印刷技術の継承と新結合で新たなフィールド開拓を その先にあるデザインとアートの融合
本連載の最後にフィーチャーする凸版印刷の「GEMINI Laboratory」は、2022年9月にスタートしたリアルとバーチャルが接続・同期された世界の実現を目指す共創プロジェクトだ。
アーティスト/クリエイター、建築家、研究者らさまざまなプレイヤーが参画し、リサーチやディスカッション、プロトタイピングを行うコミュニティを形成、物理空間と仮想空間をボーダレスにつなぐための想像と創造の活動を行っている。
凸版印刷は、これまで印刷技術を用い木目や石などのテクスチャ・質感を忠実に再現した高意匠の建装材を提供してきた。「GEMINI Laboratory」では、これらのノウハウを活かし、テクスチャや質感、音などさまざまな付帯情報を含めたオブジェクトや素材のデータベース化を推進。2023年4月に、プロジェクト初のサービスとなるデジタルデータライブラリー「AltField by GEMINI Laboratory(以下「AltField」)」のデモ版をリリースした。
このプロジェクトで構築しようとしている未来の射程距離とその範囲は、検討もつかない遠い時間軸の話ではないし、荒唐無稽な夢想の社会でもなく、確からしい仮説にもとづいている。関連するXR、メタバース、AIは、すでに人の暮らしに浸透しつつあるし、私も最近行ったクリエイターとのミーティングでは相手がアバターの姿のため実際の年齢や性別がわからず、そのまま仕事が進行することもある。
ただし、仮想と現実を行き来する社会生活の仮説はシナリオの本筋でしかなく、そこで生まれてくる個々のエピソードのすべてを描ききれているわけではない。
プロジェクトであり、事業でもあるため、アートドリブンとデザインドリブンの両輪のアプローチを上手く使いながら、「個々のエピソード≒そこで価値を生み出すプロダクト/サービス」の構想を進めていくことが重要になる。
デザインとアートの両輪でドライブさせていく
実は「GEMINI Laboratory」のビジョンやコンセプト、アプローチの設計の段階では「デザインリサーチ」が行われた。
デザインリサーチとは、定量情報を軸にする「マーケティングリサーチ」とは異なる。観察から得られた問いと洞察をインスピレーションに前例のないビジョンを導き出し、目指す道筋を明らかにし、未来に現れるであろうストーリーを描く手法だ。
まだ世の中にないプロダクトやサービス、世界観を開拓するために有効で、「GEMINI Laboratory」は、デザインによってシナリオの大筋が描かれた。
このシナリオを描いたあとに「GEMINI Laboratory」がユニークだったのは、大胆なアートドリブンのアプローチを行う決断・実行したことにある。
プロジェクトを公表するまでに、水面下で複数のアーティストと作品としてのプロトタイプ制作を実施。プロジェクトの構想発表直後に、現代アートのキュレーターを招き、それらの作品群を体験できるアートエキシビジョンを開催したのだ。
プロトタイプとしての作品を制作した作家は、MITメディアラボで都市における合意形成などを研究する酒井康史、デジタルフィールドで先進的な作品を制作しつづけるexonemo(エキソニモ)、建築とメディアの領域で幅広いリサーチを行なう砂山太一率いる砂木の3組。キュレーターは、アートの文脈で先進的な提案をし続けている丹原健翔氏が担当し、現代アーティストのSputniko!、misato、菅野歩美の作品を交え、ミラーワールドにおける新しい情景をテーマにした「GEMINI Laboratory:デバッグの情景」を展開した。