AIが音楽を「創る」存在となった今、複雑な感情を抱いているクリエイターたちも多いかもしれない。AIが生成する楽曲は急速に精度を上げ、SNSやストリーミング上では人間の作品と区別がつかないほどになった。一方で、その裏側では無数の既存楽曲が学習素材として使われてきたが、その過程で著作者への対価はほとんど支払われていない。
この構造に風穴を開けたのが、2025年9月にSTIM(スウェーデン音楽著作権協会)が発表した「AI音楽ライセンス制度」である。初の契約企業となったSongfoxは、この制度のもとで楽曲をAIに学習させ、得られた成果物の使用料を著作者に還元する仕組みを導入した。さらに、AIが生成した楽曲がどの既存作品に影響を受けたのかを追跡できる透明性システムも整備された。
この制度は、従来の「AI対クリエイター」という対立構図を乗り越え、両者の共存を可能にする「第三の道」として世界的な注目を集めている。本記事では、この試みを起点に、AI時代における音楽著作権とクリエイター保護の未来像を考えてみたい。
音楽業界の先進事例──合法的なAI学習ルートの確立
AIトレーニングの「合法ルート」が持つ意義
STIMの新制度が画期的なのは、AIによる楽曲学習に著作者の明示的な同意(オプトイン)を前提とし、その利用に応じて報酬を還元する仕組みを整えた点にある。
2025年9月、STIMはAI音楽スタートアップのSongfoxと世界初のAI音楽ライセンス契約を締結した。この制度では、STIMに加盟する作曲家や出版社のうち、明示的に同意した楽曲が対象となる。AI企業はそれらの作品をモデルの訓練や生成に合法的に利用でき、利用実績に応じたロイヤリティがSTIM経由で権利者に分配される。
これまでAI開発企業はウェブ上から楽曲データをスクレイピングし、無断で学習データセットを構築することが一般的だった。この構造では、著作権者に経済的利益が還元されることはほとんどなかったが、こうしたグレーゾーンだったAI学習を「ライセンスビジネス」として位置づけ直した点に、STIMの制度は意義がある。
インディーズ作家にとっての新たな収益モデル
この仕組みは、とくにインディーズやフリーランスの作曲家にとって大きな転機となる。これまで彼らの楽曲は、AI学習に無償で利用される一方で、生成物からの経済的利益は還元されてこなかった。しかしSTIM制度では、たとえ再生数が少ない楽曲でも、「学習データとしての価値」が報酬に結びつく。
AI企業にとっても、クリーンなライセンスを得ることで法的リスクを回避できるため、契約インセンティブが働く。この相互利益構造が、制度を持続可能なものにしている。
影響関係を可視化する「透明性インフラ」
さらに注目すべきは、SongfoxがAIモデルの学習・生成における使用履歴をSTIMに報告する「透明性の仕組み」を導入している点だ。
STIMは、この制度を通じて「音楽がどのようにAIで使用されたかの透明性を確保し、公正な報酬を分配する」ことを目指しており、Songfoxは学習に使用した著作物やその範囲をSTIMに報告する役割を担っている。
これにより、AIによる学習利用がブラックボックス化することを防ぎ、クリエイターが自らの作品がAIにどう使われたかを把握できるようにすることが狙いだ。