相手には重要だが、自分には重要ではない争点を譲歩する
共通の利益や損失を言語化し、交渉の指針がつくれたら、その指針に向けた複数のオプションを探っていきます。
たとえば、2ページだけの営業資料を1週間で作るのはどうか。ウェブサイトに情報を集約し、営業ツールはそのページを見にいってもらうための広告と位置づけたらどうか。営業ツールを顧客タイプの重要度に応じて段階的に作っていくのはどうか。営業ツールの内容を短時間で設計するためにデザイナーが営業に同行するのはどうか。このような、さまざまな可能性を模索していくのです。
同時に、交渉では「相手にとっては重要でも、こちらにとって重要ではないこと」をこちらから譲歩するように話を進めていくと効果的です。それは、こちらから見れば、最小の譲歩で最大の効果を発揮するもの。それを見極めながらオプションを提示していくのです。

この場合の「相手にとっては重要でも、こちらにとって重要ではないこと」は、素早い営業活動です。これは相手にとっては外せない条件。デザイナーとしては、その「素早さ」には譲歩し、むしろ積極的に支援するけども、デザイナーにとって難しいポイントとなる「充実した深い内容を盛り込むこと」は相手に譲ってほしい。そのような前提を込めたオプションを提示するのです。
すると、相手にとって「充実した深い内容」は重要ではないので、相手も喜んで譲歩するはずです。デザイナーが負担に感じていた「充実した深い内容」に時間をかける制約が外れますので、1ヵ月と言わず1週間でできることも提示できるようになるわけです。営業担当者が思いもしなかった結論に導ける可能性もあります。大げさに言うと、新しい営業活動をデザインしたとも言えるかもしれません。
交渉の対話は、相手との関係を豊かにする
デザイナーが営業担当者の圧力に負けて、最初の要望である「1ヵ月で営業ツールを作ること」に、完全に譲歩していたらどうなっていたでしょうか。デザイナーが心身を消耗して作った営業ツール。表立っては感謝されるかもしれませんが、営業効果として当初の想定に達したものになるかは微妙なところでしょう。
多くのデザイナーは、相手に気を遣ってか恐れてか、すべてを譲歩することで、一瞬の気持ちを楽にする選択をするかもしれません。譲歩をすれば相手に好かれると思っているかもしれません。でも、それは違います。譲るからといって相手との関係が深まることはありません。譲歩するから相手に好かれるのではなく、衝突し、交渉し、創造的な解に導くからこそ、相手に好かれるのです。摩擦を恐れず、ともに成果を出せる存在と感じるからこそ信頼されるのです。
ここで説明した例では、お金の要素は出てきませんでした。受託のデザイナーは当然費用の話もしなければいけません。しかも事業会社内のデザイナー以上に、低い「交渉力」のなかで、その話題について話をしなければならないこともあるでしょう。
ですがだからといって交渉が特別になるわけではありません。お金は争点のひとつの要素でしかありません。品質はただ高ければ良いわけではない。納期はただ早ければ良いわけではない。同じように、費用もただ安ければ良いわけではありません。デザイナーは、交渉力が低くなりがちな環境のなかで、平静かつフラットに考える姿勢を持つことが必要なのです。