちだからこそやる意味がある」と心から思えるチームかどうか。それが、最後までやり抜く力に繋がるからです。