マーケティングと協働するデザイン――「市場創造」「合理性」「情報格差」などからその本質を考える

マーケティングと協働するデザイン――「市場創造」「合理性」「情報格差」などからその本質を考える
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 軽やかに活躍し続け、組織や社会をしなやかに変化させていくために、そしてさらなる高みを目指すために必要な変化とは何でしょうか。本連載では5年目からのデザイナーに向け、その典型的な課題と対応策をコンセントの取締役/サービスデザイナーの大﨑優さんが示していきます。第2回のテーマは「マーケティング」です。

 デザインが弟ならば、マーケティングは兄なのか。

 ビジネスで活用されるデザインの多くは、マーケティングの範囲内で行われます。もちろん、すべてではありませんが、感覚的には7割ほどがマーケティングの内部。戦略がマーケティングで、実行がデザイン。マーケティング組織の中にデザインチームがある。そんな構図の組織もあります。

 私は、「5年目からのデザイナー」がマーケティングを学ぶことは必須であると感じています。これは、デザインの仕事がマーケティングの中で行われるからという理由だけではありません。マーケティングの良い意味での対立軸として「デザイン」が機能することで、事業や経営の成果を最大化できると考えているからです。そのためにもマーケティングを学ばなければいけない。

 デザインとマーケティングは性格が似ている。似ているけれども決定的に異なる。マーケティングを兄として、弟としてのデザインが慕い従う。そんな関係ではなく、相互に助け合う双子のような存在でいる。そんな構図が組織のパフォーマンスを高めるものでもありますし、だからこそ、デザイナーが組織に存在する意味にもなってくると考えています。

いちばん身近な「ビジネス視点」

 前回(第1回)のテーマは「ビジネス視点」でした。ビジネス視点を得るためには、事業と経営のふたつの枠組みから自分の仕事の意味を理解することが必要であり、多くのデザイナーは、そのなかで「自分と関係する部分」から学ぶのが良いと述べました。

 ほとんどのデザイナーにとって、その「自分と関係する部分」が、マーケティングであることが多い。だからこそ、まずはマーケティングの総論を押さえるべきだと、私は考えています。

 ただひたすらマーケティングの話をするだけならば専門の書籍を読めば良いでしょう。しかしこの記事では、“デザイナー視点”のマーケティングの要点や、デザインとのギャップを紹介することで、読者の効率的な理解に役立てたいと思います。

 おそらくマーケティングに詳しい人ほど、マーケティングとデザインを区分して話すことはナンセンスだと感じるかもしれません。マーケターとデザイナーと呼び分けるからこそいけない。これは真実でもあります。ですが、便宜上、本連載のテーマである5年目デザイナーの視座に立って、区分や対比を描くことにより、理解につなげていきたいと思います。

市場適応と市場創造

 まず、マーケティングとは何でしょうか。

 さまざまな解釈がありますが、私はそれを「市場適応と市場創造」と定義しています。市場とは買い手の集団のことです。つまり市場適応とは、活動の方向性を買い手の集団が望むものに合わせていこうというもの。買い手が望む商品をつくろう。買い手に商品の魅力を知ってもらおう。買い手が買いやすいチャネルをつくろう。買い手が感じる価値と利益がバランスする価格をつくろう――。そんな営みです。

模式図。市場適応と市場創造を表した図。市場適応は、買い手の集団である市場が企業に対して影響を与えている様子。市場創造では、企業が外部に影響を与え、市場が形成されようとしている様子を表している。

 この考えかたをデザイナーの仕事で表現するならば、商品やサービスそのもののデザイン、それを売るウェブサイトや売り場やパッケージのデザイン、広告のデザイン、魅力を高め価格をつくるようなデザイン。それらを叶えるためのリサーチやプロトタイピング、合意形成や意思決定に向けたファシリテーション。こういったものが、マーケティング活動に含まれるデザインです。

 また、買い手の望みに応じる形で、企業が持つ技術や組織構造や事業のありかたから変えていこうといった活動も広義にはマーケティングだと捉えられます。つまりは、商品のレベル、流通販売のレベル、組織のレベル、すべてを買い手の望みに適応しようとする行為がマーケティングの「市場適応」です。

買い手自身も何が欲しいかわからない

 ではもう一方の「市場創造」について見ていきましょう。

 ここまで「買い手の望み」と言ってきましたが、マーケティングの究極の課題は、企業は買い手の望みがわからないこと、そして、買い手が誰だかわからないこと。これに尽きます。

 これは企業だけでなく、買い手自身も分からないことです。現代社会の製造と流通と情報伝達の技術からすると、普通の人の普通の暮らしに必要な商品やサービスは、すでに揃っています。そのうえでさらに自分に何が必要なのか、自分を幸せにするサービスは何か。買い手となる生活者自身も認識していないのです。

 BtoBの買い手も同じです。企業経営をするうえで、販売・宣伝や教育研修などの費用計画は立てますが、それをどう使えば効果が最大化するのか、買い手自身はわかりません。それは担当者レベルでも、管理者レベルでも、経営者レベルでもやってみなければわからないことです。

 また、私は「ある商品が想定外に売れているが、誰がどういう理由で買っているかわからないから調査したい」という仕事に触れたことがあります。その企業は流通の細かい情報を持っていなかったのですが、仮に持っていたとしても「なぜ買うのか」「なぜこの世代や性別に購買層が集中するのか」ということは調べてみないとわかりません。当然、商品に対する想定購買者をあらかじめ設定していますが、それでも想定外のことは日常的に起こるのです。

 企業が競争優位性を得て、さらなる成長や存続を目指す意味でも、顕在的なニーズだけを追っていては立ちいかなくなります。顕在化されたニーズへの対応は、模倣しやすく陳腐化しやすい。さらには資本の勝負にもなりやすい。永遠不滅の顕在ニーズだけを捕まえて利益を出し続けることができるような強固な商品や事業基盤があれば良いのですが、ほとんどの企業はそうではないでしょう。

 そのため、企業は買い手自身も自覚しない潜在ニーズを主体的に発見し、これまでにない商品やサービス、流通を築き上げる必要があります。顕在ニーズに「適応」するといったフォロワー的な感覚だけでなく、ニーズを自らの手で「創造」し、社会を豊かにするという探索的な姿勢もマーケティングに求められるもの。これが「市場創造」です。

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