これまでの3回では、特定のプラットフォームで発信を始めたクリエイターがそこから独立し、個別の経済圏を獲得して企業に取って代わり得る存在になることをさまざまな側面からお伝えしてきました。
ファンコミュニティの熱狂を味方に個別の経済圏を獲得し、特定のSNSに依存せずに発信することができるようになった個人にとって、もはやYouTuberやTikTokerというくくりはあってないようなものです。さらに今では、これまでSNSで積極的に発信していたわけではなかった既存の職業の人たちも、SNSで同様に発信するようになっています。アイドルやモデル、俳優、社長――。今まで特定の肩書きのもと活躍していた人たちが、その肩書きを超えて知名度を獲得し、ファンコミュニティを持つようになっているのです。
そのとき、もはやその肩書きはタレントでも社長でもTikTokerでもない。等しくクリエイターだと言えるのです。
このように、今まで既存の職業についていた人たちまでもがクリエイターとして溶け合っていく世界においては、個人だけでなく、企業とそこで生み出されるクリエイティブにも、きっと新たに求められることがあるはずです。第4回となる今回は、そのあたりについてお話しします。
現代のクリエイターはコンバインを手にしたコメ農家である
今回テーマにする企業とそのクリエイティブを、第3回までで説明してきた個人のクリエイターと比較する場合、わかりやすい例として挙げられるのが、手摘みで収穫されるお茶とコンバインで収穫されるコメとの比較かもしれません。
1つひとつ丁寧に手摘みしなければいけないお茶の葉っぱを収穫する場合は、ほかの人より2倍多く摘める優れた人が一日16時間働いても、1日8時間働く普通の人が4人いれば同じだけの仕事をすることができてしまいます。しかし同じ農作業でもコメの場合は違います。現代のコメ農家は大規模に機械化されており、少ない人数であっても一定以上の収穫量を出すことができるようになっています。
これと同じことがクリエイティブの世界でも起こっています。第2回で「スマホさえあれば、今日からクリエイターになれる」とお話ししたように、これまでのクリエイティブの世界は、頭数がものをいうお茶の収穫のように労働集約的で、最低限必要とされる機械も非常に高価でした。しかしテクノロジーの進化によってはるかに少ない人数で同じことができるようになった。つまり現代のコメ農家のように、少ないリソースで一定のアウトプットを生み出せるようになったわけです。さらにこのことは、これまでであれば頭数を揃えることで代替されていた優秀な人の能力を、テクノロジーのレバレッジによって最大限活用できるようになったことを意味します。
これによって何が起こるのでしょうか。かつてよりはるかに少ないリソースで、個人の能力を最大限に活かしたクリエイティブの制作と発信ができるようになるのですから、それを活用しない手はありません。有名なアイドルや社長など、特定の文脈ですえでに十分成功している人がクリエイターとして発信するのも、ある意味では当然のことかもしれません。
企業はクオリティの考えかたを変えなければいけない
では、企業の場合はどうでしょうか。従来まで企業が自社の製品について発信する場合は、自分の手でお茶を摘むのではなく、もちろん自らコンバインを操って収穫するのでもなく、エージェンシーにお金を払って広告コミュニケーションを外注していました。
しかし今、幅広い個人がクリエイターとして自ら制作と発信ができるようになりました。そんななか、エージェンシーを挟んでコミュニケーションをすることでスピード感が落ち、間接的な発信によって温度感が失われるといった昔ながらのコミュニケーションは通用するでしょうか。リアルタイムのストーリーやライブを通じて、熱狂的なファンコミュニティに直接語りかけるクリエイターとの差は明らかです。そういった部分をキャッチアップするために、企業内のクリエイターも、まずは自分たちで手を動かして発信していくことが重要です。
そうすればきっと気付くはずです。これが2010年頃までであれば、たとえばホワイトバランスやライティングや色温度などにきちんと配慮しなければ良いクリエイティブをつくることはできませんでした。でも今は、それらを私たちが気にしなくても、テクノロジーが最適化してくれるようになっています。少し前であれば良いカメラと良いレンズがなければ良い映像は撮れませんでしたが、今はそれよりも盛れるフィルターのほうがはるかに重要なシーンも格段に増えています。100万円のカメラで撮った綺麗な映像よりも、10万円のスマートフォンで撮ってフィルターをかけた動画のほうが、良い反応を得られる時代が“今”なのです。
このようにクリエイティブにおける品質の基準が大きく変わってきています。これは、クリエイティブとそれが消費される環境のふたつを切り離して考えてしまうと、決してわからないことでしょう。スタジオにある60インチのモニターでチェックをした映像がテレビに流れるのではなく、スマホのカメラで撮った動画が6インチの画面で再生される今、これからのクリエイティビティはより本質的なことに取り組まなければいけません。従来まで“クオリティ”とされていたものは、今やテクノロジーが自動で最適化してくれる時代です。トップのYouTuberもTikTokerも、従来のクリエイターがリソースを割いていたポイントとは違う場所にこだわりをもち、コンテンツを制作しているのです。