ロゴやUI設計でも意識した、前向きな気持ちや自信を醸成する空気づくり
walkeyの開発では、プロダクト機能やUX設計に加えて、「このサービスはどんなブランドとして認知されるべきか」といった視点が一貫して重視されています。ターゲットである加齢や体力の低下によって運動への不安を感じている方々が、精神的なハードルを超えて「自分にもできるかもしれない」という自信を持ってもらうこと。また、「自分も挑戦してみたい」と前向きな気持ちになれる空気感をつくることが、ブランド設計でもっとも重要なポイントでした。

たとえば、サービスの顔とも言えるブランド名「walkey」ロゴマークのフォントやカラーリングには、一般的なトレーニングジムに見られるような威圧感や堅さを避け、フレンドリーで親しみやすい印象を持たせました。とはいえ、「高齢者向け」と強調しすぎることなく、誰もが自然に使える前向きなブランドイメージに仕上げるバランスも考えられています。
ブランドの世界観は、プロダクトの形状や素材にも反映されています。角の少ない丸みを帯びたフォルムは、万が一、体にぶつかってしまってもケガを防ぐための配慮です。さらに、手に馴染むシリコン素材を採用することで、しっかりとグリップでき運動時の安定感も高めています。見た目の安心感と、使い心地の良さの両立が意識されたデザインです。
また、高齢の方の多くは視力の低下や複雑な操作への不安を抱えています。そうした背景から、アプリのUI設計にも細やかな配慮がなされています。文字は大きく、色使いもコントラストを高めて視認性を確保。画面遷移はシンプルに保たれ、迷うことなく直感的に操作できるよう設計されています。
こうした配慮はプロダクトやアプリだけでなく、実際にトレーニングの測定を行うラボの空間デザインにも及んでいます。ラボの内装には木材や柔らかな照明を用い、無機質なジムのような印象ではなく、自宅のリビングにいるかのような温かみを演出。「ちょっと立ち寄ってみよう」と思えるような、開かれた雰囲気づくりを目指しています。

こうしたあらゆる顧客接点での統一されたデザインの積み重ねによって、ユーザーが「walkey」というブランドに出会った瞬間から、自分に寄り添ってくれる「パートナー」のような存在だと感じられるよう工夫しています。細かい機能についての理解よりも先に、まず感情的な強い繋がりを生み出すこと。これがブランディングの力であり、ビジネスとしても、ユーザーと継続的な関係を築くために欠かせない要素です。
デザインで事業を加速させるために行った、経営上の3つの工夫
これまで「デザインを原動力にどのように新規事業をドライブさせるか」についてお話ししてきました。
では、このようにデザインを経営の中核に据えて事業開発を行うには何が必要なのか――。それは「経営層との密な連携」です。walkeyのプロジェクトでは、そのために大きく3つのポイントがありました。
ひとつめは「意思決定に経営層を巻き込む」ことです。開発の初期段階から、事業の方向性やサービスのありかたを議論する場にデザイナーが参加し、経営陣とともに意思決定を行う体制を整えました。定期的に実施する報告会のなかで、社長をはじめとする経営層に開発中のプロトタイプや体験デモを触れてもらい、その場で率直なフィードバックを受ける。こうした双方向のやりとりは、単なる進捗確認にとどまらず、経営判断と開発現場を強く結びつけました。その結果、迅速で確実な意思決定が可能となり、同時に経営層もプロジェクトへの当事者意識を持つことができたのです。

ふたつめは「デザインディレクターの配置」です。理想を言えば企業内にCDO(Chief Design Officer)の役職を設けるのが望ましいですが、すぐにその体制を整えるのは現実的に難しい場合も多いでしょう。だからこそ、経営と現場を行き来できる、デザイン責任者の存在が不可欠になります。
私自身、このプロジェクトではデザインディレクターとして参画。プロダクトデザインだけでなく、UXやブランド、事業戦略までを視野に入れ、全体を俯瞰しながら役員の意思決定を支えました。こうした役割があったことで、デザインは単なる見た目の調整にとどまらず、経営戦略と直結した意思決定の一部として機能しました。デザイナーが経営層と同じテーブルに座り議論できたことは、プロジェクトの質を大きく引き上げる要因となりました。
3つめは「共同出資による会社設立」です。これはなかなか実現するケースは少ないかもしれませんが、このプロジェクトでは、朝日インテックとMEDUMの母体であるquantumが共同で新会社「walkey」を設立しました。そのことにより、両社は単なる発注・受注の関係を超え、同じビジョンを共有するパートナーに。それぞれが持つ強みを持ち寄り、足りない部分を補い合う体制ができたことで、事業に対する責任感や結束力が高まりました。「同じ船に乗る仲間」として取り組むことで、プロジェクト全体がひとつの強固なチームとなり、ブランドの一貫性やユーザー体験の完成度を高めることができたと思います。
改めて振り返ると、経済産業省が定義する「デザイン経営」とは、企業の価値観や姿勢をデザインを通じて顧客に伝え、「ブランド力の向上」を目指すこと。そして、潜在的なニーズを見つけ出し、新しい価値や事業を創り出す「イノベーション力の向上」につなげることだとされています。
walkeyのプロジェクトは、事業開発の初期段階からデザインを戦略の中心に据えたことで、その効果を具体的に示せたわかりやすいケーススタディだと言えるでしょう。もちろん「デザイン経営」に決まった正解があるわけではありません。プロジェクトごとに状況も目的も異なり、その都度ふさわしいプロセスやアウトプットが生まれます。今回紹介した私たちなりの「デザイン」と「経営」の結びつけかたが、「デザイン経営って何だろう?」と感じていた方の理解を深めるきっかけになれば嬉しく思います。
今後ますます多くの企業が新規事業に取り組んでいくなかで、ユーザー視点からサービスや体験を構想する重要性はさらに高まっていくはずです。プロダクトやUIといった一部だけでなく、ブランド全体や体験全体を「ひとつのデザイン」としてとらえ、そこに経営の意思決定をつなげていく。そうした視点が、これからの事業開発のスタンダードになっていくと私は考えています。