ほかジャンルへの波及効果──「北欧モデル」の輸出可能性
イラスト・動画・出版などへの展開も
このスウェーデンモデルは、音楽だけにとどまらない可能性を秘めている。AI生成が急速に進むのはイラストや動画、出版分野も同様であり、著作物の無断学習とそれに対する対価の欠如は共通の課題だ。
たとえば、AI画像生成サービスは、LAION-5Bなど数十億件規模のインターネット上の画像データを無断で学習に利用してきたとされている。現行制度では、こうした学習利用に対して作家に報酬を支払う義務はなく、実際に支払われていない。そのため、AIによる創作が拡大する一方で、元となった作品を提供したアーティストには経済的利益が還元されていないのだ。
音楽と同様に、AI企業が事前許諾と使用料支払いを前提に創作物を学習利用できるスキームが構築されれば、公平性と透明性が担保される。これは、AIによる創作の拡大とクリエイター保護を両立させるうえで有効なモデルケースとなりうる。
BandLabや欧州共同声明など国際的な動き
実際、BandLabは2024年に、アーティストや権利者が自らの楽曲をAI音楽生成サービスやAI企業に対してライセンス提供し、学習利用された際にロイヤリティを受け取れる音楽ライセンスプラットフォームを立ち上げた。
BandLabはシンガポール拠点の音楽テック企業で、世界中に6,000万人以上のユーザーを抱えるクラウド型音楽制作・コラボレーションプラットフォームを運営しており、インディーズアーティスト支援やSNS的機能を備えていることでも知られている。
この新プラットフォームでは、アーティストや権利者が自発的に「AI利用を許可(オプトイン)」する設定を行うと、AI企業がその楽曲を学習や生成に利用した際に使用料(ロイヤリティ)を受け取れる仕組みになっている。
また、TONO(ノルウェー)、KODA(デンマーク)、TEOSTO(フィンランド)、STIM(スウェーデン)、そしてSTEF(アイスランド)の北欧5つの著作権管理団体も、2025年4月に「AIライセンスに関する共同原則(Joint Principles for Licensing AI)」を発表している。
ここでは透明性・事前同意・公正な報酬をAI学習利用の制度設計の柱とすることが明記されており、STIMが実際に制度化した内容とほぼ一致している。
日本のクリエイターへの示唆──文化的土壌と法制度の違いを超えて
同人音楽・ボカロP・Vtuberなどにおける活用可能性
同人音楽やボカロP、VTuberといった、日本における個人発のクリエイティブシーンは世界的にも独自の存在感を放っている。これらの領域はAI技術との親和性が高く、すでにAI音声合成やAI作曲ツールを積極的に活用する文化が根付いている。(例:Synthesizer VやCeVIO AIなどのボーカル合成ソフトの普及)

仮にSTIM型の制度が導入されれば、たとえばボカロPが自作曲をAIに学習させ、その結果生まれたAI楽曲が人気を集めた際に正当なロイヤリティを受け取ることができるようになる。これは、これまで再生回数やCD販売などに依存していた収益モデルに「学習データとしての価値」を軸にした新たな収益源をもたらす可能性がある。
また、AIによるファンメイド・リミックスや自動生成ライブ演出なども、適切なライセンス管理を前提にすれば、クリエイター自身が主導して収益化できる可能性がある。
法制度・産業構造が異なる日本での課題と展望
一方、日本には独自の著作権管理制度と産業構造があり、そのまま北欧モデルを導入するには課題も多い。
- JASRACが多くの商業音楽を集中管理する一方で、NexToneなどの新興管理事業者も台頭しており、権利者の分散と管理方式の多様化が進んでいる。
- 現行の著作権法では、「AIによる学習利用」が複製権侵害にあたるかどうかは明確化されておらず、司法判断も定まっていない。
このため、日本で類似の仕組みを構築するには、まずAI学習利用の法的な位置づけを明確化し、そのうえでAI企業とクリエイターの間に立つ「仲介組織」を整備する必要があるだろう。
北欧モデルのように透明性・還元性・任意参加制を備えた制度設計であれば、日本の多様で個人主導的な創作文化にも比較的なじみやすいと考えられる。
「共存のインフラ」をつくるという発想
STIMによるAI音楽ライセンス制度は、単なる新たなビジネスモデルではなく、「AIとクリエイターの共存を可能にするインフラ」を提示した点に最大の意義がある。
AI時代において、著作権保護は排除や防御のためではなく、共創を支えるための仕組みへと進化しなければならない。STIMが示した北欧モデルは、その未来像のひとつだ。日本を含む世界各地で、文化や制度の違いを超えてこの理念が広がっていけば、AIとクリエイターは対立ではなく協働の関係を築けるだろう。