[新連載]ビジネス視点でデザインの意味を語る――デザイナー五年目からの教科書

[新連載]ビジネス視点でデザインの意味を語る――デザイナー五年目からの教科書
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 軽やかに活躍し続け、組織や社会をしなやかに変化させていくために、そしてさらなる高みを目指すために必要な変化とは何でしょうか。本連載では5年目からのデザイナーに向け、その典型的な課題と対応策について、コンセントの取締役/サービスデザイナーの大﨑優さんが示していきます。初回のテーマは「ビジネス視点」です。

 デザイナーは5年目あたりから悩みが深まる。越えるべき山に差し掛かる。

 デザイナーとして経験を重ね、専門的なスキルを一応は身につけた。仕事もまあまあできるようになった。でも、さらに先に行くには壁を感じ始めている。一段上に登るには何かが足りない。その何かはわからない――。5年目というのは、そんな不安も感じ始める時期ではないでしょうか。

 現場で活躍できるほどに一定のスキルを身に着けたデザイナーが、さらに上のレベルで活躍するにはどうすれば良いか。その答えはデザインを相対化し、デザインとその外側との境界で活躍できる能力を身につけることにあります。

 いやいや、悩みの時期と言っても、そんな暇もないくらいに忙しい。目の前の仕事をこなすのに精一杯で考える余裕もない。そんな人もいるでしょう。デザインワークでやれることが増えてどんどん仕事が楽しくなっている。悩みなんてまったくない。そんな人もいるでしょう。

 実は私も、この両方に該当しているひとりでした。ただ、今思えば、忙しいと言いながらも同じ種類の仕事の再生産。周りの期待も高まってどんどんと類似の仕事が積み重なっていく。つくることのアドレナリンに冷静さを奪われ、同じ責任範囲を繰り返す毎日でした。

 つまりは、次のキャリアに必要な視座を獲得できていなかった。デザインスキルの成長実感はあったものの、次のステージに上がるための「質的な発達」ができていなかったとも言えます。

 そういう人こそ実は危ない。キャリアを10年重ねても、5年目と同じような仕事をしていることになる。デザイナーの世界は比較的早い段階で下からの突き上げに遭遇します。豊富な体力と新しい感性で猛追してくる若者と、同じ土俵で仕事を取り合う構図にもなります。

 そうならないためにも、5年目からのデザイナーに必要な変化を挙げ、典型的な課題と対応策を明示していきたいと思っています。

 技術や社会が変化するなかでデザイナーが軽やかに活躍し続ける。デザイナーが推進力を発揮して組織や社会をしなやかに変化させる。社会をおもしろくする。こういう光景に貢献したい。そんな思いで連載を重ねていきます。

お膳立てされた、5年目までの仕事

 デザイナー1年目では先輩の補助を受けながらデザインの仕事ができるようになる。部分的なタスクであれば自分でこなせるようになります。2年目からは責任者の監督のもと多くのデザインタスクを計画実行できるようになる。3年目からは数名の小規模のデザインプロジェクトの責任者として活動できるようになります。人によって差はあれど、順調にいけばこのような過程をたどるでしょう。

デザイナーの1年目から5年目までの成長を示した図。1年目は補助つきの業務遂行。2年目は業務の計画と実行、3年目は小規模プロジェクト責任、4年目はより高難度のプロジェクト責任、5年目は組織管掌と品質管理と人材育成とある。

 そして、5年目デザイナーは組織上のリーダーになっていたり、〇〇ディレクターというような肩書で品質管理や方針策定に動いていたりする。何かの責任を背負い裁量を持って仕事をしている状態です。フレッシュな若手管理職。活きが良いUXディレクター。勢いのついたアートディレクター。5年目にそんなイメージを持っています。

 一方、そのデザイナー5年目から壁が立ちはだかってきます。

 デザインをある程度知っている集団の中での仕事。相手がデザイナーとはどんな職業なのかを把握してくれている業務。デザインへの期待値がある程度整理された状態のプロジェクト。もっと言うと「デザインが必要だ」というポジティブな目を向けられた環境下での責任の遂行がこれまでのフェーズです。

 しかし、これは上位者がお膳立てしてくれた環境。誰かの手でデザイナーが仕事しやすいように場を耕し、交渉し、デザインの期待値を揃えた上での風景です。乱暴に言ってしまえば、デザインの中の世界。

 5年目からの苦悩は、この範囲にとどまっていることの居心地の悪さと、突き抜けるためのアクションがわからない歯痒さ。試行錯誤や学びの時間が足りない焦り。それでも求められる責任への圧力――。こういったものが自分の中でもやもやと言語化されず、消化不良の異物のように不安感がとどまります。

 不安を感じるならばまだ良いかもしれません。深刻なのは前述のように、このような機微に気づかず無為に過ごしてしまうことです。とくに、売り手に傾くデザイン人材市況であったり、自分が所属する組織が業績好調だったりすると、このような不可欠な変化は課題として顕在化もせず、ポジティブな空気で覆い隠されます。能力ギャップがありながらも待遇は上がる。しかしそうなると、登り調子のデザインの世界の潮目が変わった瞬間に、一気に問題が露呈することになります。

 5年目からの次のステージは、ほかのデザイナーが活躍できる空間をつくり、デザインの仕事を自分でつくれるようになること。デザインとそうでないものの間で矢面に立ち、デザインの価値を引き合わせ、自分の視点で社会や事業の問題にメスを入れていくこと。それが求められます。5年目からは数年かけて、その能力を磨き上げていくのです。

5年目からのデザイナーが置かれた状況を示した図。デザインの話が通じやすい空間から脱して、デザインに興味を持たない他者とも協働する様子が描かれている。5年目からのデザイナーは、デザインを外側から相対化すること、デザインの仕事をつくることが責務となる。

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