はじめに
ファクトやコンテクストに根付いた強いコンセプトからストーリーが生まれ、そのストーリーが作り出す提供価値が、人の心と体を動かす要因となる。人が動くことで、それは体験になる。それらすべてをデザインすることが、体験デザインです。
はじめまして。tacto株式会社のCo-Founder / Creative Directorの板倉です。tactoは、ストーリーデザインを軸に人間の意識や心理に働きかけるコンセプト策定から、具体的な形を持つデザインまで手掛けるデザインファームです。
私はアメリカの芸術大学を経て、現地の大手クライアントのデジタルデザインを手掛けるなど10年以上キャリアを積んできました。海外で日本人デザイナーとして働いて感じたことは、プレゼンなどのコミュニケーションでは、現地の人には敵わないということ。その中でも、結果を出しキャリアを築くために重ねた試行錯誤の結果、いくつかの方法で成果を出すことができました。
ひとつはしっかりと軸を持ったコンセプトを策定し、デザインを作ること。当たり前の話ではありますが、その軸によってデザインの意図が伝わるスピードが早くなり、デザインでしっかりと会話することが可能になりました。
もうひとつはデザインのスピードを上げること。ほかのデザイナーがデザインカンプをひとつ作る時間で3つ仕上げる。そうすることでチームの視点が広がり、クリエイティブのクオリティが上がりました。これは、コンセプトがしっかりと定まっているからこそ、クイックに幅を持たせたデザインを作ることができたからだと思います。
デザインにストーリーを持たせることで、伝わるデザイン=感性を揺さぶるデザインを生み出せたこと。これが私のキャリアを支えてきていると実感しています。
「美しさ」とは、見た目だけではない
みなさんは、ストーリーというコアを持ったデザインを作っていますか?
デザインにおけるストーリーとは何か――。わかっているようでわからない人が意外と多いのではないでしょうか。
私は、日本のデジタルデザインの水準を高めるべく、2017年に帰国しました。その背景にあったのは、日本のデジタルデザインが遅れているという危機感。その大きな要因のひとつが「ストーリーの欠如」でした。
「ストーリーって何?ドラマや映画じゃないのだから必要ない」「ストーリーを作るのは戦略やUXの仕事なのではないか」。そう思う人も多いかもしれません。
実際、私も「見た目が美しければ良い」と最初は思っていました。見た目が美しいデザインも素晴らしいのですが、体験のデザインにおける「美しさ」の観点でもっとも重要なのは「見た目」ではないのです。
エンドユーザーにとっての「美しさ」とは、見た目(情緒的価値)と中身(機能的価値)、それを繋ぎ合わせるUXのすべてが機能しているデザインから生み出される包括的な「体験」にあると思います。(情緒的価値、機能的価値については次回以降お話ししていきます)
そのときに、必ずしも「見た目」が美しくある必要はなく、体験に沿った見た目であることが重要です。
どこかで見た興味深い事例があります。ギャル向けのアプリを開発する際、しっかりユーザーに向き合ったアプリ体験にするにあたり、ユーザーテストを繰り返し行いました。その結果、「ボタンを大きくすること」にデザインの重点を置くことに。その理由は、「ギャルのネイルが長い」から。爪が長い分、普段見慣れているボタンのサイズではタップしづらく、ユーザビリティが著しく低下したそうです。
一見、ボタンがあまりにも大きく、不格好に見えるかもしれません。しかしエンドユーザーに向き合い、彼女らの大切なものを見つめたうえで導き出した答えだからこそ、しっかりとしたストーリーが存在し、見た目と中身を繋ぎ合わせるUXのすべてが機能する「美しさ」が生まれたのだと思います。
つまり、インターフェースを作るデザイナーは、「デザインを理解させ、満足、そして浸透させることが仕事であり責任」なのです。
理解・満足・浸透に必要なデザインのコアであるストーリーの根っこにあるのが「コンセプト」です。どんなに小さなデザインでも、コンセプトをしっかりと定義することが不可欠です。
当たり前に聞こえることでも、それをおざなりにせずデザインすることはとても難しいと思います。ただ、その一つのルールを守り続けることで、強いデザインが生まれると私は信じています。
それでは、体験デザインにおけるストーリーとはなにか。その観点に戻って、話を続けましょう。