ブランディングの戦略と実行を縦断する――認知をデザインし企業と人をつなぐ

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ブランディングは主体なき連携

 さて、ブランディングの3つのレイヤーのうち、最後の「制作・運用」を考えてみます。ブランド認知を届けるために、人とどうコミュニケーションするかというものです。

 制作物を作り公開する。さまざまなチャネルで顧客と接する。施策の効果を計測する。ブランドガイドラインを運用し、一貫性のある組織行動を実現する──。このような活動です。これまで概念的だった方針が、ここで初めて顧客やユーザーの目に触れるものになります。

 多くの企業にとってこの段階で障害となるのは、ブランド認知に関して戦略的かつ一元的に意思決定する主体がいないことでしょう。ブランディングは、企業内の部署では、経営企画、マーケティング、PR、事業部門、開発部門などを横断する活動。ブランディングだけを取り出した、独立した活動もそれほどありません。

 食品や消費財のメーカーでは、商品ブランドごとのブランドマネージャーが戦略的な意思決定をしますが、事業の性質からそのような体制が合わない企業のほうが多いでしょう。社内にブランド管理組織が置かれることもありますが、知財やマニュアルの運用、ブランディングに関わる研修、制作物のチェックを仕事とするケースが多いものです。戦略的な判断よりも、管理の側面が強くなる傾向もあります。

 このような状況でデザイナーはどう動くべきか。強力な主体者がいない。いたとしてもブランディングの専門家ではないこともある。

 まずは、ここまで見てきた「経営・事業戦略」や「マーケティング」のレイヤーのブランディングを理解することです。理解し、自分のデザインに活かすことはもちろん、それを周囲に説明し、全体最適かつ長期的視野をもったブランディングのプロセスやアウトプットを周囲に示すことです。協働の輪をデザイナー自身でつくり出すことです。

 デザイナーはブランディングに対してチャレンジングな提案をしがちです。これまでなかった表現、大胆な体験の構想──。ですがそれがこれまで築いたブランド認知の一貫性を崩すことにならないか。ブランドへの信頼を目減りさせることにならないか。そもそも「新しいことをする」「変える」ことを仕事の目的にしすぎていないか。企業においてボトムアップの気風が強まる現代では、デザイナーの側が冷静になることもとくに重要です。

 実際のところ、ブランドへの投資は、その出発点において戦略的でないことも多いものです。余剰利益が生まれたのでブランディングのプロジェクトを始める。なんとなく古くさく感じるようになったので印象を変える。責任者が交代したのでリブランディングに動く──。

 これらの理由を否定しませんが、ここにデザイナーの「新鮮な仕事で評価されたい」欲求が重なると良い結果にはなりません。ひと昔前であれば、デザイナーの斬新な表現は、その業績貢献と無関係に評価されがちでしたが、SNSが普及した現代ではそうはいきません。愛あるユーザーや生活者からの指摘を受けることになるのです。

 ブランド認知は、「価値」「根拠」「人格」「モデル顧客」「歴史・ストーリー」「連想」などに分解できると言いました。デザイナーとしては、どのパラメータを変更するのか。構造的な変更は加えずに、表現方法を変えてみるのか。ブランド認知における変化の段階を解像度高く捉えておく。細かく言語化し、協働できるようになると良いでしょう。

ブランド認知を「良い体験」に込める

 顧客やユーザーの体験はブランド認知を高めるにあたってもっとも重要です。デジタル体験も例外ではありません。それにも関わらずデジタルプロダクトの分野では、ブランド認知を論点に挙げるプロジェクトがあまり多くない印象です。

 UX/UIデザイナーがユーザー体験を細かく分担して設計し、それが短期間で成果が可視化される。だからこそ、包括的・長期的な視点を持つブランド認知からのアプローチとの相性が悪い。組織的にも動きづらい。こういったことが要因でしょう。

 デザイナーが「良い体験」を実現すると言った場合、その「良い体験」とはいったい何か。自社と同業他社の「良い体験」は同じもので良いのか。おそらくこの「良い体験」の定義に、ブランディングの本質が詰まっているように思います。局所的には、ストレスなく便利に使える体験を実現するにしても、大局で見たときにどのような認知を形成し印象を残すのか。体験全体の価値提案が規定されていても、それを顧客やユーザーにどのように認知してもらうのか。組織的な協働のもとで実現すべき課題でしょう。

 「ピーク・エンドの法則」をご存知でしょうか。人はそのサービスに対して、感情がもっとも高まった瞬間と、何かしらのアクションを終えた最後の瞬間だけで全体的な印象を判断するというものです。サービスを使う、何かを買うといった一連の体験のなかで、デザインのレバレッジが効くポイントはどこなのか。ブランドを印象づける重要な瞬間は何なのか。体験全体を見渡したうえで、そのような調整に動くのも有意義でしょう。

 検討の際に、理想とするブランド体験を実現するには、デジタル空間だけでは難しいこともあるはずです。デジタルだけの体験は模倣しやすいもの。事業によっては、デジタル体験の競争力にも限界があります。

 企業と人をつなぐ独自のブランドを築くには、店舗やイベントといったリアルなタッチポイントも視野に入ってきます。その際にも、リアルだからこそ強く訴求できる「価値」認知は何なのか。その空間の佇まいはどんな「人格」を表現するか、「歴史・ストーリー」のなかにその空間をどう位置づけるか。「良い経験」には、認知だけでなく、感覚や感情といった身体的なものもあるはずです。UXデザインやサービスデザイン、コミュニケーションデザインを考える上でも、ブランディングの視点から補助線を引いてみることで、有用な示唆を得られるでしょう。