素材に宿る「ストーリー」
「素材の提供元」と「プロダクトの背景」にあるストーリーも決まり、プロジェクトは具体的なプロダクトデザインに進んでいきます。
まず、HOTAMETというプロダクトの中核には、「SHELLTEC」と呼ばれるユニークな再生素材があります。この素材を開発したのは、創業70年以上の歴史を持つプラスチックメーカー、甲子化学工業です。ホタテ⾙殻は炭酸カルシウムを豊富に含んでおり、その特徴を活かすことで、従来のプラスチックに代わる環境配慮型の新素材として応用できるポテンシャルがありました。彼らは微細なパウダーにしたホタテ⾙殻を樹脂と混ぜ合わせることで、「強度」と「しなやかさ」を両立した「SHELLTEC」を開発したのです。
この「SHELLTEC」を原材料にすることで、HOTAMETは曲げ強度が33%向上。さらに新品のプラスチックで製造した場合と比べ、CO2排出量を約36%削減する「地球環境にやさしい」ヘルメットの製造が可能となっています。
ただ、「SHELLTEC」を使いヘルメットを作ることは確定したものの、実際のデザインを決めていくことは一筋縄ではいきません。実は当初のデザイン案は、現在のような一体型の形ではありませんでした。開発初期の段階では、金型にかかるコストや量産の難易度を考慮し、小さな貝殻のようなパーツを複数組み合わせて形づくる組み立て式のデザインが検討されていたのです。実際にその案をベースにしたプロトタイプもつくられました。

開発初期コストも抑えられる。ジオメトリックに構成されたデザインも悪くはない。組み立て式であればコンパクトに折りたたみができるかもしれない――。頭では良いプロダクトだと理解できるのですが、本当にこれが市場で選ばれるヘルメットとなるのか、開発チームの中に何か腹落ちしないものがありました。
そこでさらに話し合いを重ねた結果、HOTAMETでもっとも大切にすべきなのは「ホタテの貝殻が生まれ変わってヘルメットになった」というプロダクトの「意味」や「成り立ち」が直感的に伝わることだ。つまり、「このヘルメットに込められたストーリーを、ユーザーにしっかり届けること」だという結論に至りました。そうでなければ、ただのバイオプラスチック製の組み立て式ヘルメットと見なされてしまう。その危機感が「ストーリーの伝わるデザインを第一に選ぶ」という大きな決断につながったのです。
結果として設計は、ホタテの貝殻を想起させるような、曲面で構成された一体型のフォルムに。見た目だけで素材の由来が伝わり、背景のストーリーに自然と意識が向くよう工夫されたデザインです。

とはいえ、メーカー側にとってこの決断は決して簡単なものではありません。というのも、甲子化学工業にとってHOTAMETは初のコンシューマープロダクト。これまでBtoB中心の製品開発を行ってきた同社にとっては、売上予測も立てづらく、初期投資の回収が見込めない状況だったこともあり、新たに大きな金型コストをかけることは極めてリスクの高い選択だったのです。
それでも、一体型のフォルムにこだわったのは、「この形状だからこそ伝えることができるメッセージ」を最優先にしたからです。素材とストーリーとデザインが一本の線でつながったときにこそ、このプロダクトの真価は伝わる――。ある種の“賭け”が、のちの大きな成功に繋がったのです。大きなターニングポイントだったと言えるでしょう。
大切な「3つのレイヤー」

「守るのは、頭と地球。」 このコピーライティングは、MEDUMとの共同プロジェクトも多い、TBWA HAKUHODOチームによるものです。ヘルメット本来の「頭を守る」役割と、「地球を守る」という環境配慮型素材によるサステナブルな視点がシンプルな一言にまとまっており、機能性と社会的意義の両立を印象づけています。また、ブランドステートメントを読むことでさらにHOTAMETへの理解が深まり、このプロダクトにより愛着を感じてくださる方もいるのではないでしょうか。
このように、普段の生活でも、何か気になるプロダクトに出会ったとき瞬間的に「いいな」と気持ちが動くのと同時に、そのブランドのストーリーや思想などに触れることで、いっそうそのプロダクトを「じわじわ好きになる」ことってありますよね。
なぜ、私たちはこのような気持ちになるのでしょうか。デザインとストーリーの関係性をもう少し深く理解するために、アメリカの認知科学者であるドナルド・ノーマンの著書『エモーショナル・デザイン』で語られる「ユーザー体験の3層構造」ご紹介します。ノーマンは、人がプロダクトやサービスから得られる体験を「本能レベル」「行動レベル」「内省レベル」の3つに分けて説明しているのですが、HOTAMETはまさにこの3つすべての層を満たすようにデザインされています。
まず、「本能レベル」では、その造形の美しさと素材の質感が直感的な魅力を生み出しています。貝殻のような柔らかなフォルムと、粒子の残るナチュラルな質感、さらに海や自然を感じさせるカラーバリエーションは、視覚的に心地よく、所有したくなるようなプロダクトとしての魅力を放っています。
「行動レベル」では、プロダクトとしての機能性と信頼性が重視されます。軽量でありながら高い強度を実現し、実際に漁業従事者など過酷な環境でも使用に耐える性能を持ち合わせています。労働安全衛生法第42条の規定にもとづく「保護帽の規格」の安全規格を取得している点もユーザーに安心感を与えています。
そして「内省レベル」では、「廃棄される貝殻が、人の命を守るヘルメットになる」というストーリーが、人々の価値観に深く訴えかけます。環境配慮、地域課題の解決、リサイクル素材の有効活用など、社会的文脈の中に自分の選択を位置づけることができるという気づきを与えてくれます。ただのヘルメットを買うのではなく、「自分は地球の未来のための行動を選んでいる」と実感できること。それが、プロダクトの意味を内省的に捉える重要な要素となります。

もう少し噛み砕いて言うと、HOTAMETはこのように「美しい」「役に立つ」「共感できる」の3つのレイヤーを意識的に設計することで、人々の感情と行動を深く結びつけ、市場に数多ある競合の中から選ばれるプロダクトとなったと言えるでしょう。