ブランディングをレイヤーで区分する
ブランディングは、認知を軸に考える企業経営のアプローチだと言いました。しかし、これではあまりに広範で抽象的です。そのため、デザイナー視点では次の3つのレイヤーに整理すると活動しやすくなるでしょう。
ひとつめは「経営・事業戦略」のレイヤー。社会にどんなブランド認知を築くかというものです。ふたつめは「マーケティング」で、ブランド認知をどの市場にどう届けるか。3つめは、「制作・運用」のレイヤーです。ブランド認知を届けるために人とどうコミュニケーションするかというものです。

デザイナーはこの3つのレイヤーを縦断して活動するものです。造形の力で活躍するグラフィックデザイナーは「制作・運用」のレイヤーで動くことが多いものですが、一方、「経営・事業戦略」や「マーケティング」のレイヤーを把握したうえでその観点を持たないと、効果的に機能するアウトプットに至りません。
ビジネスデザイナーやサービスデザイナーは「経営・事業戦略」や「マーケティング」のレイヤーでの仕事が多いものですが、「制作・運用」のレイヤーの勘所をつかまなければ、たとえ優れた企画を立てたとしても、実効性のあるアクションには至らないでしょう。それぞれ主となる活動領域があっても、全体を視野に収める意思が不可欠です。
カテゴライズとポジショニングは戦略的に
まずはひとつめの「経営・事業戦略」のレイヤーから考えていきます。ここにおいてデザイナー視点で意識すべきは、「その企業やサービスは何であるか」というシンプルな問いです。
たとえば、あるサービスを「ウェブメディア」と認知してもらうのか、「ニュースアプリ」と感じてもらうのか、もしくは「新聞のデジタル版」として認識されるのか。まったく同じサービスであっても、ブランド認知が変わることで、顧客やユーザーが期待する価値が変わってきますし、なによりも利用価格への印象に強く影響してきます。
「新聞のデジタル版」ですと月々数千円、「ニュースアプリ」ですと数百円、「ウェブメディア」ですとときには無料ということも。同じサービスでも「それが何であるか」といった認知の設計次第では、直感的に受け入れられる価格に幅が出てきてしまいます。価格は、売上にもっとも影響を与える重大なファクターですし、ときに死活問題です。
顧客やユーザーは、企業/サービスを無意識にカテゴライズしますが、どのカテゴリーにその企業やサービスを置くのか。これが「その企業やサービスは何であるか」の本質です。
デザイナーが、すでに存在している企業やサービスのブランディングに携わるのであれば、そのカテゴリーから外れない表現をすること。あえて、カテゴリーを外れる施策をするならばそのリスクとリターンを言語化できるようにすることが必須です。
一方、新規でサービスを立ち上げる場合は、そのビジネスモデルが斬新で、提案価値が新しいものであればあるほど、顧客やユーザーからはカテゴライズされづらいものになります。
その場合、そのサービスが顧客やユーザーにとって何の代替となるのか、すでにあるカテゴリーのどこに認知を置かれるのか、これらを慎重に確認する必要があります。どれだけ良いサービスをつくったとしても、不本意なカテゴリーとして認知され、成長の足かせになる危険があるからです。そうならないためにも、サービスの「体験」「価値」「認知」「価格」をどうバランスさせるかを反復的に仮説検証し、時間をかけて意思決定することも必要でしょう。
カテゴリーは一度決めたらそれを維持すれば良いものではありません。たとえば、ある決済アプリがサービスを拡張し、金融商品を扱うようになるとします。すると生活者の認知としては、「決済サービス」と「金融機関」の間のカテゴリーの壁がだんだんと薄くなっていき、いずれはなくなっていく可能性もある。金融機関の側からすると、自社のカテゴリーが他社事業の染み出しによって影響を受ける状況。カテゴリーはメンテナンスが必要なのです。
カテゴリーだけでなく、その中でどんなポジションを取るのか、といったさらに細かい観点への理解が必要です。
たとえば、私が所属する企業・コンセントは「デザインエージェンシー」のカテゴリーに入りますが、そのなかには、制作寄りの「デザイン制作会社」や戦略寄りの「デザインコンサルティングファーム」など、段階をもって認知的なポジションが存在しています。
そのなかでもコンセントは制作も戦略支援も行うため、あえてどちらにも寄らない包括的な「デザイン会社」としてブランド認知してもらうことが理想です。そのため、「デザイン制作会社」と強く印象づける広報物は出さないようにしていますし、自社を「デザインコンサル」と呼ぶことも避けています。
まれに、デザイナーがこのようなポジションの機微を理解せずに広報物を制作してしまい、ブランド認知のポジションがかみ合わなくなりそうなときがあります。その時には慎重に軌道修正するようにしています。