第1章は「ビジネスにおけるデザインの役割」、第2章は「ビジネスを発明する方法」、この第3章は「次の発明を生み出す働き方」をテーマに、クリエイターがビジネスのフィールドで戦っていく方法をお伝えしてきました。最終回となる今回は「異なる文化の交差」がテーマです。
デザインは古くからビジネスに内包され、製品やサービスの色・形といった表層だけではなく、社会実装のカギを握ってきました。100年前に設立されたバウハウスや現代のスタートアップスタジオは、それを体現する機関であると言えます。
こうした社会実装のプロセスには、ビジネスを「発明」し、「牽引」するというふたつのステップが必要であり、そのために欠かせないのが、多くの視点から対象を捉えて本質的な課題を抽出することです。とくに技術革新や社会構造が刻々と変化する不確定要素の多い時代においては、ひとりが複数の専門性をもつダブルメジャーの素養によって専門性の交わりを実現し、「発明」と「牽引」の精度とスピードを上げていくことが不可欠です。
今回の記事では、このダブルメジャーの素養を単なるプロジェクトのコツとして考えるのではなく、異なる文化間の共創にまで広げて考えていきます。これからご紹介する3つのキーワードが、「次の発明を生み出す働き方」に一歩近づくヒントとなれば幸いです。
1.解釈する前に、知ろうとする(視野を広げる)
前回の記事でもお伝えしたように、あえて人のやりかたを模倣してみることは、守破離の「守」を作るひとつの方法として効果的です。異なる文化背景をもつニューヨークチームとやりとりをするときも、私はこの考えかたを大切にしています。その具体例のひとつとして、Black Lives Matterに関するI&COの取り組みの過程をご紹介します。
アフリカ系アメリカ人の黒人男性ジョージ・フロイド氏が白人警察官の不適切な拘束によって死亡する事件を受けて、2020年7月にI&COは、反差別主義のスタンスと具体的な行動計画を発表しました。
東京の私たちは当初、このステートメントに日本特有の問題を盛りこみ、単なる直訳版ではない日本版のステートメントとして公表することを検討しました。オリジナルのステートメントに書かれていることの多くはアメリカ社会に付随する内容であり、直訳して発表するだけではアクションとして不十分だと考えたからです。ビジネスシーンでも、海外の商品やサービスをそのまま日本に持ってくるのではなく、日本の文化やユーザー像に合わせた「ローカライズ」が重要であるという議論がなされることは多いかと思います。
しかし私たちは検討の過程で「解釈する前に、知ろうとする」ことに立ち返り、理解できない部分があるなりに直訳版を完成させることを決めました。それによって浮かびあがったのが「彼らに見えていて、自分たちが見えていないこと」の存在です。
たとえばステートメントの中に次のような文言がありました。
「I&COは、制度的人種差別を推進したり、人種的抑圧をほのめかしたり、人種差別を拡散するような仕事には参画しません」
人種差別が許されるものでないことはわかっていても「制度的人種差別を推進したり、人種的抑圧をほのめかしたり、人種差別を拡散するような仕事」が具体的にどのようなものであるか、私たちが即座に理解するのは難しいことでした。ですが一方で、理解するのが難しいという事実を知ることができたのです。
無理に解釈しようとせず「自分たちに何が見えていないか」を知った私たちは、取り組みの方向性を変えました。まずはニューヨークチームのメンバーから構造的差別の起源と歴史、現状といった事実をありのままに学ぶことからはじめ、現在も考え続ける仕組みづくりをしている途中です。