東京都市大学、TIS、岡山理科大学、工学院大学は、バーチャル空間での視線の可視化により、視線の可視化がない場合と比べて3倍以上の確率でコミュニケーションを誘発する技術を開発した。
偶然出会った人との何気ない交流を指すインフォーマルコミュニケーションは、しばしば課題解決のヒントやイノベーション創出のきっかけとなるため重要となる。しかし、目的が明確な場合が多いデジタル空間でのコミュニケーションが急増した現在、日常生活全体で人々のインフォーマルコミュニケーションの機会が急減している。
同研究は、コミュニケーションの開始時に重要な役割を果たしているとされる視線に着目し、デジタル空間のひとつである3次元バーチャル空間において本来見えない視線を可視化することで、インフォーマルコミュニケーションの誘発を試みた。
3種類の視線の可視化手法(矢印、シャボン玉、ミニチュアのアバター)を実装し、この3つの可視化された視線と、可視化されない視線を比較するユーザー実験を行った結果、可視化された視線はいずれも、可視化されない視線よりも偶発的なコミュニケーションを誘発することがわかった。(可視化なし:15.0%、矢印:45.4%、シャボン玉:54.5%、ミニチュアのアバター:47.1%)。
今後は、本研究成果の発信やソフトウェアの公開を通じ、各種コミュニケーションサービスへの提案手法の適用や、コミュニケーション支援に関する研究開発の進展に役立つことが期待される。
同研究のポイント
- 3種類の視線の可視化手法(視線の送り手のいる方向を指す矢印Arrow、送り手のいる方から流れてくるシャボン玉Bubble、送り手のミニチュアのアバターMiniavatar)を開発。
- 3つの可視化手法は、視線を可視化しない場合と比べて偶発的なコミュニケーションを有意に誘発すること、とくにBubbleはArrowよりも会話をともなう偶発的なコミュニケーションを有意に誘発することをユーザー実験により実証。
- サクラ(偽参加者)を用いた、他者との交流の意思を必ずしも持たない状況下での偶発的なコミュニケーションの客観的かつ定量的評価手法を構築。
概要
東京都市大学、TIS、岡山理科大学、工学院大学は、東京都市大学未来都市研究機構 ソーシャルVR研究ユニットにおける共同研究において、バーチャル空間での視線の可視化によりインフォーマルコミュニケーションを誘発する技術を開発し、視線の可視化がない場合と比べて3倍以上の確率でコミュニケーションを誘発することを明らかにした。
同研究では、2種類の注視行動(一方がもう一方を見つめる一方注視、ふたりが同じ対象を見つめる共同注視)を可視化の対象とし、一方注視と共同注視のそれぞれに対して、3つの視線の可視化手法(視線の受け手の顔の前で視線の送り手のいる方向を指す矢印Arrow、送り手から受け手に向かって流れてくるシャボン玉Bubble、受け手の顔の前に送り手のミニチュアのアバターが現れて手をふるMiniavatar)を設計・開発した。
一般から募集した20~49歳の男女96人の参加者に、上述した3つの可視化あり条件(Arrow, Bubble, Miniavatar)に可視化なし条件(Control)を加えた、4つの条件のいずれかひとつを用いて、サクラ(偽参加者)と一緒にバーチャル空間を共有してもらう実験をおこなった。サクラ(視線の送り手)から参加者(視線の受け手)に偶然を装って視線を送ったときの、参加者の行動と心理を検証した。
参加者の行動を検証するために、サクラからの視線を受けた後サクラに対して何らか(言語・非言語・一瞥)の反応をした割合(コミュニケーション誘発率)を求めた。その結果、可視化あり条件はいずれも可視化なし条件よりも、参加者はサクラに3倍以上の高い確率で反応を示した。さらにその反応の内訳を調べてみると、3つの可視化あり条件のなかでは、一方注視ではBubbleがもっとも有効で、参加者は言語的(例:挨拶)あるいは非言語的(例:会釈)に反応していることがわかった。
参加者の心理を検証するために、参加者に視線を受けたときの印象についてのアンケートに回答してもらった。その結果、参加者は心理的にも肯定的に反応していることが判明した。
研究成果に至った背景
課題解決のヒントやイノベーションの創出に不可欠とされるセレンディピティは、しばしば、インフォーマルコミュニケーションから生じる。デジタル空間におけるセレンディピティの欠如は、以前から問題視されていたが、コロナ禍を経てデジタル空間でのコミュニケーションが急増した結果、深刻さを増した。この問題が解決されなければ、特定の考えかたや価値観が増幅される閉鎖的な状況を招き、社会や文化の分断や衰退につながる可能性もある。したがって、これからのデジタル空間にはインフォーマルコミュニケーションを誘発する仕組みが必要。
実空間でのインフォーマルコミュニケーションの開始に至る前の人々のインタラクションは、非言語情報の中でもとくに視線が重要な役割を果たすことがわかっている。また、人間の目は身体的負担が少なく高速に動き、離れたところからでも利用可能なため、興味を示すために人間は自然に視線を使用する。よってデジタル空間で視線をユーザーにうまく提示できれば、インフォーマルコミュニケーションを誘発できる可能性がある。この可能性を探るために、デジタル空間のひとつである3次元バーチャル空間で、アバター(ユーザー)間のインフォーマルコミュニケーションを誘発するための視線の可視化手法を開発・検証した。
研究成果の社会的貢献および今後の展開
今後は、同研究成果の発信に加え、開発した可視化手法が組み込まれたソーシャルVRプラットフォームを開発し、オープンソースソフトウェアとして公開する予定。これにより、バーチャルオフィス、バーチャル展示会、バーチャルイベント、マルチプレイヤーゲーム、ARコミュニケーションなどの各種VR・ARコミュニケーションサービスへの可視化手法の適用や、企業・研究機関・大学などでのVR・ARコミュニケーション支援に関する研究開発の進展が期待されている。