皆さま二度めまして。書店員芸人のカモシダせぶん(@kamo_books)です。初めての方は、この記事を読む前におさらいの意味で初回を読んでいただいてもいいですし、この回を読んでから、前回の記事に戻っていただいても嬉しいです。
さて今回紹介する2冊に共通しているのは「身近な事象の先まで考える」です。
ものづくりをするうえで、お客さんに受け入れやすく、かつ驚かれやすいのはこういった作品なんじゃないかなと思っています。ありきたりなことをそのまま表現されても新鮮味がないですよね。かといって、現代とは違う次元で、足が5本あって、音階の「ファ」の音だけ食べる生き物の話をされても、あまりにも自分から遠すぎて全体には刺さりづらいと思います。もちろん、この生き物の話に興味がある人はいるとは思いますし僕は食いつくタイプですが、ごく少数だと思います。そんな前提のもと、バランス感覚に長けたこのフィクション小説をぜひ読んでいただきたい。
髪の毛が急に抜け落ちてしまう世界で生きる人たちを描く『め生える』
1冊目は中編小説。『め生える』(U-NEXT/高瀬隼子 著)です。ある日、原因不明の感染症により、男女関係なく世界中の大人の髪の毛が急に抜け落ち、はげてしまう。そこで生きていく人たちの群像劇です。

我々人類がこの数年、コロナ禍によるパンデミックを経験したからこそ、「よくわからないもの」に対する怯えがあったり、爆発して売れたものや衰退したものがあったり、そこに順応したことで変化した働きかたや技術が今の日常のスタンダートになっていたりしますが、この『め生える』もそんな感覚にもとづいた物語です。
この世界で最初に衰退するのは美容院。それはそうですよね、髪がないんだから。代わりにウィッグ専門店が流行りだしたりします。そしてなるほどなと思ったのが、銭湯に行く女性が増えていくという展開。女性にとって髪は大事ですが、その分毎日の手入れが男性に比べて圧倒的に大変、毎日のお風呂での手入れもひと苦労。そこが均一化され、ある意味で手間が減ったことにより、お風呂をもっと楽しもうとする女性が増える。読んでいて、先読みが上手いなと思いました。ビジネスマーケティングみたいですね。
今取りあげた部分もそうですが、この小説はさまざまな人物の視点で進んでいきます。テーマ上、比較的男性が中心なのではないかと思った方もいると思いますが、女性視点の話のほうが多いのがすごく良い。どうしても薄毛の話題は男性中心になりがちですが、女性でも悩まれている方はたくさんいる。そんな自分の固定概念もアップデートできました。
そして髪の毛の話題は、突き詰めれば「ビジュアル」の話になっていくわけです。僕自身も実は薄毛で悩んでいていろいろ対策をしてきているからこそ、ビジュアルの問題は「人がどう思っているか以上に自分が自分のビジュアルに対してどう思っているか」が根深いのだなと、この本を通じて改めて考えさせられました。僕の場合は、芸人なのに「なんだか笑えないはげかた」というのが最大の問題です……。
また怪しげな占いや団体が出てきたり、まだはげてない子供たちの早めにはげることを宣告された上で青春が切り取られていたり、短い中編なのに見どころが山ほどある小説です。くわえて、芥川賞作家の高瀬さんだからこそ、こんなにもSFな設定なのにオチが完全に純文学のそれで、切れ味が鋭い1冊になったのだと思います。読み終わってすぐは放心状態……。2024年に読んだ中で僕がいちばんおもしろかった本なのでぜひ。