かつてブランドマスコットは、広告の黄金期を象徴する存在だった。Tony the Tiger(トニー・ザ・タイガー)やPillsbury Doughboy(ピルスベリー・ドゥーボーイ)のようなキャラクターは、テレビCMの時代に消費者の心を掴み、長きにわたって愛されてきた。しかしインターネット広告やデジタルキャンペーンが主流になるにつれ、彼らの存在感は一時的に薄れていった。

だが近年、SNSとデジタル文化の台頭によって、再びマスコットが脚光を浴びている。懐かしさに新しさを掛け合わせた「ネオ懐かしさ」が、人々の感情を刺激し、ブランド戦略の最前線へと押し戻しているのだ。本記事では、ブランドマスコットが現代に再評価される理由とその効果、そして日本のクリエイターやブランドにとっての活用ヒントを探る。
懐かしのマスコットが今、新たな輝きを放つ理由
なぜ今、過去のキャラクターが蘇りつつあるのか。その背景には、現代のメディア環境が深く関わっている。たとえば、米国で人気の家庭用品ブランド「Brawny Man」は近年刷新され、そのキャンペーンが「Best Brand Refresh of the Year」に選ばれた。単に懐かしい存在を再登場させるだけでなく、現代の感覚や価値観を取り込み、ブランド体験をアップデートすることに成功した事例だ。
懐かしさは人の感情を揺さぶる。そこに現代的な演出を加えることで、マスコットは「過去の遺物」から「未来志向の資産」へと進化するのだ。

なぜ今マスコットが再評価されるのか “ownable, memorable, culturally magnetic”
ロンドン発のブランド戦略&デザインエージェンシー「Bulletproof」の戦略責任者Ami Werner氏は、マスコットを「ownable(所有できる)、memorable(記憶に残る)、culturally magnetic(文化的な磁力を持つ)」存在だと定義する。この3つの特性こそが、今の時代に再び価値を持つ理由だと言う。
情報が断片化し、SNSではコンテンツが秒速で流れていく環境において、マスコットは「瞬時にブランドを伝えられる視覚的ショートカット」として機能する。ロゴやスローガン以上に直感的に人の目と記憶を捉える力を持つのだ。
また、近年よく語られる「blanding(ブランド表現の平均化)」問題に対するアンチテーゼとしても注目されている。ミニマルで似たようなブランド表現が氾濫するなかで、強烈な個性を放ち、かつ懐かしさの温かみを持つマスコットは、消費者の心にユニークな居場所を築くことができる。
「再創造」と「柔軟性」―― セレブとは違うマスコットの強みとは
ブランド戦略において、セレブリティの起用は長らく有効な手段とされてきた。しかしセレブには「baggage(余計な背景やリスク)」がつきまとう。スキャンダルやイメージの変化によって、ブランドが予期せぬ影響を受ける可能性が常にある。
一方でマスコットは、そうしたリスクから解放されている存在だ。必要に応じて姿を変え、表現を進化させることができる。たとえばファッションを変えたり、ジェンダーや年齢を自在に調整したりと、物理的制約がない。ブランドのストーリーに沿って、自由に成長や変身を続けられる点が強みだ。
さらに、マスコットはSNSとの相性が抜群に良い。視覚的にわかりやすく、コミカルな動きやユーモアを取り入れやすいため、バイラルコンテンツの中心になりやすい。ユーザーが「遊びやすい」「二次創作しやすい」キャラクターは、エンゲージメントを自然と生み出す。
マスコットの効果、その裏付けは?
マスコットの存在は、単なる「かわいらしい広告アイコン」にとどまらない。最新の研究では、マスコットがブランドに与える効果が定量的に裏付けられている。
Brand Biscuit Studioの調査によると、マスコットを活用することでブランド想起が最大30%向上し、消費者との感情的なつながりが41%増加するという。特徴的なキャラクターは視覚的なアンカーとして機能し、ブランドを記憶に結びつけやすくするのだ。
また、2024年に発表されたインドにおける調査では、食品業界のマスコット活用が「ブランド認知」「ブランド人格」「自己一致性」「広告好感度」「購買意図」のすべてにポジティブな影響を与えることが示された。マスコットが単なる広告表現ではなく、消費者の購買行動を後押しする実効的な資産であることを意味している。
これらの結果は、マスコットが「見た目の愛らしさ」以上に、ブランドと消費者を長期的に結びつける戦略的存在であることを強く示している。