[新連載]トラブルがつきもの? 調査で見えてきた、コンテンツ事業における契約業務の難しさ

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契約を結ばないリスクとは

 こうした社会的な環境変化のなかでも、Sansanの調査では「契約を結ばないケースがある」と回答した人が5割以上だった。なぜ、契約を結ばずに仕事を進めてしまうのだろう。その理由として「契約書の締結が必要なケースが整理されていないから」や「案件の金額が小さいから」が調査結果の上位にあがった。契約業務を重視されているケースがあまりなく、業務フローが整備されていないことが浮き彫りになった形だろう。

 現場の話を聞くと「あの先生とは長く一緒に仕事をしているから大丈夫」という安心感から、契約を結ばないケースも少なくないようだ。10年以上一緒に仕事をしているにも関わらず、一度も契約を結んだことがないと最近気が付いたといった声を耳にしたこともある。

 また、納期が迫っていると、契約よりも仕事を優先してしまうこともあるだろう。私も過去に、納期が短い仕事を知り合いのエージェンシーに依頼した際、契約を後回しにしてしまった。「僕とあなたの仲じゃないですか」という言葉に甘え、契約を交わさず仕事を進めたところ、請求書は大幅に予算をオーバーしていた。予算の目安を伝えていたとはいえ、契約を交わしていなければ強くは伝えられない。結局、上司とともに謝罪に行くこととなった苦い経験だ。

 こうした口頭発注が原因となったトラブルは、ときに大きな事件に発展することもある。たとえば2021年、アニメの制作会社が個人の作画監督に対して、口約束でした契約金のうち、半分の支払いを拒否したとして公正取引委員会から下請法違反で指導を受けたことがあった。コンプライアンスへの意識が高まるなか、書面を取り交わさないことのリスクは高まっていると言える。

 企業にとっても個人のクリエイターにとっても、トラブルを未然に防ぎ今後も継続的に仕事をする関係性を保つために、またお互いの立場を守るためにも契約書の取り交わしは不可欠なのだ。

市場はますます拡大し、IPビジネスの契約業務はさらに複雑に

 IPビジネスではすでに多くの契約トラブルが発生していることが明らかになったが、今後さらに増加する可能性がある。

 その一因として、近年のIPビジネスにおけるパワーバランスの変化がある。今まではコンテンツを持っている側が力を持ち交渉を有利に進められてきたが、一概にそう言えなくなりつつあるのだ。

 それを表しているもののひとつが、動画配信サービスなど新たなプラットフォーマーの台頭だ。世界中に多くのユーザーを抱えていることで、IPビジネスに多大な影響を与えている。コンテンツを保有する側にとっては、ビジネスを拡大するためにプラットフォームを活用し、彼らと協業することが重要になってきているのだ。当然、プラットフォーマーたちも自らの影響力を把握し、攻めの交渉をする。コンテンツに関わる権利をより多く獲得し、その後の二次利用も自由に使えるような契約を結ぼうとするケースが多いのは、ビジネスのありかたとしては当然だろう。さらに、昨今ではプラットフォーマー自身がコンテンツを制作することも多い。人気マンガを原作にしていたり、クオリティも従来の映画と変わらないほどだ。

 どのような立場であっても、IPビジネスに携わるクリエイターにとって今後こうした新しい企業との協業を避けることは難しい。今までとは異なる論点が発生するような契約交渉が必要になる場合もあるのだ。

 クリエイターにとって、契約トラブルが実は身近に存在することを実感いただけただろうか。今はまだ、関わりが少なかったとしても、今後避けては通れない業務となるだろう。

 次回の記事では、契約トラブルを回避するために今後クリエイターや企業は何をすべきなのか、海外で用いられている「リーガルリテラシー」の考えかたとともに紹介したい。